第42話 進化

 俺の視界が真っ赤に染まる。

 派手に血しぶきが舞ったのは、俺とフォレストベア両方の血が噴き出たから。

 俺はフォレストベアの全力突進を誘発させるように立ち回った。

 自分の呼吸を乱してまで、大きな隙が出来るように動き回った。

 そして、最後に突進をさせることに成功したが、俺も無傷という訳にはいかなかったようだ。


「チッ。血が止まらねえ」


 俺の左腕は二の腕部分の半分ほどを食いちぎられた形になっている。

 最小限の動きで突進を右側へと回避し、同時にフォレストベアの首の左側にできた傷を更に抉るように、抜き手を突き刺したのだ。

 その攻撃が成功したことで、俺は油断してしまった。

 フォレストベアは最後の悪あがきで、俺の左腕に嚙みついてきたのだ。

 そして、フォレストベアは見事に俺の左腕外側半分を食いちぎっていった。


 現在、俺の左腕は何とか引っ付いているといった様子だ。

 そんな状態でも、急いでフォレストベアから大きく距離を取った。

 もし、まだフォレストベアが動くようなら、俺は確実に殺されてしまうからだ。

 出来るだけ距離を取って、フォレストベアの様子を窺っていたい。

 ついでに、左腕の回復が可能かも確認したい。


 俺は腰蓑から残りのホーンラビットの魔石を取り出す。

 まだフォレストベアは動く様子がないから、ゆっくりと魔石を喰らう。

 腹の奥底から魔力が溢れだすのを感じる。

 俺はその魔力を身体全体に纏った。

 重症である左腕に魔力を多めに振り分けた状態で。

 結果は、左腕は完全には回復しないだろうと察した。


「あ~あ、左腕切り落とした方がいいのかね~。どう思うよ? フォレストベアくん」


 俺はフォレストベアの死体に声をかける。

 返事が返ってくることはない。

 そんなことは知っている。

 だが、俺は一人で話す。


「こんなにも危機感を感じるような戦闘は初めてだった。だが、この身体になってからの戦闘はどれも危険を伴っていた」


 俺はこれまでの戦闘を振り返る。

 と言っても、俺がこの身体になってからの戦闘はホーンラビットぐらいしか戦っていないが……。

 それでも死を感じるような瞬間は確かにあった。

 でも……。


「本気で死ぬ寸前の状態までされたのはお前が初めてだった。たぶん、次戦ったら俺は殺されるだろうな」


 俺は一人で言葉を溢す。

 身体を回復させている時間が手持ち無沙汰になったから、いつもより独り言を多く溢しても許してほしい。


「はあ、これで進化できるならいいんだがなぁ。俺はどんな種族に進化できるのだろう。スタークの力になれるような種族に進化できればいいのだが……」


 俺は体中にじっくりと魔力を流し続ける。

 左腕の外側半分ほどを喰われたからか、なかなか左腕に魔力が上手く回らない。

 だが、多めに魔力を振り分けることで無理やり回復していく。

 

 それからしばらく魔力での回復に集中した。

 時間にして一時間ほどだろうか。

 とにもかくにも、周囲一帯は真っ暗になってしまった。


 夜行性の魔物に襲われたらひとたまりもないが、俺は身体動かせるような状態ではなかった。

 魔力を多く使った影響か、はたまた疲労のせいか。

 身体が重たく、眠気も凄まじい。

 いまは危険があるからと、根性で意識を繋ぎとめている状態だった。

 このままだと、俺は夜行性の魔物に殺されてしまうだろう。

 そこで、俺は賭けに出ることにした。


 俺は重たい体を引きずって、フォレストベアの死体へと向かっていき、死体の胸部に噛みついた。

 血も抜ききっていない生肉だからか、かなりの臭みを感じる。

 その臭さを無視して、俺は生肉を喰らい続ける。

 結果、俺の探していた物が見つかった。

 

 フォレストベアの魔石だ。


 俺はどうにかなりますように、と願いを込めて魔石を喰らった。

 ホーンラビットの魔石よりも大粒の魔石だ。

 俺の拳よりも少し小さいぐらいの魔石をゆっくりと喰らっていく。

 ゆっくり飲み込んでいる間にも、多くの魔力が身体の奥底から吹き出してくる。


「くっ……」


 必死に魔力を操作しながら、魔石を喰らい続ける。

 俺の魔力量がどんどん増えていくのが分かる。

 最後の一口を飲み込むころには、俺の身体からは信じられないほどの魔力が噴出していた。


 俺は魔力操作を続ける。

 今回の魔力は自分の体内に留めるよう操作する。

 おそらくだが、俺から噴き出ていた魔力は集落の方からでも察知できるほどだったはず。

 その魔力を察して、スタークらが俺の元に辿り着くことを願っての賭けだった。

 この賭けに負けたら、俺は死ぬだろう。


 ここで死んでもいいかもしれないな。

 そんな考えが少し過ぎったが、俺はスタークを一人にするわけにはいかないと思い、魔力操作を続けた。

 結果。


『個体名レーラーの進化を確認。種族、ゴブリンエイドへの進化を認めます。』


 そんな声がどこからともなく聞こえた。

 声の無機質さに何故か懐かしさを感じつつ、進化できたことを内心で喜んだ。

 そうして、張り詰めていた緊張感が緩んでしまった。

 俺の意識は遠くへと薄れていく。

 そんな状態で聞こえたのは、スタークの声だった。

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