第28話 各々の感情
弟子一号視点
いま俺の目の前で師匠と俺らの集落のボスが組み手? という修行をしている。
師匠に言わせれば、ただの殴り合いらしいのだが、ボスと師匠は示し合わせたかのように攻防を繰り出している。
ボスはこの修行は魔力操作の訓練であることを言っていた。
何でも実践に近い鍛錬でなおかつ、魔力の素早い操作を身に着けるには緊張感のある修行の必要があるらしい。
実際、目の前の師匠たちは目に魔力を集中させていなければ、捉えられないほど速い。
見ている俺たちとしては怪我をするのではないかとヒヤヒヤしてしまうような場面も多々ある。
それが緊張感を高めている要因だと思う。
目に纏った魔力が逃げないように注意しながら、ボスと師匠の組み手を見ていると、俺の隣にいた弟子二号が珍しく話しかけてくる。
「一号」
「なんだ?」
「師匠、凄い」
「そうだな。俺たちの師匠は凄いな」
弟子二号の言葉に頷く。
師匠とボスの組み手を見ていると、沸々と胸の中で何かが湧きで来るのを感じる。
それは、尊敬であったり、憧れであったり、嫉妬であったりとさまざまだ。
湧き出てくる感情にはネガティブなものも確かにある。
だが、そんなネガティブを上回るように湧き出てくる感情はポジティブなものが多い。
おそらく、俺を客観的に見たならば、目をキラキラとさせた子供のような表情をしているのだと思う。
隣にいる二号はそんな表情をしているから、あながち間違いではないと思う。
「一号」
またも二号は俺のことを呼ぶ。
今度はなんだと思い、二号を見ると、そこにはこれまで見たこともないほど真剣な表情をした二号がいた。
鬼気迫る。
そんな言葉が頭に思い浮かぶほどの表情だ。
「ボス。強い」
「そうだな」
「俺、悔しい」
「そうだな、俺もだ」
「ボス、に、負けたく、ない」
「そうだな……、俺もだ」
二号はいまどんな感情を持ってして、いまの言葉を言ったのだろうか。
俺と同じ感情だといいのだが、たぶん違うだろうな。
二号はたぶん、憧れのような感情が強いのだろうと思う。
コイツはあまり他個体に対して、強くネガティブな感情を抱くことはなかったように思う。
でも、俺は違う。
俺は他個体を羨むことが多かった。
今回の組み手でもそうだ。
俺たち弟子二人を差し置いて、師匠に直接修行をつけてもらうボスに強く嫉妬しているように思う。
でも、その気持ちが俺を強くするのなら、そんな感情を抱いてもいいのかもしれない。
師匠は俺と二号に強くなって欲しいと考えているはず……。
なら、その期待にどんな形であれ応えようと思う。
「二号」
「?」
「俺は強くなる」
「俺も」
「ああ、二人とも強くなる」
「うん」
「いつかボスも超えたいな」
「うん」
俺と二号はまた口を閉じて集中し、師匠とボスの組み手を観察し始めた。
いつか、ボスと超えてやると誓って。
スターク視点
俺はいま、師匠(仮)と殴り合いをしている。
師匠曰く、組み手という形式の修業らしいのだが、俺たちゴブリンに人間のような武術や武道はないのだから、殴り合いと呼称してもいいように思う。
まあ、呼び方にこだわるのも変かと思いつつ、師匠の繰り出す攻撃を捌いていく。
「スターク」
「なんだ?」
「俺はいまこの組み手を楽しんでいる。スタークはどうだ?」
「そんなこと言うまでもない」
俺は師匠の攻撃を捌ききり、拳に魔力を移して、師匠の腹めがけて繰り出す。
「俺も楽しいぞ」
「ッ。そうか」
師匠は俺のアッパー気味の攻撃をしっかりと受け止める。
普通のゴブリンと言っても差し支えない師匠の身体で、俺の攻撃を受け止めるさまはいつも感心してしまう。
体格差を覆すほどに、師匠の魔力操作や魔力濃度が優れている証拠だろう。
前回の殴り合いから、結構な時間が経ってしまった所為かもしれないが、師匠がかなり強くなったように感じてしまう。
前回の殴り合いのとき、確かに師匠は俺のことを下に見ていた。
だが、今回は俺のことを対等か、もしくはそれ以上に見ているように感じる。
そんな心構えだけで、師匠の強さは変わってしまう。
こういう心構えの部分が大きく魔力に影響を与えているのだろう。
「師匠」
「なんだ?」
俺は息を乱すことなく、拳や蹴りを繰り出していく。
それを師匠も息を乱すことなく、捌いていく。
息が乱れていないことから、どちらもある程度の余裕は持っている状態だというのが分かる。
「気付いているか? 弟子の視線に」
「もちろん。気付いている」
「そうか……」
俺と師匠の殴り合いを師匠の弟子たちが観察している。
他個体の殴り合いをしっかりと観察し、己にフィードバックすることを師匠が言うには見取り稽古というらしいのだが、まさに弟子たちにはそれを課しているらしい。
だが、俺が言いたいのはそんなことではない。
「師匠は分かっているんだな。弟子たちから俺たちがどんな風に見えているか」
「もちろん。弟子たちの性格上、一号は嫉妬に近い感情を持つだろう」
「二号は?」
「二号は一号よりも分かりやすい。憧れの感情を抱いているさ」
口を動かしながらも、俺たちの攻防は油断なく続いていく。
こんな風に、余裕をもって話しているが、俺の方は防御の方がかなりギリギリになりかけている。
いつ、クリーンヒットをしてもおかしくないと思いつつ、話を続ける。
「これから、アイツらは強くなると思うか?」
「なるさ。確実に」
「そうか」
「そして、スタークもなっ」
「ッ」
俺がまずいと思ったときには、師匠の拳が腹にクリーンヒットしていた。
「スターク。話したい気持ちも分かるが、攻防の対処に限界が来始めたなら、しっかりと集中しな」
「ケホッ。おう」
どうやら前回の師匠は本気ではなかったようだ。
自分よりも戦闘巧者な個体がいることに感謝しつつ、俺と師匠、そして弟子二人と修行を続けた。
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