第2話 三号の名前

 スタークの言葉に、集落内は活気づいた。

 ゴブリンにとっての悲願である進化できる可能性を提示されたのだ。

 このうまい話に乗っからない者は、根性無しと見なされてしまうだろう。

 だから、皆が皆、俺が先に挑戦するんだと言わんばかりに、スタークへとアピールしていると。


「さて、みんながやる気を出してくれて嬉しいのだが、先にもう一個体紹介させてくれ」


 スタークの言葉に、集落内は一気に空気が醒めるような雰囲気が漂う。

 そんな空気を知ったことかと、スタークは話を続ける。


「今回紹介する個体は、驚くべきことに怪我を治すことが出来る魔法を使えるのだ」


 その言葉を聞いた瞬間、集落内のゴブリンは一様に首を傾げた。

 皆、魔法というものを知らないからだ。

 当然の反応だろう。


「さて、魔法が何か分からないといった様子だが、大事なことをしっかりと聞かないといけないな。その個体は傷を、怪我を治せる方法を持っていると言ったのだ」


 ゆっくりと確認するかのように紡がれた言葉に、ゴブリンたちは何が言いたいのか察し始めた。


「もちろん、片腕がなくなるような怪我は治せない。だが、切り傷、刺し傷、骨折、火傷、そのような様々な怪我を治せる個体が現れたのだ。ここで、その個体に親切にしていると、もしかしたら進化個体との勝負終わりに、怪我を治してもらえるかもなぁ」


 スタークの言葉をしっかりと理解したゴブリンたちは歓声を上げる。

 ゴブリンたちは皆不潔だ。

 もちろん、川で水浴びをしている個体もいるが、殆どの個体はそんなことはしない。

 生きることに必死だからだ。

 そんな必死な個体が小さな傷で死んでしまうのも普通なことだ。


「さて、レーラーに次いで、二番目に治癒魔法を覚えた個体を紹介しよう。三号出てこい」


 スタークの言葉に合わせて、姿を現したのは三号だ。

 その三号はスタークの前で、片膝を地面につけ跪く。


「さて、三号よ。治癒魔法を会得した褒美に名前を与える約束は覚えているか?」

「はい」

「よし、なら三号に名前をやろう。お前の名前はアルツトだ。名前の意味は医者という人間の職業から来ている」

「医者ですか?」

「ああ。けが人や病人などの患者の状態を聞いて、対処法を教えてくれるもののことだ。お前にはより知識を深め、適切な対処のできる医者のような存在になってほしい」

「はい、分かりました」


 集落の皆に向けて、スタークは宣言する。


「さあ、皆よく聞け。ここにいる個体に名前を授けた。今日からはコイツのことをアルツトと呼んでくれ!!」


 スタークの言葉を聞いて、集落内は沸き立った。

 自分もいつかあんな風に、名前を授けられたい。

 集落内の皆はそう思ったことだろう。


 そんな集落内の歓声が徐々に、収まってきた頃合いを見計らってスタークは言う。


「さあ、ここからは進化個体への挑戦だ。勝者には進化までの手助けをしよう。敗北者にはアルツトの実験体になってもらう。分かったか」

「「「「おおおおおお!!」」」」


 ゴブリンたちが雄叫びを上げ、戦闘への意識を高揚させているのを冷めた目で見ている。

 俺がゴブリンたちは愚かだと思うところが前面に出ているからだ。

 

 まず一つに、ゴブリンたちが進化個体に勝てると思っているところだ。

 仮にも、ゴブリンから進化した個体だ。

 身体が小さかろうと大きかろうと、進化したのだから普通のゴブリンに勝てるわけがない。


 二つ目に、シュッツにはビビっているくせに、エアストのことは侮っていることだ。

 これは一つ目の理由に関係しているのだが、ゴブリンたちは体の大きさばかりに注目している。 

 だから、シュッツにはビビって、エアストを侮っているのだ。


 三つ目に、大多数のゴブリンが戦闘訓練をしていないことだ。

 この理由が一番、ゴブリンを愚かだと思わせてくれる。

 大多数のゴブリンは戦闘訓練をしたことがない……。

 それはなぜか?

 理由は簡単で、そんな時間を確保できるほどの生活をしていないのだ。

 戦闘訓練は長い時間が必要だ。

 それなのに、訓練するような時間を捻出できる個体がどれほどの数いるのか。

 おそらく、俺とスタークと弟子たちを除けば、それほど生活に余裕のある個体はいないはずだ。


 長々と語ったが、俺も愚かなゴブリンの一個体に過ぎない。

 周囲のゴブリンを下に見る癖を改めなければいけないのだが、こういう場面に遭遇すると、やはりゴブリンは愚かだと思ってしまう。


 そう思いながら、集落内のゴブリンをぼーっと眺めていると、どうやら挑戦する個体は決まったようだ。

 案の定、エアストの前には多くのゴブリンが並んでいる。

 対して、シュッツの前には、三体ほどが並んでいた。


 エアストの方に並んでいる個体の大多数はエアストの身体が小さいからという理由で選んだのだろう。

 だが、何かしらの理由を持ってエアストを選んだ個体がいるのなら、弟子候補に出来るかもしれないなと思う。

 まあ、今回はエアストの方は個体が多すぎて細かに観察できないだろう。

 だから……。


「スターク。エアストの方でいい感じの個体がいたら教えてくれ。弟子にするか考える」

「いい感じって、お前なぁ……。じゃあ、レーラーはシュッツの方をしっかりと見てくれよ」

「言われなくても、シュッツの方を見るつもりだったさ」


 俺はスタークにそう言い残し、シュッツの傍へと向かう。


「師匠」

「シュッツ、お前らしい戦闘を見せてくれると嬉しい。だが、最初の数分は相手の出方を見られるといいんだが……?」

「師匠」

「なんだ?」

「たたき、つぶす」

「お、おう」


 何だか、シュッツがこれまでにないくらいやる気に満ち溢れているのを不思議に思いながら、俺は集落の広場を全体的に眺められる位置に移動した。

 あとは、戦いが始まるのを楽しみに待つだけだ。

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