第41話 ギリギリの戦い

「なんだったんだ?」

 

 そんな言葉が漏れる程度に、俺は混乱していた。

 このフォレストベアは何故鳴いているんだ?

 魔力感知から察するに、近辺にフォレストベアが他にいる気配はない。

 まさか、魔力を操り、俺の感知を回避できる個体がいるのか? 

 そんなことを考えてしまうほどに、いまの状況が不自然なものに思える。


「きゅうん……」


 未だにフォレストベアは鳴いている。

 だが、ここから何かが起こるとは思えない俺は、フォレストベアを倒すことだけを考えることにした。

 俺は目の前のフォレストベアをじっくりと観察する。


 俺が与えたダメージは首の左側を切り裂いた傷のみ。

 その切り裂いた傷も魔力による影響のせいか、徐々に出血が収まり始めているように思える。

 対して、俺は治癒能力のおかげで外傷は殆どない。

 ただ、失った血が多すぎたのか、若干身体がふらつく。

 さてさて、ここからどう倒したものか……。


「グルゥ」


 フォレストベアを観察していると、俺の視線を感じたようで、唸るように喉を鳴らし視線を向けてくる。

 だが、俺はそれを無視し、魔力を目に集め、フォレストベアの観察を続ける。

 俺はじっと観察し続ける。

 フォレストベアの魔力はそれなりに消耗しているように感じる。

 元の魔力から三割ほど消費しているように思う。

 つまり、まだフォレストベアは約七割も魔力が残っているということ。

 その事実に、俺やっぱり死ぬかもな、と考えてしまう。


「グルォォオオオオ!!!!」


 俺の視線が鬱陶しく感じたのだろう。

 フォレストベアは魔力を込めた咆哮を発した。

 

「くっ」


 吹っ飛ばされそうになるが、俺は魔力を足に集中して耐える。

 

「グルゥゥ」


 フォレストベアは咆哮を耐えられたことに、驚いているように見える。

 俺はじっとフォレストベアの行動を観察し続ける。

 ここで突進攻撃をしかけてくれたなら、森の茂みに突っ込むなりして、フォレストベアの視界から隠れることが出来るのだが……。


 俺は魔力を全身に纏わせる。

 全身の魔力割合の偏りは極力減らし、どんな攻撃が来ても対応できるような状況で待つ。


「……ッ」


 これまで何かしら咆哮を発するなりしてから攻撃を繰り出してきていたというのに、今回は無言で突進を仕掛けてきた。

 これまでは咆哮で俺をビビらせてから攻撃を仕掛けていたのに、咆哮がないということはフォレストベアが俺を敵として認識したということだろう。

 同程度の力量での命のやり取りに、咆哮などただの隙にしかならないのだから。

 

 俺は大きく横っ飛びに、回避行動を取った。

 これで回避できただろう。

 そう思った俺の考えをフォレストベアは裏切った。

 

「グルゥ」


 フォレストベアは急停止したのだ。

 そして、嬉しそうに喉を鳴らし、前足を振るってきた。

 

「チッ」


 舌打ちを一つ鳴らし、俺は必死に回避する。

 フォレストベアの身体能力の高さはゴブリンの比ではない。

 単純な力なら、数倍以上高いだろう。

 

 恐怖が俺の心を支配しそうになる。

 それでも、俺は恐怖から目を背け、敵を倒すことだけを考える。


 魔力としても、身体能力としても、相手の方が何倍も強い。

 勝つにはどうしたらいい。

 どうしたら……。

 そうやって思考している間も、フォレストベアの攻撃は続いている。


 前足による振り払い、かみつき、振り払い。

 大きな隙になる全力の突進は絶対にして来ない。

 突進しても、俺との距離を潰すために使ってくる。

 

 俺はじっと隙を待つ。

 フォレストベアの攻撃を確実に回避する。

 一撃でも当たれば、勝ち目が一気になくなる。

 魔石はあと一つ残っているから、回復は何とかなるだろう。

 だが、もう俺の回復能力はバレているはず。

 今度は確実に殺してくるだろう。


「ッ、……フゥ」


 フォレストベアの攻撃を躱しながら、呼吸を整える。

 そうすることで、フォレストベアの攻撃のリズムを掴もうと意識する。

 フォレストベアは観察されていると分かっているだろうに、一切攻撃のリズムを崩さない。

 自分が圧倒的に強いことを分かっているからだろう。

 一撃でも攻撃を当てられれば、倒せると分かっているのだ。

 それとも何も考えていないか……。


 フォレストベアは攻撃を続ける。

 かみつき、かみつき、振り払い、小突進。

 ずっとフォレストベアを観察していると、隙のようなものが見えてきた。

 かみつき攻撃のときは斜め前方へ回避すれば、フォレストベアの目を狙えそうな気がする。

 他にも、小突進でも同じく目を狙えそうに感じる。

 俺が確実にダメージを与えるには、目などの弱点を狙わなければならない。


 だから、安全を考慮して、俺はもっと大きな隙を欲していた。


「はぁ……、はぁ……、はぁ……、くぅ」


 息を整えようとするが、上手くできない。

 体力も限界が近い。

 俺はここで賭けに出る。


 フォレストベアのかみつきを躱し、躱し、次に来る振り払いを態と喰らったのだ。

 

 当然、俺は大きく吹っ飛ばされてしまう。

 そして、木々の多い森ならば、衝突する先がもちろんある。

 木に身体がぶつかった俺は、纏っている魔力を解除する。

 おそらく、フォレストベアは俺が死んだと思うだろう。

 だが、回復される可能性を考慮して、追撃に出るはず。


 そう予想していた俺の考えは当たっていた。


「グルゥ」


 勝利を確信したように、短く唸ったフォレストベアは本気の突進を繰り出してきた。

 俺は生きていることを悟らせないように、目をつむったまま待機する。

 頼りにするのは一メートルの範囲のみに張った魔力感知。

 フォレストベアは軽い足音ながらに、ぐんぐんと俺に近づいてくるのを感じる。

 さあ、そろそろ俺の感知範囲に入ってくる。


 ここだ!


 俺は最小限の動きで、フォレストベアの突進を回避した。

 瞬間、血しぶきが宙を舞った。

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