閑話 弟子たちの名前

弟子一号視点


 俺と二号は初の狩りに成功したあとも、師匠から度々指示を受けて森への狩りに出かけていた。

 もちろん、今日も狩りの最中だ。


「二号、あの獲物は俺が狩ってくる。……いいか?」


 俺たちは現在、獲物であるホーンラビットの死角にいる。

 この森は強い魔物がそんなに多くないせいか、ウサギ型の魔物やネズミ型の魔物などの繁殖力が強い魔物が多く現れる。

 まあ、ゴブリンも繫殖力は強い方だが、ウサギ型なんかに比べれば大したことはない。

 それに、今の集落の方針として、無暗に子を増やすなという厳命もある。

 俺にはなぜ、そんな命令が下っているのかは分からないが……。


 話を狩に戻そう。

 俺と二号は森での実戦経験を順調に積んだおかげか、獲物の死角を上手に取れるようになった。

 そして、不意打ちの技術も増したように思える。

 二号には体格で勝てないが、不意打ちなんかの暗殺術に関しては二号よりも技術があると思っている。


「一号、頑張る」


 俺の問いかけに、二号は激励の言葉で返事をする。

 今さら、ホーンラビット如きに頑張るも何もないと思うのだが、そんなことを師匠に言ったら地獄の特訓が待っているので、調子に乗るなと自分に言い聞かせる。


「じゃあ、二号。言ってくるわ」

「おう」


 俺は魔力を操作して、自分の気配を森全体の空気に同調するように意識した。

 すーっと、俺の気配が周囲に溶け込んでいくように感じる。

 それと同時に、俺の意識は獲物をどう効率よく狩るかのみを意識するようになる。


「ふぅー」


 息をゆっくりと吐く。

 息を吐ききった瞬間。

 

 俺の身体は木の裏から一直線に獲物へと向かっていった。

 そのままの勢いで獲物の横を通過していく。

 俺の身体が止まる頃、獲物の首がゆっくりと地に落ちていた。


「二号、もう出てきていいぞ」

「おう」


 俺は獲物の首が落ちていることをしっかりと確認したあと、二号へと声をかけた。

 二号はゆっくりと姿を現す。

 ゴブリンにしてはデカい体の割に、気配を周囲に溶け込ませる技術はなかなかのものだ。


「さて、二号。あとはお前の分の獲物だな」

「おう」

「さてさて、魔力感知をしますか」


 俺たちはこうして日々の訓練の合間に、実戦経験を積むことを兼ねた狩りをする。

 今日も今日とて、俺たちはホーンラビットを三匹分狩って集落に帰った。




「おう、お前ら帰ってきたか」


 そんな風に、声をかけて下さるのは俺たちの師匠だ。

 俺たちは師匠に今日の狩りの成果を報告する。

 俺たちがそれぞれ一人で狩ってきた獲物一匹ずつと、二人で協力して狩った一匹の計三匹の獲物を師匠に見せる。


「おー。今日も見事に狩ってきたようだな。どれ怪我がないか確認がてら実験に付き合ってくれ」


 そう言いながら師匠は俺たちに掌を向ける。

 そして、何やら師匠が念じるように眉間を顰めると、俺の身体に魔力が通る。

 数秒の間に、俺の身体についた小さな傷がなくなっていた。


 そう、師匠は実験と称して、俺たちに回復魔法をかけてくれるのだ。

 それも狩りが終わった後毎回だ。

 かなり過保護な気がするが、師匠が俺たちのことを気にしていると思うと、嬉しく思う。


「さて、今日まででお前たちは何度狩りをしたか覚えているか?」

「五回ぐらいです」

「そうだ」


 師匠が改まって、俺たちの狩りにいった回数を聞いてくる。

 急にどうしたのだろうと思っていると。


「お前らが安定して魔物を狩ってくるようになって、集落の方では食料の供給が増えた。さらに言えば、お前たち自身が自分の手で魔石を手に入れられるようになった」


 俺たちは真剣に、師匠の話を聞く。

 若干、何が言いたいのか分からなくなっていると、スタークさんが間に入って言う。


「レーラーよ。何が言いたいのか分からんぞ。まぁ、言いづらいのは分かるけどよ」


 そう言ったスタークさんは表情を厳しくして、俺たちに顔を向ける。


「レーラーは、師匠はお前たちがある程度の実力をつけ、一人前になったと言いたいんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は飛びあがりそうなほどの歓喜の感情が湧いてきた。

 そんな俺をけん制するように、スタークさんは話を続ける。


「と言ったが、兄弟子の俺に二人がまだ勝てていないのも事実。……そこで!」


 言葉を区切ったスタークさんは、ある程度の間を溜めてから言う。


「お前たちに名前を与えよう。そうレーラーが決めた」

「「!!」」


 俺と二号は息を呑んだ。

 まさか、俺たちのような未熟な個体に、師匠が名前をくれるなんて、まだまだ先のことだと思っていた。

 それが急に名前をくれることになったのだ。

 驚かない方がおかしいし、緊張するなと言っても無理がある。


 俺たちの感情を置き去りに、師匠が話を続ける。


「さて、お前たちは名前が欲しいか?」

「「はい!!」」

「そうか……。実は、もう既に名前は考えてある」

「それは……」

「まあ、いずれお前たちには名前を与えるつもりだったしな。今から名前を授けてもいいだろうよ」


 師匠は照れ隠しのように、話を進めていく。


「どっちから名前を聞きたい?」

「一号、からで、お願い、します」

「そうか? なら一号から与えよう」


 二号の提案に、俺が驚いていると、師匠は俺の方へと顔を向ける。


「一号!!」

「はい!!」

「これからも努力を怠るな。約束できるな?」

「はい!!」

「なら、お前にはエアストの名前を与える」

「エアスト?」

「そうだ。昔の言葉で一番目を意味する。俺とスタークを除いて、お前が集落内で一番の実力者になれ。何なら俺とスタークよりも強くなってくれてもいいぞ?」

「努力します!!」


 俺は自分の名前を唱え続ける。

 そうしていると、自分の中に新たな魔力が定着していくように感じた。


「次に、二号!!」

「はい!!」


 二号の番が来た。

 どんな名前を与えられるのだろうか。

 

「二号、お前に俺が求めるのは、多くはない」

「え?」

「お前はすでに実力でも一号と似たようなものだし、根性もある。努力さえ怠らなければ、さらに強くなるだろう」

「……」

「そんなお前に求めるのは自己主張だ」

「?」

「お前は考え過ぎるせいで、言葉を発するのが苦手なのは知っている。だから、お前はもっと自己主張しろ。”俺を見ろ“、と主張しろ。そうすれば、戦闘でも盾役を全うできるだろうよ」

「はい!!」


 師匠は本当によく見ている。

 二号は確かに、言葉を発するのが苦手だ。

 だが、言葉を表に出すのが苦手なだけだ。

 そして、盾役として自分の存在感を主張しろと、言いたいのだろう。


「二号、お前に与える名前はシュッツだ。名前の意味は守護だ。お前のデカい体でみんなを守れ。いいな?」

「はい!!」


 こうして、俺たちは新たに名前を与えられた。

 一号である俺は、エアスト。

 二号は、シュッツ。

 

 俺は名前に恥じぬような個体になることを誓った。

 そんな心構えをしていると、師匠はついでのように言う。


「あ、あと、お前らから没収していたボアの魔石を使って、進化に挑戦してもらうから。そのつもりでいてくれー」

「「!!??」」

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