第44話 スタークが感じていたこと

スターク視点


 俺はいま寝床に身体を預け、ぐっすりと眠っているレーラーの様子を見ている。

 なぜ、そんなことをしているかというと、レーラーが進化したばかりだというのに、修行をしたいと言ったり、狩りに出たいと無茶なことをほざいていたからだ。


 そもそも進化という現象は思わぬ負担がかかっていると俺は思っている。

 なぜなら、進化とは自分という存在の階位を上げるようなものと考えているからだ。

 俺でさえ、進化後は身体の変化に若干戸惑いがあったし、実際少し不調な部分も出てきたからだ。

 俺の場合の不調だった部分は魔力操作や魔力量の変化で違和感があった。

 だから、レーラーにも何かまずい部分が出てくるかもしれないと思った故の監視である。

 

「すぅー、くぅー」


 穏やかに寝息を立てているレーラー。

 進化したレーラーの体長は俺と頭一つ分ぐらいの差までに縮まっている。

 それを鑑みると、レーラーは身体能力が大きく変化しているだろうと思われる。

 まあ、まだ進化してから戦闘行為などはしていないから、本当に身体能力が変化しているかは分からないが……。


 そんな風に、レーラーのことを監視しながら、昨日のことを思い出す。




 あの日は俺自身が進化したことによって集落の皆が祝福してくれた日だった。

 前述のとおりだが、進化後ということもあり、若干の不調を抱えていた俺は川でレーラーの様子を確認していた。

 俺が名前を与えたことによって、レーラーには何かしらの能力が与えられたと思っていた。

 だが、実際には違った。

 レーラーの能力はいろいろと上昇していたが、特別な何かが変わっているようには見えなかった。

 

 俺はそのことに酷く申し訳ない感情を抱いたのを覚えている。

 レーラーから名前をもらったことにより、俺は身体能力がかなり上昇し、巨体のボアと力比べできるほどに強くなった。

 だというのに、俺は師匠であるレーラーには何も与えてやれなかった。

 そのことを酷く気にしていた。

 

 更には川での発言で、レーラーは自らを死地に追い込もうとしているのを知り、恐れという感情を覚えた。

 レーラーが死ぬのではないか。

 俺の理解者である友が死ぬのではないか。

 その考えが、俺の中に強い恐怖心が生まれたのを覚えている。


 その後、レーラーは俺の知識を頼りに、森を探索したと聞いている。

 約束通りブラウンボアを倒そうとして、フォレストベアと戦ったのも聞いている。

 俺はそのことを聞いて、つい怒ってしまったが、それでも勇敢に格上であるフォレストベアと戦ったことを聞いて嬉しくなった。

 俺だったら、怯えて動けなくなってしまうだろう。

 

 戦闘の様子を聞いて嬉しかったことがもう一つある。

 俺が名前を付けたことによって、レーラーにも特殊な能力を与えられていたことに、ホッとした。

 芽生えた能力が治癒能力だったことも、俺は嬉しかった。

 俺は何となくだが、レーラー自身は戦闘という行為が好きなんだと思っている。

 だから、継戦能力に関わるだろう治癒能力が生えたことに嬉しく思った。

 

 とここまでは、レーラーが語っていたことも含まれたが、レーラーが語った後のことを話そう。

 俺がなぜレーラーを迎えに行けたのか。

 それは進化のとき特有の圧倒的な魔力の増幅を感知したからだ。

 

 そもそも俺はレーラーが森の中に探索に出かけたあとは、ずっと森の近くで待っていた。

 レーラーが必ず帰ってくると信じていたし、進化して帰ってくると信じていたのだ。

 だが、不測の事態が発生しないとも思えなかった。


 俺がじっと森の前でレーラーを待っている間、俺はレーラーの弟子たちと言葉を交わしていた。


「スタークさん。なんで師匠は森に入っていったんでしょう?」

「俺が聞いているのは進化の為だということだけだ。死ぬような危機感が足りないと感じているらしい」

「死ぬような危機感? それは……。それは師匠がまだ経験したことがなかったのですか? ゴブリンであるはずの師匠が……」


 弟子一号の言葉は理解できるものだった。

 俺たちゴブリンなら必ず一度は感じたことがあるはずなのだ。

 死ぬような危機感というものは。

 それは狩りであったり、仲間との喧嘩であったり、状況はさまざまだ。

 なのに、レーラーはまだ死を本気で感じたことがなかったような口調で話していた。

 俺にはそのことが理解できなかった。


「とにもかくにも、スタークさん」

「なんだ?」

「師匠のことをよろしくお願いします。俺たちじゃ森に入るには力不足としか言いようがない」

「おう、任せときな」


 そんな風に、会話したあと弟子たちは気合が入ったようで修行に向かっていった。

 

 森の前でぼーっとレーラーの帰りを待っていた。

 日が落ち、あたりが暗くなった時間。

 俺はレーラーが本当に帰って来られるのか心配になってきたころに、派手な魔力の上昇を感じ取った。

 

 全速力で魔力感知した場所に到着したとき、俺は心臓が止まったかと思った。

 あたりに血が派手に散っていたし、レーラーらしき個体がフォレストベアの上で転がっていたからだ。

 その後、レーラーに息があることを確認した俺は、急いでレーラーを連れ帰った。

 寝床に寝かしたレーラーが無事に起きるのを願って、俺は眠りについたのを覚えている。


 結果、レーラーは進化したし、身体も無事だったことに心底安堵したのを覚えている。

 さて、安心したことだし、レーラーをどう集落内で紹介したものか……。

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