第34話 不安と煽り合い

 スタークが獲物を狩って帰ってきたときには大騒ぎになった。

 まあ、スタークが狩ってきたものを見れば、騒ぎになるのは仕方ない。

 なんせ、肩高百七十センチメートル、体重四百キロに迫る大柄なボアだったのだから。

 俺も自身の目を疑ったほどの大柄な獲物だった。

 さらに、スタークは前足を担いで、背負うようにして持って帰ってきたのだから、目を疑えと言っているようなものだ。

 

 とまあ、スタークの狩りの成果は集落内を大きく騒がせたものの、後には歓声が発せられた。

 狩りを成功させてきたのだから、歓声ぐらい当たり前だが、さらに肉をある程度分配するように宣言したのだから、それはもう大盛り上がりだった。

 その日はスタークが狩ってきた獲物をみんなで喰らった。

 もちろん、魔石はスタークが回収していたが。


 そして、大騒ぎをした翌日。

 集落内は静寂が包んでいた。

 何故そんなことになっているのか。

 理由は簡単で、皆が魔物の肉を喰らったことで身体に影響が出ているせいだろう。


 俺は魔物の肉を喰らうのが三回目なので、落ち着いて魔力を制御し、大騒ぎの翌朝にはしっかりと起きた。

 同じように、スタークと弟子たちも目を覚ますはずだ。

 俺は昨日の宴での高揚感を思い出しながら、いつもの川へと向かった。




「よお、師匠」


 川には先客がいた。

 スタークだ。

 スタークは川の方へと身体を向け座っていたが、俺に気付き視線をこちらへと向けていた。


「昨日騒ぎまくったのに、スタークはこんな朝早くによく起きてきたな」

「そりゃ、俺が魔物を喰らうのは四回目くらいだからな」


 ニカッと爽やかな笑みを向けてくるスターク。

 俺はスタークの笑みに、力の抜けた笑みを返す。


「師匠は魔物を喰らうのは何回目だった?」

「三回目だな」

「ほう。獲物の内容は?」

「スタークも知っているだろう? ホーンラビットを二回喰っただけだ」

「それで三回目は昨日のボアか……」


 そこで言葉を区切ったスタークは表情を曇らせながら、俺へと言葉を溢す。


「師匠は魔物を三回も喰らっているのに、まだ進化しないんだな」

「なんだ? 進化できるのか不安にでもなったか?」

「まあ……。そう、だ」

「スタークが口ごもるのは珍しいな。そんなに自信がないのか?」

「ああ」


 スタークは大きく息を吸い、ゆっくりと吐いていく。

 スタークは何を悩んでいるのだろうか。


「俺が魔物を喰らうのは、昨日のボアで四回目だった」

「ああ、そうか。スタークは俺よりも魔物を喰らっていたのか」

「そうだ。最初の集落で偶然ホーンラビットを喰って、二回目はいまの集落で同じくホーンラビット、三回目は悪知恵ゴブリン、四回目は昨日のボアだ」


 スタークはこれまでの獲物を言葉に出しながら、指を折る。

 

「魔力操作を覚えて初めて喰ったのが、昨日のボアだ」

「そうだな」

「師匠は魔力操作を覚えてから、三回も魔物を喰らっている」

「そうだな」

「師匠でも三回も魔物を喰らっているのに進化できていないだろう。魔力操作を覚えて、初めての獲物を喰ったのに、俺の身体は変化していない。まだ進化できないのか、と思ってな」


 不安と焦燥が籠っただろう言葉だった。

 もともとスタークはかなり焦っていた。

 今回、魔物を喰らって進化できていないのが、相当メンタルにきたのだろう。

 俺は仕方ないな、と言わんばかりに首を振り、言う。


「スタークはまだ昨日のボアの魔石を喰らっていないだろう?」

「ああ」

「進化を期待するなら、魔石を喰った後だ」

「そんなことは分かっている」

「だろうな」

「だが……」


 スタークが珍しくうじうじとしている。

 スタークの初めての表情に少しおかしくなった俺は、笑ってしまった。


「師匠。笑うことないだろう」

「いや、立派にボスをしているスタークが珍しいもんだと思ってな」

「俺だって悩むさ」

「そうか」


 俺は笑みを止め、スタークを真剣に見つめる。


「今晩、ボアの魔石を喰え。明日には進化しているだろうよ」

「え?」

「聞こえなかったか。明日には進化していると言ったんだ。俺より先に進化するんだから、胸張りな」

「いてっ」


 俺はスタークの背中を強く叩いた。

 そして、俺はスタークに背を向ける。


「俺の集落のボスとあろうものが、うじうじしているのはいけねぇ。だからよ」

「なんだ、師匠」

「今日、俺は魔物を狩ってくる。つまりは」

「明日には進化してやるってか?」

「そういうことだ。分かってんじゃねぇか」


 俺は挑発するような言葉を続ける。


「俺が先に進化したら、集落を乗っ取ってやろうか」


 半笑いで俺は言う。

 スタークは俺の挑発に威勢のいい声をあげる。


「集落は俺のモンだ。師匠より俺が先に進化するんだよ!!」

「言ったな? 俺は今日魔物を狩って来て、明日の晩に魔石を喰らう。もし、明日の朝、スタークが進化していなかったら、集落を乗っ取るからな」

「はん! まだ、魔物も狩って来てねぇ癖に、調子の良いこと言ってんじゃねぇ」

「おうおう、威勢がいいねぇ。じゃあ、俺は今から魔物を狩ってくるわ」

「早く行け」


 俺はゆっくりと歩き出した。


「あ、そうだ。師匠」

「なんだ?」

「ありがとよ」

「おう」


 どうやらスタークの気持ちも定まったようだ。

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