閑話 弟子の進化
弟子一号、改めエアスト視点
俺は今日という日を心待ちにしていた。
なぜ、そんなにも心待ちにしていたか。
進化に挑戦するという日だからだ。
正直な話、俺が進化できるとは思っていない。
いや、違うな。
俺は自分が進化に成功するほどの圧倒的な実力があるとは思えないのだ。
簡単に言えば、自信がないのだ。
そんな不安を押し隠し、いつもの修行場に来た。
川を前に、深呼吸を繰り返す。
「エアスト、どうした?」
「シュッツ」
声をかけてきたのは師を同じくする仲間だった。
相も変わらず、ゴブリンらしくもない大柄な体躯だ。
シュッツを見ていると、俺は自然と言葉が漏れた。
「俺たちは進化できるか?」
「ん?」
「いや、なに、何でもない」
「……」
自然と零れてしまった不安を表す言葉。
一度はぐらかそうとしたのに、それを許さないと言わんばかりに、シュッツは見つめてくる。
「俺たちは本当に強いのか?」
「強い。他の、個体、よりも」
「そうだな。でも、師匠とスタークさんに比べてどうだ?」
「……」
「聞かなくても分かるよな。俺たちは師匠たちに比べたら、力が足りていない。単純な腕力でも、魔力量でも……」
「そうだな」
「なあ、俺たちは本当に進化できるのか?」
俺の問いかけに、シュッツはじっと目を閉じる。
そして、ため息をついたシュッツは、俺に呆れたような視線を向ける。
「できる」
「なに?」
「進化、できる」
「だから、力が足りていないって……」
「自分、信じれない。それじゃ、進化、できない」
「!!」
「実力、足りてない。師匠たち、比べれば。でも、俺たち、それなりに、強い」
「ああ」
「あとは、自分、信じる」
「ああ!!」
シュッツはただ事実を述べるように、淡々と言葉を発する。
シュッツの言葉に、勇気をもらった俺は不安が少し晴れたような気がする。
「進化するぞ!!」
「おう」
時刻は経って、夜。
昼間の修業に、極力魔力を使わなかった。
ただ、名づけによって得た能力の鍛錬はしっかりと熟した。
俺とシュッツが得た能力は、まだ詳しくは把握できていない。
だが、少しは知っている。
俺が隠密に適した能力だった。
というのも、魔力の両や流れを周囲に溶け込ませる能力が増したようなのだ。
シュッツに至っては、魔力を操ることで身体の硬度を増せるようになった。
これらの能力に準じた進化をするだろうというのが、師匠たちの考えだった。
さて、そろそろ就寝前。
俺は自分の分のボアの魔石を見つめる。
そんな俺の様子に、兄弟たちは不思議そうに尋ねてくる。
「どうした?」
「兄貴か」
「そんな石を見つめてどうしたんだ?」
「師匠がこれを喰らって寝るように、言ってたんだ」
「そ、そうか。そんなに飢えているのか」
「まあな」
俺は今日進化に挑戦することを兄弟たちに伝えていない。
師匠たち曰く、魔石を摂取しようとして無理な狩りに向かう個体を出さない為らしい。
心配そうにする兄弟たちをしり目に、俺は魔石を飲み込んで、寝床に入った。
魔石を飲み込んで、数秒か時間がったあと、俺の身体の奥底から魔力が溢れだした。
「ッグ」
急な魔力の噴出に、俺は歯を食いしばる。
この魔力をしっかりと制御しなければ、進化できない。
そう、確信した俺は必死に魔力を制御する。
自分の身体中に魔力を通らせ、自分の中に魔力を修めるように。
そんな風に、意識を飛ばさないように、じっと耐えていると。
『個体名エアストの進化を確認。種族、ゴブリンスパイへの進化を認めます。』
声が聞こえてきた。
感情が一切感じられないような無機質な声だ。
だが、その声の言葉の意味をしっかりと把握すると、喜びの感情が俺の中で溢れだした。
翌朝。
俺は修行場に訪れていた。
そこで、俺は待っていた。
待ち人はすぐに来た。
「エアスト、進化、した?」
「もちろん、進化できたぞ。お前はどうだ、シュッツ。って言っても、見た目がかなり変わっているから、進化したのは分かるけどな」
「俺、ゴブリン、ガード、なった」
そう、シュッツは見ただけで進化したのが分かった。
ただでさえゴブリンの中では大きい方だったのに、おそらくはスタークさんよりも大きくなったのではないだろうか。
その逞しさは、味方に大きく安心感を与えるような存在になるだろう。
その後、師匠とスタークさんと合流した。
シュッツの様子を見て、一様に驚いた様子を見せるのには笑ってしまいそうになった。
また、遅れてきた弟子三号はシュッツの姿にビビりまくっていた。
なお、俺は体格の変化が全くなかった所為で、三号に進化できなかったのかと心配されてしまった。
師匠とスタークさんは進化したと確信していたようだが……。
修行後は、師匠が獲物を持ってきてくれたので、いつもの修業している面々で軽い宴をした。
また、師匠とスタークさんが集落の面々に進化した個体が新たに出現したことを発表してくれることになった。
その様子はまたの機会に……。
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