第7話 四人目は

「ちぇ、バレちまったか」


 俺はいたずらがバレたとでも言いそうな反応を返す。

 そんな反応に対して、スタークは表情を変えずに言う。


「お前が俺を恨んでいたなら、俺は今頃寝首を搔かれているだろう。つまりは、お前に恨みなどないということだ」

「おっと、スタークよ、それは違う。恨みならあるさ」

「何? なら、なぜ俺を進化まで導いた?」

「勘違いするな、お前を恨んでいたわけではないさ。ただ、自分の非力さを恨んでいただけのこと。力不足で自分を恨むなんてのはよくある話さ」


 そこで言葉を区切った俺はソイツへと視線を向ける。


「そして、俺の目の前にはそのよくあることに遭遇したガキがいるわけだ。おい、ガキ」

「……」


 俺の呼びかけに睨みつけるように視線を返すソイツ。

 

「チッ、返事ぐらいしやがれってんだ。お前、俺が憎いのか?」

「チッ」


 舌打ちで返事をするソイツは、俺への恨みを隠そうともしない。

 さすがに、視線が鬱陶しいが、俺は気にしないように意識して続ける。


「お前の恨みは筋違いだ」

「なっ! お前が父さんを殺したんだろうが!」

「そうだな。それで?」

「ッ!」


 今にも殴り掛かってきそうなほどの怒りを表情に浮かべるソイツ。

 それでも、俺は煽ることを辞めない。


「弱者が死んだ。それだけだろ? 悪いのは弱かったお前の父だ。弱さと言う罪を自覚せぬまま俺に突っかかってきたのは、お前の父だ。だから、繰り返して断言しよう。お前の父が悪い。お前だって本当は分かっているんだろう?」


 ソイツは涙をじんわりと滲ませながらも、俺を睨みつける。

 俺自身、自分の言っていることが間違っているとは思っている。

 実際に悪知恵を殺したのは俺なわけだから、俺が何かを言う資格がないことくらい分かっている。

 だが、それでも俺は自分が間違ってないと主張する。

 何故なら、コイツを鍛えることによって、スタークの集落の戦力が増すことになるのだから。


「さて、目に涙を滲ませ、ただただ睨みつけることしかできない非力なゴブリンよ。俺に何か言いたいことはあるかな」

「……さい」

「なんだ?」

「うるさい!!」


 自分の中の苛立ちを爆発させるように叫ぶソイツ。

 そこからは堰を切ったかのように、ソイツは言い募る。


「僕だってわかっているんだ!! 父さんが本当は僕を育てる気がなかったことも、余計なちょっかいをかけて殺されてしまった父さんが悪いことも、全部全部分かっているんだ!! でも、じゃあ、どうしたらよかったんだ……。僕は……。僕は……」


 集落内のゴブリンは痛ましそうな視線でソイツを見る。

 だが、誰もソイツに何かを言うことはない。

 ゴブリンの生活に余裕という言葉はない。

 誰かを助けようなんて考えが働くのはそこに余裕があるからだ。


 だから、余裕のある俺がソイツに言葉をかける。

 ただし、まったく甘くない耳の痛い言葉を。


「そう。お前に与えられた選択肢なんか二つしかない。命を投げ出す覚悟で狩りに行くか。ただ、黙って飢えて死んでいくかしかない。そんな選択肢しか用意できなかったのはお前が弱いからだ。違うか?」

「……うるさい」

「お前は弱い。そんな弱いお前に集落の皆は誰も助けてくれない。違うか?」

「うるさい」

「ただ黙って口を開いて餌をねだるしかない。そんな弱いお前を誰が助けるんだ?」

「うるさい!!」


 執拗にソイツを追い詰めていると、ソイツの感情が爆発した。

 その感情の爆発に、ソイツの魔力が溢れだす。

 ソイツの魔力はやはりゴブリンにしては膨大で、魔力をただ放出しているだけなのに、微風が発生しているほどだ。


「どうした? 俺は事実しか言ってないだろう?」

「うるさいんだよ!! お前が全部悪いんだ!!」

「ほう? じゃあ、どうするんだ?」

「殺してやる……。殺す!!」


 我慢の限界を迎えたソイツは飛び掛かってきた。

 ソイツは俺の首を絞めようと手を伸ばす。

 だが、そんなことをさせるわけもなく、俺はソイツの首を掴み、足を刈る。

 地面に叩きつけられることになったソイツは、それでも俺の首へと手を伸ばす。

 ソイツのことを無視して、俺は言う。


「スターク、さっきも言った通り俺はコイツを弟子にする。いいか?」

「いや、いいが……。いや、いいのか?」


 スタークが珍しく言葉に迷う様子を見せる。

 

「あー……。んー……。レーラーはソイツをちゃんと鍛えられるんだよな?」

「んなもん、コイツ次第だろ」


 勝手に話が進んでいく状況に、ソイツはキレる。


「うるさい!! 僕はお前に教わることなんてない!!」

「うるさいのはお前だ、バカが!! お前に拒否権なんてねーんだよっ」


 ソイツの頭を掴んで、地面に押し付ける。

 

「いいか? 弱いお前に選択肢はない。さっきも言っただろう。お前に与えられた選択肢はないんだよ!! 恨むなら弱い自分を恨め!! それすらも出来ないなら、勝手に野垂れ死ね!!」

「くっ……、うぅ、うっ……、ううぁぁああ……」

「結局は泣きやがったかクソガキが」


 コイツは何を理由に泣いているのか。

 いくつかの理由が思いつくが、そのどれかなのか、あるいはすべてなのか……。

 何にしろ、集落の皆がドン引きしているような気がする。


 そんな混沌とした状況の中、声が響いた。


「あの~、俺が戦っている間に何してるんですかねぇ」


 そこには、苛立ちを隠しきれていないエアストがいた。

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