第39話 名付けの効果

 俺は無様に横たわっていた。

 フォレストベアに捕食されることもなく、ただただ跳ね飛ばされ地面に叩きつけられた。

 それだけ……。

 それだけで俺は放置されていたわけだが、その状況に俺の魔物としてのプライドが強く、強く訴えかけてくる。

 

 死んでもアイツを打倒しろと。


 俺はその本能に恐怖を感じつつも、高揚感を感じていた。

 恐怖しているのは、自分自身が理性で動いている魔物のはずなのに、自分自身がより本能で動く魔物になろうとしていることに。

 高揚しているのは、死をより近くに感じているこの状況に、だ。


 恐怖している要因に思うことは特にない。

 自分がおかしいだけで、皆魔物としての本能に忠実に生きているからだ。

 むしろ、この恐怖は喜ばしいものかもしれない。

 喜ばしいと感じる思考に、何故か別種の恐怖を感じているが……。


 高揚している要因は何となく理解できる。

 俺はオーガであったころの、強い魔物であったころの記憶が強く焼き付いている。

 オーガのときの記憶から察するに、俺は自分より強い存在に挑戦することはなかった。

 だから、この挑戦心は魔物として必要なものだと強く確信する。

 同時に、進化にも必要だと。


 俺はダメージでブルブルと震え続ける身体を無理やり動かそうとする。

 ここから反撃できるような状態になるのか、と問われれば分からないとしか言えないが、でもこの身体を無理やり戦闘できる状態にするのは可能なのではと思っている。

 

 俺はずっと疑問に思っていた。

 名前をもらったときに、なぜ劇的な変化がなかったのか。

 身体能力や魔力に関する能力も少ししか上昇しなかった。

 なぜだ、なぜだ、と自分に聞き続けて、ある可能性を見出した。


 もしや、心の奥底で俺自身の状況や能力に満足しているのではないか、と。


 そんな可能性に対する答えはすでに持っていた。

 危機的状況が必要だと、命を削るようなそんな戦いが必要だと、そう思った。

 

 そして、その考えは正しかったようだ。


「……かひゅ、……っ、……かひゅ」


 今にも息の根が止まりそうな、そんな状況の身体が少しずつ癒えてきているのだ。

 癒えてきている身体は魔力を求めている。

 本能的にも、知性的にもその訴えが正しいことが分かる。

 本能はただ魔力を求めているだけだが、知性は魔物の身体は魔力で多くが出来ているからという根拠を元に訴えている。

 

 俺は本能に従い、自分の考えに従い、魔力を全身に流し始めた。

 ドクンドクンと波打つ心臓の鼓動に魔力を乗せる。

 身体の回復を祈って、魔力を乗せ続ける。


「すぅー……、ふぅ、すぅー……、ふぅ」


 呼吸が落ち着くように、深呼吸も交えながら自分の身体の回復を続ける。

 だが、ここである問題に気付く。

 一つは大した問題ではない。だが、もう一つはかなり大きな問題だ。

 

 大したことない方は、身体の魔力が足りていないことだ。

 どうやら、俺の回復の能力は大きく魔力を使用するらしい。

 ここまで聞いたら深刻な問題のように聞こえるかもしれないが、打開策はしっかりと用意している。

 魔石を持っているのだ。

 昨日の狩りで剥ぎ取ったホーンラビットの魔石二つと、ここまで来る途中で狩ったホーンラビットの魔石だ。

 計三つもあれば、さすがに足りるだろう。


 そして、大きな問題だが、その問題への解決策は思いつかない。

 ここから全力の回避行動を取るということ以外は。


「ふっ!!」

 ズドンッ!!


 回避のための呼吸をフォレストベアの一撃による破壊音でかき消された。

 この状況で分かるかもしれないが、フォレストベアは俺が回復しているという状況に気付いていたのだ。

 だから、俺は全身を投げ飛ばすように、身体を動かした。

 回避行動を取らなかった場合、悲惨なことになっていただろう。

 なぜなら、フォレストベアの一撃によって、直径一メートルほどのクレーターが出来ていたのだ。

 このクレーターを大きいと見るか、小さいと見るかは魔物によるだろう。

 ちなみに、俺は大きいと思うし、何なら殺されていたかもしれないという恐怖を感じていた。


「くっ……、ふぅ、ふぅ」


 何とか呼吸を整えようと必死に深呼吸を行おうとする。

 だが、フォレストベアに睨まれているという恐怖と、魔力が足りないせいで、息が思うように整わない。

 

 フォレストベアはじっと俺を睨みつける。

 その瞳には少しの混乱が混じっているように思う。

 仕留めたと思った相手が生きていたのだ。

 そりゃ混乱するだろうと思う。


 俺はフォレストベアが動かないのを良いことに、昼間のホーンラビットの魔石を取り出す。

 ゴブリンは基本全裸だが、いまの集落のゴブリンは腰蓑程度ならしている者もいる。

 俺は腰蓑に軽く改造を施して、股間の方に魔石を収納していた。

 正直、自分の股間が当たっているかもしれないものを喰わなければならない今の状況に、思うところはあるが、躊躇せずに魔石を口に入れた。


 ガリッと固い食感を感じながらも咀嚼する。

 すると、魔石を吸収しているだろう腹の奥から、魔力が噴き出てきた。

 前回は身体が熱くなるまで影響を受けなかったが、今回は魔力が吸収されている状況をしっかりと感じ取れた。

 俺は噴き出る魔力を一生懸命に操る。

 もちろん、フォレストベアの方を警戒しながら。

 どうやら、俺の魔力が急激に増えていることで、フォレストベアはかなり警戒しているらしい。


 この状況はチャンスだと思った俺は、増えたばかりの魔力を回復に回す。

 数秒の後に、俺の身体は全回復し、魔力も戦闘で十分なほどに収まった。

 さて、ここからどう反撃するか。

 俺は格上であるフォレストベアをどう倒すのか、必死に考えを巡らせ始めた。


____________________

あとがき

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 今回の更新でストックがなくなりましたので、次回からは不定期更新となります。

 週に1回以上の更新を目標に書いていきますので、これからもお時間あれば読んでいただきたく思います。

 よろしくお願いいたします。

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