第31話 野心

 スタークは二号の左拳をがっちりと掴んでいる。

 そんな隙を狙わないわけがなく、一号は一気にスタークとの距離を詰めた。


「セイヤッ」


 掛け声とともに、右拳を振るうが。


「それ」

「ングッ」


 スタークの軽い掛け声とともに、拳を躱されてしまう。

 さらには、掴んでいた左拳を引っ張ることで、一号の攻撃が二号に当たってしまった。

 

 ごろごろと転がっていく二号。

 一号はその体格の小ささから、拳には常に魔力を纏っているのだろう。

 つまりは、全力の拳を仲間に繰り出してしまったことになる。

 チームワークの部分で弟子たちは上手く噛みあっていないようだった。


「ほれ、ぼぉっとしてんなよ、っと!」

「グッ」


 二号に攻撃を当ててしまったことで動揺してしまった一号の隙を狙って、スタークは左拳をフック気味に殴りつける。

 少し本気になっていたスタークの拳を喰らってしまった一号は、軽々と吹き飛ばされてしまった。

 吹き飛んでしまった一号を二号はしっかりと受け止める。

 

 弟子たちが肩で息をしている様子を見て、スタークは言う。


「おいおい、まだ始まったばかりだってのに、もう消耗してんのか?」


 事実を言うとともに、スタークはより弟子たちを本気にさせるために挑発を行っているのだろうと見ていた。

 だが、弟子たちは特に反応を示さずに、息も絶え絶えな様子でゆっくりと口を開いた。


「スタークさんが、強いことは、……はぁ、分かりきっていた、ことです。俺らが、軽々と、あしらわれる、のも、……ふぅ、当たり前のことです」


 息を整えながら、話していた一号は表情を表に出さずに、自分たちの力量差を語った。

 そんな様子に、スタークは何を思ったのか、こんなことを言い始めた。


「お前らはよく頑張っている。それは間違いない。だが、あまりにもこの状況に納得しすぎている。悔しいとは思わないのか?」


 またも挑発をしたのだ。

 スタークは弟子たちをどうしたいのだろうか……。

 弟子たちの本音を聞きたいのか、怒らせたいのか、それとも何か他に懸念事項でもあるのか……。


「悔しくないように見えますか?」


 一号の言葉は静かに、だが重く響いた。

 言葉を放った一号は顔を俯かせる。

 そこから何か一号は言うのだろうか。

 そう思っていたのだが、一号は身体を震わせるだけで何も言わない。

 代わりに、二号がゆっくりと話し始めた。


「俺たち、弱い。それ、悔しい。スターク、さんに、負ける。それも、悔しい。でも、もっと、悔しい、のは、スターク、さんに、負けること、納得、してる、こと」


 二号は、俺が薄々感じていたことを言葉にした。

 コイツらは自分の力量をうっすらとだが自覚していた。

 そして、その自分たちの弱さに、スタークに敵わないという事実に、納得してしまっていた。

 それをまさか二号が言うなんて、という驚きが俺にはあった。

 ここまで必死に二号は言っているという事実が、言葉の重さを増しているようにも感じた。


「で、お前らはどうするんだ?」


 スタークの言葉に、一号は顔を上げる。

 二号はいまにスタークを殺すのではと思うほど睨みつけている。


「そんな自分たちの弱さに気付いているお前らは今、どうするんだ?」


 そこで言葉を区切り、スタークは大きく息を吸い吐き出した。

 吐き出した息に、スタークはどんな感情を乗せたのだろう。

 そんなことを考えながら、スタークの言葉を待つ。


「ここで俺にいいように転がされて、這いつくばって、その先は? まさか、この模擬戦でお前たちが急に強くなるなんて思っていないよな?」


 スタークの語気が強くなってくる。

 スタークは静かにだが、怒っているのだろう……。


「お前たちは贅沢な状況にいることに気付いているか? 俺という魔力面での実力が近かった好敵手がいること。師匠という圧倒的な指導者がいること。鍛錬の時間を確実に用意できるということ。それらすべてが贅沢だと気付いているか?」


 スタークの顔には感情が乗っていない。

 ただ、静かに言葉を紡いでいる。


「もう一度言おう。お前たちは贅沢だ。贅沢な状況にいるが故に、野心が足りない」

「野心……」

「そう、野心だ。群れのボスである俺を超えて、集落のボスになり代わる。師匠を圧倒的な力で這いつくばらせる。集落の連中に力で言うことを聞かせる。そんなことを本気で考えたことはないのか?」


 そこで、スタークは歯をむき出し、野性味あふれる笑顔を見せる。

 その笑顔は威嚇のようにも見えた。


「俺にはあるぞ、野心が。いまの集落の規模に満足はしていない。師匠に劣っている面があるというのにも納得していない。俺は何一つ満足していない!!」


 叫ぶように、自分の内にある暴力性をむき出しにするスターク。

 スタークの言葉と共に、スタークの魔力がぶわっと拡散される。

 

「「クッ……」」


 弟子たちはスタークの魔力に中てられて、グッと歯を食いしばった。

 そんな弟子たちを見て、スタークは深呼吸する。

 落ち着いたスタークはゆっくりと口を開いた。

 静かに弟子たちに問うた。


「さて、俺は野心を曝け出したぞ。お前たちはどうする?」


 スタークはじっと弟子たちを見つめる。


「俺には説教する余裕があるが、お前たちはここから自分たちの力を示せるのか? さあ、お前たちはここから何ができる?」


 そんなスタークの問いに、弟子たちはどう答えるだろう。

 数秒ほどの沈黙ののちに、一号は口を開いた。

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