第37話 足りないものは


 俺はいま、いつもの川に来ている。

 理由はもちろんスタークから名前をもらった時に感じた魔力による能力上昇の確認だ。

 だが、他にも気になっていることがある。

 それはまず置いておいて、川へと向き合う。

 

「ハァッ!!」


 俺は全身に魔力を纏わせる。

 いつもよりも魔力のノリがいい。

 それは確かに感じている。


「オラァッ!!」


 気合を声に乗せながら、地面へと拳を振り下ろす。

 ドバンッと川の水がしぶきを上げながら、空中を舞う。

 だが。


「これって本当に強化されてんのか……?」


 俺はそんなことをぼやく。

 自分の魔力操作の練度や魔力量はしっかりと把握している。

 それを踏まえると、確かに俺の魔力面の能力は向上していると感じる。

 だが、スタークのときのような圧倒的な能力向上とはいい難い。

 身体能力もすでにチェック済みだ。

 そちらの方も大きく向上したとは言い難い。


 それらすべてを考慮すると、俺の能力は全体的に上がっただけで大きく何かが変わったようには感じなかった。


「師匠。いや、レーラー。何をそんなに悩んでいるんだ?」

 

 俺の様子をじっと眺めていたスタークは不意に声をかけてきた。

 自分の能力が思ったよりも上がっていないことで、俺は落ち込んでいたが、それを表情に出さないようにスタークの方へと振り返る。


「いや、何でもない」

「ふーん、何でもないようには見えんがなぁ」


 おちょくるようにスタークは話す。

 俺の悩んでいる様子を面白がっているような振りをしているが、コイツが何を気にしているかを知っている。


「スターク」

「なんだ?」

「お前のせいじゃない」

「っ」


 そう、コイツは負い目を感じている。

 それというのも、俺に名前を与えられたのは良いが、能力面への影響が思ったようにいかなかったことを気にしている。

 それも俺以上に。


「な、何を言っているのか分からないぞ、師匠」

「動揺しすぎて、師匠って呼んじまっているじゃねぇか」


 面白いぐらいに動揺しているスターク。

 自分が名前をもらったときは爆発的な身体能力の上昇を貰ったスタークが、俺の能力を大きく上げられなかったのを申し訳なく思っているのだろう。

 でも、スタークの落ち込みようを見ていると、俺はすぐに切り替えることが出来た。


「スターク」

「な、なんだ?」

「獲物を狩って来てもいいか?」

「なに?」


 俺は唐突にそんなことを言い出す。

 それというのも、俺は進化に向けて感じていることがあったのだ。

 それは、この川に来てからずっと感じていたこと。


「俺はたぶん、ホーンラビットの魔石程度では進化できない気がする」

「なんだと!?」


 スタークは大きく驚く。

 それはそうだろう。

 集落の誰よりも早く魔物の肉を摂取し、魔石までも喰らった俺が進化できないなどとどんな冗談だと言われてもおかしくない。

 そして、そう感じたのはスタークも一緒だ。


「レーラー、本気でそう思うのか?」

「ああ」

「自暴自棄になったわけでもなく?」

「若干、自棄になっているが、自暴自棄になっているわけではない」

「……」


 スタークは黙り込んでしまった。

 いま、この場にはスタークと俺しかいない。

 今日は俺が進化に挑戦する日だから、弟子たちの修業は個人でするように言いつけたからだ。

 それを知っているのにも関わらず、スタークはきょろきょろと周りを確認する。


「レーラー、進化できそうにないか?」

「ああ」

「それは他の個体には言っていないんだな?」

「もちろん」

「そうか……。どうすれば」

「ん?」

「どうすれば、レーラーは進化できると思う?」


 スタークは真剣な様子で俺に向かって問いかける。

 

「俺が出来ることなら何だってするぞ。ボアの魔石が欲しければ、俺が採って来てもいい。何だ? 何が足りない?」

「魔力……」

「魔力なら魔石から摂取できるだろう。俺が採って来て」

「バカが。まだ話の途中だ」

「すまん」


 俺が進化できないという予感に対して、スタークはかなり焦っているように思う。 

 それは俺も嬉しく思うところではあるが、もう少し落ち着いて欲しい。

 そんな思いが通じたのか、スタークは大きく深呼吸する。

 そうして、落ち着くとゆっくりと口を開いた。


「レーラー、何が必要だ?」

「さっきも言ったが、魔力がまず必要だ」

「それは分かっている。あとは?」

「死を感じるような戦闘経験かな」

「なに? それは本当に必要なのか?」


 スタークは訝しむような表情で質問してくる。

 俺もこの予感が何かの間違いであってほしいと思っている。

 だが、足りない。


「自分の全力を尽くし、それでもなお敵わない。そんな敵と殺し合う。そんな経験が、危機感が足りない気がする」

「そ、うか」


 スタークはゆっくりと目を瞑る。

 何かを思い出そうとするような表情だ。

 そして、思いついたのか、厳めしい表情で言葉を発した。


「俺に心当たりがないこともない」

「本当か?」

「ああ。正直な話、レーラーが調子に乗るかもしれないが、この集落近辺にレーラーの希望に沿うような魔物はいないだろう。それほど、レーラーは強い」

「お、おう」


 突然の誉め言葉に、俺が照れていると。


「だが、少し森の方へと向かうと俺たちにとっての強敵が現れる」

「それは?」

「ボア、もしくはベアだ」

「ボアは分かるが、ベア?」

「そう、クマが魔物に変異した姿、それがベアだ」


 スタークはその魔物を思い出しているのか、表情を青くしながら話す。


「ベアにもいろいろと種類はいるが、森によくいるのはフォレストベアだろう。森での行動に特化したベアで、身体能力が高いだけで、魔法などは使ってこない。そんな魔物だ」

「それは強いのか?」

「言っただろう、身体能力は高いと。あの魔物は俺が狩ってきたような大型のボアを平気で狩る。ただの捕食者として」


 俺は唾を飲み込む。

 どんな敵なのだろうか、と。

 そして、挑戦するならその魔物しかいないとも。


「いいねぇ、フォレストベア。そいつに挑戦しようか……」

「なっ?! 俺の話を聞いていたのか!!  フォレストベアの話をしたのは、何も狩ってくる対象にするためじゃない。危険性を理解してもらうためだ!!」

「だが、ボア程度なら俺でも狩れるんだろう?」

「それは……」


 スタークは口ごもる。


「ほらな。なら死ぬ覚悟をしてフォレストベアと戦った方が良いだろうよ」

「……っ」


 下唇を噛み、フォレストベアの話をしたことを悔やむような表情をするスターク。

 じっと俺を睨みつけるスターク。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「レーラーがフォレストベアに挑戦したいというのは分かった。だが、やはり納得できない」

「いいさ、俺が勝手にするだけだ」

「待て、急ぐな。俺はボアを倒してダメだったら、フォレストベアに挑戦してくれと言いたかったんだ」

「うーん」


 唸る俺を睨みつけるスターク。

 殺気交じりで睨みつけるものだから、俺はつい折れてしまう。


「わかった。ボアに挑戦して、ダメだったらフォレストベア。それでいいんだろ?」

「おう」


 俺が承諾すると、スタークはようやく笑顔になった。

 その後、スタークにフォレストベアと近辺に生息しているだろうボアの生態を教わるのだった。

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