第35話 進化

 俺はスタークに宣言した通り、魔物を狩ってきた。

 狩ってきた獲物はこれまでと同じくホーンラビット。

 それも前回と同じく二体。

 俺も強くなってきているんだなと少し思ったが、すぐにスタークとの模擬戦を思い出し、慢心は禁物だと考えるようになった。

 正直、スタークに発破をかける為にも、ボア系の魔物を狩ってこようかと考えていたのだが、そんなも都合よく大物であるボアが現れるはずもなく、俺はたまたま見つけたホーンラビットを狩ってきたわけだ。

 

 俺は狩ってきた獲物を弟子たちに与えた。

 勿論弟子たちの反応はと言えば。


「師匠、さすがに今回の獲物まで貰えないですよ」

「師匠、これ、もらえない」


 と、まあ、さすがに既に一回獲物を与えているので、今回はなかなか受け取ってもらえなかった。

 最終的には、俺一人では喰いきれないと言い、押し付けるように弟子二人に一匹分の獲物を与え、その場を去った。

 俺は魔物を狩ったことをスタークに早く伝えたかったのだ。




「よぉ、スターク」


 発破をかける為にもスタークの下へと来ていた。

 今日はボスとして、何かを指導・指示するようなことはなかったようで、いつもの川で修行していた。

 

「おう、師匠」


 気安い口調で挨拶を返すスターク。

 どうやら腹は決まっているらしい。

 だが、俺はあえてスタークが抱えているかもしれない不安を言葉に出す。

 

「スターク、進化できそうか?」


 スタークは苦笑する。

 まさかこのタイミングでその話題に触れるのかと思っているのだろう。

 俺自身、そんな自分の性格の悪さを自覚している。


「師匠。そこはそっとしておくところでは?」

「ハハハ。緊張している様子がなかったからな。腹が決まっているスタークを敢えておちょくっているわけよ」

「師匠、さすがに性格悪すぎやしねぇか」


 スタークは少しの深呼吸をする。

 呼吸が自分の精神に与える影響をよく知っているのだろう。


「師匠。俺は進化できると思うんだわ」

「ほう? なぜ?」

「理由なんてない。何となくだ」

「そうか……。何となくか……」


 俺はおちょくるのに失敗したことを自覚した。

 どうやらスタークの精神は乱せるような状態ではないらしい。

 少し残念に思いながら、俺は狩りの報告をする。


「スターク。俺は約束通りホーンラビットを狩ってきたぞ」

「そうか。早かったな」

「早かったって言ってもなあ……。もう日も沈む時間だろう? そんなに早くはねぇよ」

「そうか? まあ、そうだな」


 そう、もう時間は日が沈むころ。

 そろそろスタークが魔石を喰らう頃だ。


「さて、スターク。集落に帰るか?」

「いや、俺はもう少しここで精神統一してるわ」

「そうか? まあ、俺は明日のスタークの姿を楽しみに寝させてもらうわ」

「おう。明日お前が起きたときには俺は進化しているだろうよ」

「おう」


 スタークに返事をして、俺は集落へと戻っていった。

 

「さすがに腹決まってたか。まあ、あの調子だと進化しているだろうなぁ」


 そんなことをぼやきながら。




スターク視点


 師匠が集落へと戻っていく。

 俺はじっと川で精神統一をしている。

 自分の心をより凪へと近づける。

 凪へ近づけようと努力するが、俺の心は波立つ。


 進化できないのではないか。

 弱い種族に進化してしまうのではないか。

 

 そんな不安が俺の精神をざわつかせる。

 荒立った精神に俺は、自身に対して言葉を重ねる。


 俺は進化できるはず。

 進化できれば、種族なんて何でもいいじゃないか。


 ある種、慰めるような言葉だが、俺自身が納得できるならそんな言葉でもいいことを知っている。

 ほら、自然と心の波が落ち着いていく。

 慰めの言葉に合わせて、俺は深呼吸を繰り返す。


 精神統一をかなりの時間をかけて行ったあと、俺は集落へと戻った。

 配下のゴブリンの挨拶に返事をしながら、俺は自分の家へとたどり着く。

 そして、自分の寝床に身体を預ける。


「これを喰らうのか」


 俺はボアの魔石を眺めながら、そんな言葉を漏らす。

 正直、石を喰らうことに抵抗はあるが、この石に大きな力が宿っていることを知っている。


 俺は石を喰らった。

 精神は凪いだまま。


 石を喰らって数秒後、自分の身体の中に凄まじいまでの魔力が溢れだした。

 それに伴って、身体は熱を感じていく。

 どこまでも上がっていく体温に、俺は死を覚悟する。

 それでも、俺は必死に魔力を漏らさないように制御する。

 この魔力の奔流を制御できなければ、強い種族に進化できない気がしたからだ。


 じっと魔力を制御し続ける。

 どれほど長い時間魔力を制御し続けたか分からない。

 長い長い時間を魔力制御に費やした気がする。

 そして、俺の耳にある言葉が届く。


『個体名スタークの進化を確認。種族、ゴブリンリーダーへの進化を認めます』


 どこからともなく響いた言葉は確かに俺の心の奥で響いていた。

 俺は進化できたらしい。

 その事実に安堵した俺は、極度の疲労から意識を手放すことになった。

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