第30話 模擬戦

 スタークと弟子二人の模擬戦が始まる。


 これまでの鍛錬の量は確実にスタークの方が多い。

 群れを一つ収めているスタークの方が力を望むことが多かったはず……。

 つまりは、気持ちの面でもスタークは力を欲し続けていた。

 そして、人型の生物にとって重要な体格もスタークの方が有利……。

 弟子たちが勝っている要素など何一つない。


 それでも……。

 それでも弟子に勝ってほしいと思うのは師匠という立場のせいなのだろうか。

 俺は弟子たちに戦いを始める合図を送る。


「スターク、弟子一号二号。戦闘の準備は出来ているか?」

「「「おう」」」

「よし! では模擬戦開始!!」


 開始の掛け声とともに、弟子二号はスタークへと駆け出していく。

 どうやら、一号より体格で勝る二号がスタークを抑え、一号が隙を見て攻撃を仕掛けようという狙いらしい。


「フンッ!」


 勢いよく息を吐き出しながら、気合を込めた拳を顔面へと向かって放り出す二号。

 そんな二号の攻撃をスタークはどう抑えるのか。

 俺だったら、隙だらけの二号の攻撃は躱すところだが……。


「ッン!」


 スタークは二号以上の気合を持ってして、攻撃を真正面から受けた。

 深々と刺さる二号の拳。

 だが……。


「効かんな」

「ッ!!」


 スタークは全く聞いていない様子を二号に見せつける。

 そんなスタークの様子を見た二号は、一瞬とはいえ迷いを見せてしまう。

 自分の攻撃は効いていないのか、と。

 攻撃を繰り出す意味はあるのか、と。

 二号の迷いを見逃さなかったスタークは、軽く拳を突き出す。


「セイッ!!」

「クッ」


 スタークの攻撃は完璧に二号に当たった。

 軽い攻撃とはいえ、二号はグッと身体が沈んでしまう。

 もしかしたら、見た目では軽かったが、魔力が込められていたのかもしれない。

 そうでないと、二号の身体の沈み方はありえない。


 スタークは隙だらけになった二号の顔面目掛けて追撃をしようとする。

 その追撃の一撃を二号は。


「ッ」


 歯を食いしばって、攻撃を受けた。

 攻撃を喰らって辛いだろうに、二号は繰り出された左拳を掴む。

 そのまま二号は後ろへとコケていくように倒れる。

 つられてスタークも身体が前へと引っ張られていく。

 力の抜けた態勢のスタークと二号は一緒にコケていくように思われたが、ここで弟子たちが仕掛ける。


 仕掛けるのは弟子一号。

 一号は模擬戦が始まってから、スタークの意識が二号に向かい始めていたのをいいことに、二号の身体を使って、スタークの死角に入るようにしていた。

 息を潜めていた一号は、完全にスタークの意識が二号に向いた瞬間を狙っていたのだ。


 一号は二号の右側へと素早く移動する。

 もちろん、スタークの視界に入らないように。

 そして、前へと態勢を崩していくスタークに向かって、右拳を大きく振りぬいた。

 

「オラァ!!」

「グフッ」


 一号は右拳に魔力を集中させていたのだろう。

 一般的なゴブリンから発せられないだろう衝撃をスタークへとぶつけた。

 スタークは大きく吹っ飛んでいく。

 その間、二号も軽く吹っ飛ばされたが、衝撃を上手く逃がしたのか、一回転程度で止まった。

 

「シャッ」


 一号は大きくガッツポーズをする。

 渾身の一撃をぶつけたのだ、喜びもひとしおだろう。

 一号のガッツポーズの間にも、二号は素早く起き上がる。


「一号、集中」

「おう」


 二号は軽く一号に注意してから、吹っ飛んでいったスタークをじっと見る。

 二号の視線の先に、5メートル近く吹っ飛んでいたスタークは何事もなかったように起き上がった。

 

「ペッ」


 スタークは口の中を切ったのか、軽く血を吐き出した。

 そして、余裕の表情を崩さぬまま、スタークは口を開く。


「なかなか効いたぜ、いまの攻撃はな」

「フフン、当然!」


 一号は自慢するように答える。

 だが、その自慢も一瞬で吹き飛ぶことになる。


「ここからは俺も魔力を使わないとな」

「へ?」

「……」


 スタークのまさかのセリフに、一号は呆けたような表情になってしまう。

 ただ、二号は薄々気付いていたのか、驚いた様子もない。

 

 スタークはゆっくりと弟子たちとの距離を詰めていく。


「さて、弟子一号、弟子二号。死なぬように耐えろよ」

 

 その言葉を最後に、スタークは駆け出す。

 二号はすぐに顔を守る。

 バンッという衝撃音を置き去りに、二号は軽く吹き飛ばされる。


「ハッ」


 一号はその光景を見た瞬間に、同じく顔を守る。

 またもバンッという衝撃音が響く。

 結果、一号も大きく吹っ飛ばされる。


 一号は左へと吹っ飛び、二号は右へと吹っ飛んでいく。

 そんな状況をスタークは振りぬいた右手を戻しながら見る。

 ゴロゴロと転がっていく弟子二人。

 俺はそんな弟子たちを心配してしまうが、弟子二人は素早く起き上がった。


「クッ」

「…ッ」


 一号は左手で首を抑えながら立ち上がり、二号は頭を振りながら起き上がる。

 そんな弟子たちの状況を見ながら、スタークは口を開く。


「ふむ。二人とも思ったよりダメージを抑えられているようだな。防御が上手いのだろうな」

「殴られ慣れていますから」


 スタークの分析に、一号は軽口を返す。

 

「そうか。なら、もう少し本気を出しても大丈夫そうだな」


 スタークが視線を一号に向けて言った言葉。

 その本気という言葉に一号は身震いする。

 

 そんな中、二号はというと、スタークの視線が一号に向いている間に、スタークへと接近していた。

 そして、二号が繰り出した左拳は。


「惜しいな」


 がっちりとスタークに止められていた。

 

「くそ……」


 短く悔しさを溢す二号。

 だが、目は死んでいないようで、まだまだここから模擬戦は続いていくように思えた。

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