第38話 遭遇

 時刻は日が沈み始めて間もない時間。

 そんな時間に俺は何をしているのか。

 もちろん、ボアを探しているのだ。

 



 スタークから話を聞いた俺は、昼の間にすべての準備を整わせ、森へと入っていったのだが、俺が目的としているボアはそこそこ森の浅いところに出現する。

 逆にフォレストベアはボアよりも森の深いところに出現するらしい。

 俺はスタークに教えてもらったことを参考に、魔力感知を使いながら、森の中を探索していたのだ。

 

「ん~。昼から森に入ったとはいえ、なかなか出ませんなぁ」


 そんな風に、呑気にぼやいていると、魔力感知に何かが引っかかった。

 そちらに向かってみると、発見したのはホーンラビット。

 俺は狩るか狩らないかを考える。

 ここで無駄に消耗するのはバカらしいが、俺の腹は獲物を要求している。

 つまりは腹が減っているのだ。


「仕方ない」


 俺は気配を消して、ホーンラビットに近づいていく。

 そして、魔力を纏わせた手刀で、ホーンラビットを切り裂いた。

 実に簡単な狩りだった。

 その後、腹を満たした俺は、森の探索を続けた。




 森の中が暗くなり始めたころ。

 俺は目的の場所らしきところへと到着していた。


 あたりを見回していると、木々の近くに穴を掘ったような跡が残っている。

 森の浅いところで穴を掘るのは、イノシシ型の魔物が主だ。

 それをスタークから聞かされていた俺は、あたりに身を隠した。

 

 ここで少し強い程度ボアに出会いますように、そう思いながら俺は息を潜め、草木の茂る中で身を隠し続けた。

 一時間か二時間か、はたまたそれほど経っていないのか。

 時間間隔が狂い始めたころ、俺の魔力感知に引っかかる存在がいた。

 それはもうすぐ近くにいる。


 俺は茂っている草木を揺らさないように、目的の場所を覗き込む。

 そこにいたのは、狙っていたボアだった。

 スタークが狩ってきたときのボアよりはるかに小さく、茶色の体色をしている。

 おそらくはブラウンボアだろう。

 何やら、地面の中に餌となるものでもあったのか、必死に地面を掘り返している。

 俺はその行動に疑問を抱いた。


 なぜあんなにも地面がボロボロになる程、必死に穴を掘っている?

 一度、ここに来たことがあるなら、ある程度の当たりは予想がつくのでは……?

 いや、そもそもがそういう生態なのか……。


 そう思っていると、俺は魔力感知で気付いてしまった。

 ここより若干、森の深い方から接近してくる個体がいることに。


 俺は冷静に思考する。

 いま俺がいるのはブラウンボアが出てくるような浅い森。

 奥から接近してくる存在は、魔力は多いものの体長は目の前のボアよりも少し大きい程度。

 目の前のボアの親か? 

 そう考えていると。


 森の奥から、トストストスと軽い足音が聞こえてくる。

 俺が狙っているイノシシ型魔物にしては足音が軽い。

 そう思って魔力感知をすると、その存在はすでにブラウンボアの死角に立っていた。

 それは、クマ型魔物だった。


グゥオオオオオオオオ

 

 まさかとは思うが、このクマ型魔物のテリトリーだったのか。

 そんな思考を証明するような怒りから来る強烈な咆哮。

 そして、逃げ出そうとして失敗した哀れなブラウンボアは震えるばかりで、その場を動けない。

 おそらくフォレストベアだと思われるクマ型魔獣は大きく腕を振るった。

 その結果、血しぶきをまき散らしながらブラウンボアは吹っ飛んでいった。

 

 俺はこれでフォレストベアの気分が落ち着いて、隙が出来たところを逃げ出そうと考えていると、視線を感じた。

 もしかしてと、フォレストベアの方へと魔力感知をすると。


グオオオオオオオオ


 大きな咆哮の返事が返ってきた。


「げ、元気だなぁ」


 アホなことを言いながら、俺は茂みから飛び出した。

 結果、俺が潜んでいた草木が吹っ飛んでいた。


「なんて力だよ!!」


 俺は文句を言いながら走る。

 逃げながらも、視界にフォレストベアを完全に収めた。

 体長は俺よりも同じぐらいだ。

 およそ百三十センチ、重さは分からないが、軽くはないだろう。


 ググウウウウ

 

 唸るように、フォレストベアは俺へと視線を向けてくる。

 その視線はじっと俺の目を見ている。

 俺は喧嘩を売るつもりで、視線を合わせる。

 瞬間。


 グオオオオオオオオ


 俺が睨み返したせいか、森中に響きそうなほどの咆哮を発した。

 あまりの迫力に俺は身体を震わせる。

 それは純粋な恐怖だった。

 殺される、喰われる、弄ばれる。

そう感じるほどの恐怖。

 俺がオーガだったとき、目の前にいた敵はこんな恐怖を感じていたのだろうか。

 そんな益体もないことを考えてしまう。

 

 身体の動かない俺に、フォレストベアは突進を仕掛けてきた。

 物凄いスピードだ。

 喰らったら、重症では済まないだろう。


 だから、俺は回避を選択する。

 回避を……。

 回避を!!

 そう頭の中では何度も身体に命令を出しているはずなのに、怖気づいた俺の身体は一歩も動かない。

 気づけば、フォレストベアの額が目の前にあった。


 ドンッと大きな衝突音が鳴る。

 フォレストベアは額をしっかりと強化していたようで、俺は無様に吹っ飛ばされた。


 消えそうな意識の中、俺はフォレストベアを視界に収める。

 フォレストベアはもう既に背を向けていた。

 俺という存在は喰らう価値もないほどのものだと言わんばかりの態度だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る