第36話 俺への名付け

 俺はいつものように、起床した。

 昨夜、ボスの寝床の方から一瞬大きな魔力を感知したが、すぐに収まったために、俺は進化が上手くっているのだろうと思い、構わずに寝た。

 さてさて、ボスは何に進化したのやら。


 俺が集落の中心の広場へと向かっていると、何やら集落内のゴブリンたちが大勢集まっている。

 どうしたのだろうと思っていると、弟子たちが俺の元へと走ってきた。


「師匠―!!」

「ん? どうした、お前たち」


 急いで俺の元へと来た弟子たちに平常を装い、返事をする。

 俺の様子に、弟子は大きな声でまくし立てる。


「どうしたって……。師匠! 昨日の恐ろしいまでの魔力を感知できなかったんですか?!」

「昨日のか? 俺が気付かないわけないだろう?」

「じゃあ、何で師匠はそんなに落ち着いているんですか?!」

「いや、俺は魔力の増大に心当たりがあるからな。それに、いまはそんなに大きな魔力は感じないだろう?」


 俺の落ち着いた様子に、弟子たちは徐々に平常心を取り戻していく。


「確かに……。そうですね。でも、スタークさんの家から大きな魔力を感じますよ?」

「そりゃ、スターク自身の魔力だろうよ」

「あ、スタークさんの! スタークさんの?!」


 弟子一号が大きな声で驚く。

 朝から良くそんなに大きな声をさせるなぁ、と感心していると、スタークの家の魔力が動き出した。

 俺は即座に、片膝を付け、深く頭を下げる。

 

「何しているんですか? 師匠」

「いや、集落の皆が跪いていたら、驚くかなと」

 

 俺は弟子一号に、いたずらっ子のような表情で答える。

 そんな俺の様子に、弟子たちは呆れるような表情をする。

 だが、俺の真似をして弟子たちも膝を地へと付けた。

 俺たちの様子を確認していたゴブリンたちも、何故か俺たちにならって膝を付けていく。

 そんな風にしていると、集落内のゴブリンたちが静かに膝を付け、スタークが現れるのを待った。


「ん? 何か静かだな」


 スタークの寝床から声が聞こえる。

 数秒後、スタークが姿を現した。


「あー、何やっているんだ、お前ら?」


 俺はスタークの声を聴いた瞬間、大きな声でスタークを歓迎する。


「スターク様!! 進化おめでとうございます!!」


 俺の突然の言葉に、弟子たちは驚きで身体を震わした。

 だが、事態を把握できた弟子も俺に続く。


「「スターク様!! 進化おめでとうございます!!」」


 俺が伏せていた顔をスタークの方へと向けると、ポカンと呆けているスタークの姿があった。

 俺は笑わないように、じっとスタークを見つめる。

 そうしている間にも、周りのゴブリンたちも事態を把握したようで、次々に賛辞の言葉を口にしていく。


『おめでとうございます!!』


 ただ、皆がおめでとうございますと口々に発していく。

 そして、スタークが表情を引き締め、スッと右手を上げる。

 それに反応するかのように、集落内のゴブリンたちは静かになる。


「あ~。なぜ俺が進化しているのを知っているのかを知らないが、お前らが言うように、俺は進化した。進化種はゴブリンリーダーだ」


 そこでスタークは言葉を止める。

 じっと集落内のゴブリンを見つめた後。


「俺の進化を祝ってくれてありがとう。だが、今夜新たに進化に挑戦する個体がいる。そいつの進化が終わったら、宴をするぞ!!」

『宴?』

「つまりはボアのときように、みんなで喰いまくるぞということだ」

『うおおおおおおおおおお!!!』


 スタークが分かりやすい言葉に、変換した瞬間ゴブリンたちは一斉に沸き立った。

 そんな沸き立つ皆に冷や水をかけるような一言をスタークは放り込む。


「ただし、そいつが進化できなければ、宴は無しだ」

『????』


 スタークの言葉に、ゴブリンたちが理解を拒むように顔を顰める。

 そんな最悪な雰囲気の中、スタークは言葉を発する。


「さて、そんな進化に挑戦する個体を紹介しよう。師匠、前へ」


 俺はスタークを睨む。

 なんて雰囲気で俺を紹介するつもりだコイツ、と。


「さあ、師匠。早く」


 スタークもそれなりに良い性格をしているらしい。

 チクショーと心の中で呟きながら、スタークの隣へと立つ。


「さて、今夜進化に挑戦するのは俺の戦闘に関する師匠だ」

『師匠?』

「つまりは俺に戦いを教えたゴブリンだ。つまりは進化前の俺より強い個体だ」

『!!!』


 ゴブリンたちが一様に驚いた表情をする。

 このゴブリンはそんなに強かったのか、と言わんばかりの表情だ。

 俺はそんなゴブリンたちの表情に、そうなるよなと思いながら、スタークの言葉を待つ。


「今回だけ、進化という事象に挑戦する個体に名前を送ろうと思う」

『!!!』


 スタークの言葉に、またもゴブリンたちは驚いた表情をする。

 名前というのが重要なことは普通のゴブリンでも知っていることだからだ。


「さて、俺の師匠に対して名前を授ける。師匠の名前は、レーラーだ」


 そこで言葉を区切ったスタークは続ける。


「レーラーというのは先生や師匠という意味がある。俺の師に相応しい名前だろう」


 スタークの言葉に皆が頷く。

 そんな皆の様子を見ながら、俺に魔力が付与されているのが分かる。

 スタークから漏れ出た魔力だろう。

 スターク自身も魔力が出ていることに気付いた様子。


「さて、ここで一度解散するぞ。ちなみに、俺の名前はスタークだから、ボスでもスタークでも好きなように呼びな。解散!!」


 スタークの言葉を合図に、ゴブリンたちはすぐに散るかと思いきや、皆その場で「スターク様、おめでとうございます」と言ってから、散って行った。

 スタークは集落の皆から好かれているのが分かる光景だった。


「さて、レーラー。名付けで付与された能力を確認したら、今夜は進化だぞ?」


 スタークのプレッシャーに俺はため息をついたのだった。

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