第3話 シュッツと最初の挑戦者
弟子二号、改めシュッツ視点
俺の気合はいま最高潮に達している。
というのも、今から始める模擬戦を師匠がしっかりと見てくれるらしいからだ。
俺は師匠を尊敬している。
師匠はゴブリンの中でも体格に恵まれていない方だ。
だが、その小さな体には大きな力が宿っている。
その証拠に、師匠一体でクマ型の魔物であるフォレストベアを倒してしまったのだ。
その一件で、さらに師匠を尊敬するようになったのは言うまでもないが、俺はもともと師匠を尊敬していた。
それも俺が師匠の弟子になる前から。
なぜ、師匠を尊敬しているのか。
それは俺のように強い個体の後ろを金魚の糞の如く引っ付いていくような弱虫、ではないからだ。
そう、俺は師匠たちが言う悪知恵ゴブリンの後ろをついていくだけの木偶の坊だった。
いつもいつも上位者にヘコヘコと頭を低くしているような個体が俺だった。
そういう個体はゴブリンに多いのは知っている。
そんな個体のうちの一体に師匠はいた。
師匠が最初から、集落内すべての個体に認められているような個体ではなかったことは俺もエアストも知っている。
悪知恵ゴブリンがよく師匠を下に見るような発言をしていたから、なおさら師匠の地位が低いことは知っていた。
でも、俺やエアストと違って、師匠の目には自分という個体を卑下するような感情や諦めのような感情を宿してはいなかった。
師匠のそんな目を見てから、俺は自分を変えたくて仕方なかった。
自分という個体を諦めるのではなく、誰かにとって自分にとって価値のある個体になりたい。
そう思うようになった。
自分を変えたい。
そう思うようになっても、俺は何も行動できずにいた。
そんな折に、悪知恵ゴブリンが師匠に喧嘩を売ったのだ。
あのとき、悪知恵ゴブリンからの命令とはいえ、師匠に戦いを挑むのは気後れしていた。
だが、物事は師匠を中心に進んでいき、何故か俺は生き残ってしまった。
本来なら、俺とエアストと一緒に師匠へと向かっていった個体のように死んでいたはずなのに……。
その時だ。
もしかしたら、この個体についていけば、師事すれば俺も何か変わるのではないかと。
そう考えたときには、俺とエアストは師匠の前で頭を下げていた。
師匠の弟子になってからの日々は最高だった。
師としても、一個体としても尊敬している個体に教えを授けてもらったのだから。
だが、俺には一つ不満があった。
それは俺とエアストはいつも一緒に評価されていた。
俺という個体一人をしっかりと見てもらえていたことはあった。
たぶん、これは嫉妬という感情なのだろう。
エアストばかり前に出て、師匠と会話をする。
その状況に嫉妬したのだ。
でも、今日という日は違う。
師匠が俺だけを見て、評価してくれる。
尊敬する師匠に、俺の頑張りを見てもらえる。
俺はそのことに高揚していた。
「アンタ、あのちっこいのに戦闘を教えてもらってるんだろ?」
最初に挑戦してきた個体は最悪だった。
師匠を明らかにバカにしているような態度。
魔力的にはもちろん、身体的特徴でも俺に負けているくせに、俺を舐め腐っている態度。
すべてが気に喰わなかった。
速攻で終わらせようかとも考えたが、師匠は相手の実力をある程度を見るように言った。
そのことをしっかりと覚えていた。
だから、俺は手加減をしたんだ。
自分からは積極的に攻めず、相手の出方を見るように。
すると……。
「ケッ、進化個体だか何だか知らねえけどよ、攻撃すらして来ねえ腰抜けじゃねぇか」
どこまでも調子に乗った言葉。
殺したいほどに憎らしい、目の前の個体への怒りは増していった。
そして。
「弟子がこんなんじゃ師匠も大したことねえんだろうな」
プチンッ。
頭の奥で何かがキレる音が聞こえた。
その瞬間、俺は目の前の個体との距離を詰めていた。
今回の戦闘で初めて振るった拳は、目の前の個体を殺すかのような一撃だった。
確実に殺すつもりで振るった拳は……。
ドンッ。
激しい衝突音と共に、止められていた。
「師匠?」
「落ち着け、バカ」
止めてくれたのはもちろん、師匠だった。
美しいとすら感じるほどの完璧な魔力操作によって強化された師匠の掌は、しっかりと俺の拳を受け止めていた。
「シュッツ、どんなつもりでこの拳を振るった?」
「それは……」
「どうした? 怒らないから言ってみろ」
師匠は優しい表情で俺に問いかける。
ゆっくりと俺は口を開いた。
「殺すつもりで振るいました」
「それは何でだ?」
「師匠を侮辱したからです」
「そうか……」
師匠はゆっくりと目をつぶった後、嬉しそうに言った。
「お前は感情を表にあまり出さないからな。しっかりと怒りの感情を持っているようで安心したぞ」
「怒らないのですか、師匠?」
「怒りで判断能力が下がるのは大幅な減点だが、それ以上にお前が怒ってくれたのが思いのほか嬉しかったらしい。だから、今回は怒らない」
「……」
「ただし、次はない」
「はい」
師匠が怒っていないことに、ほっとした。
怒りが引いていくのを感じていると、さっきまで相対していた個体が調子に乗ったかのように言う。
「お前ら好き勝手喋っているようだがよ。まるで、俺が殺されるかのような物言いは腹が立つな。どうせ雑魚のくせに」
その言葉に、怒りが再燃しかけた。
殺してやろうかと思ったとき、師匠は口を開いた。
「おうおう、弱いくせによく回る口だねえ。そんなに殴られなかったのが嬉しかったんでちゅか?」
「テ、テメェ」
「お前ごときの存在でシュッツの拳を受けられると思うな。シュッツ! 地面に思いきり拳を振り下ろしてみろ。怪我しないようにな」
「ハッ。地面に拳なんて、怪我してしまいだろうが、バカが」
しょうもない個体の言葉を無視して、俺は師匠の言うとおりにする。
魔力をしっかりと纏った俺の拳を勢いよく地面へと放った。
何とも表現できない衝撃音があたりに響き渡った。
さらには、凄まじいほどの砂埃が立った。
それが晴れたとき、俺の拳は肘までしっかりと地面に突き刺さっていた。
「ハァッ!!」
気合と共に、俺は拳を引き抜く。
「お前如きに、シュッツと同じようなことが出来るかな?」
師匠が煽るように放った言葉に対して、挑戦者は顔を青ざめるばかりで、何も言えずに立ち竦むだけだった。
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