第25話 初めに教えたこと

「さて、お前らが魔力感知に手こずっている理由は分かった」

「それは?」

「お前らが獲物を全部喰わなかったから。俺の想定より魔力増加量が少なかった所為だな」

「うっ」

「怒ってねぇから、申し訳なさそうな表情をするな。んで、お前らに課していた修行をもう一度確認すんぞ」


 俺と弟子たちは仕切り直すように、これまでに課していた修業を振り返ることにした。

 俺は普通ゴブリンを指差す。


「んじゃ、お前の方が流暢に話せるから、お前から説明してくれ」

「はい。えっと、まずは川の浅いところで足を組んで座ります。それで、気持ちをゆっくりと落ち着かせます。次に、自身の胸に手を当てて、脈を感じます。そして、心臓の中で滞留しているナニカを探るように待つ。あとはその状態を保つ……。で、いいんですよね?」

「そうだな。それが自然な魔力の感じ方だ」

「ほぇ~。そうなんですね」

「そうなんですねって……。お前ら俺が課していた修行はちゃんとやっていたんだろ?」

「もちろんですよ! ただ、これが自然な方法なら、俺たちのボスは余程魔力を感じる才能というか、下地があったんだなと思いまして……」


 普通ゴブリンの話を聞いて、弟子たちが何故焦っていたのかを察してしまった。

 俺はそれを口に出す。


「もしかしてお前たち」

「何ですか?」

「?」

「ボスと自分たちを比較していたんじゃないだろうな?」

「「ッ」」


 俺の言葉に弟子たちは息を飲む。

 そして、顔を俯かせ、悔しそうに言う。


「師匠。比較しないなんて無理ですよ。ボスは俺たちよりも早く魔力感知を覚えて、今では魔力の操作までやっています。一方、俺たちは魔力の感知すらまともに出来ていないんですよ? 自信なんてなかったですけど、やっぱり俺たちはダメなゴブリンなんだと思ってしまいますよ」

「そうか……」


 俺は弟子の本音に少し反省してしまう。

 というのもコイツらがこんなにも落ち込んでいるのは、修行を介した俺とのコミュニケーションが少なかった所為だからだ。

 俺は弟子の精神的な面まで面倒を見るつもりはないが、それでも精神的な状況を利用して煽ったり、焚きつけたり出来たはずだからだ。

 

 そんな個人的な反省を置いておき、俺はボスの魔力感知が早かった理由を説明する。

 説明内容としては、魔力量の多さだったり、魔力を感知させる方法だったりなどだ。

 ここで俺がしたことを説明すれば、弟子たちも同じ修行をしたがることは分かっていたが、俺は素直に説明した。

 結果は想定していた通りだった。


「師匠。俺たちもボスにしたことをしたいです」

「師匠!」

「ダメ」

「なんで?!」

「そりゃ、命の危険があるからだ」


 俺は淡々とした態度を崩さなかった。

 どんな風に強請られようとも、俺の姿勢は一貫して拒否だ。

 そんな俺の態度に、軽口を言うように普通ゴブリンは言った。


「命の危険ぐらい大したことないっす」

「バカが。そんな風に考えるから、俺は許可しないんだよ。そうやって、自分の命を軽く考えるようなモンに、あの修行はさせねぇ」

「じゃあ、なぜボスには修行を付けたんですか!」


 余程焦っているのか、普通ゴブリンは怒鳴る。

 俺はそんな弟子たちを諭すように言う。


「ボスには自身が抱える責任に基づいた覚悟があったからだ。いや、ボス自身がそれを自覚しているかは分からないが、少なくともボス自身は自分が強くなければいけないと強く思っていたんだ。だから、修行をつけた」

「俺たちだって強くなりたいっす」

「そうか。それで、強くなったら何を為すんだ?」

「それは……」

「それで即答できないから、俺は危険な修行をつけないんだ」


 俺が考えるに、何かしらの成果を得るには何らかの犠牲が必要だと思っている。

 犠牲は痛みであったり、時間であったり、さまざまなデメリットを得ることだ。

 それらを得たことでようやく、自分が得た成果に価値が生まれるのではと思っている。

 力というのはそういう事象の代表格だと思っている。


 それらの考えに照らし合わせるなら、ボスはまさしく力を得るためにこっそり修行したりなど、時間の消費や苦痛を得ている。

 だからこそ、自身の現状を憂いていたし、命を危険にさらすことについても即答できていたのだ。

 俺は、ただ力だけを欲しているものに、あの修行をつけるつもりはない。

 その考えをはっきりと弟子たちに伝えた。

 弟子は考えた末に口を開いた。


「師匠。俺には覚悟があるようには見えませんか」

「見えん」

「俺はどんなふうに見えていますか?」

「成果を得ようと必死になるだけの焦りの感情しか見えない」

「それではダメですか?」

「何度でも言おう、ダメだ」

「そうですか……」


 普通ゴブリンは俯いた。

 次に顔を上げるときはマシな顔になっていて欲しい。

 そう思いつつも、もう一人の弟子の方を見る。


「お前は何も言わないのか?」

「師匠」

「なんだ?」

「俺、自分で、力、手に、入れる」

「そうか」


 大柄ゴブリンはどうやら分かってくれたようだ。

 言葉はたどたどしいが、普通ゴブリンよりも精神的に強いのは大柄ゴブリンの方かもしれない。


「師匠」

「なんだ?」

「俺もしっかりとした修行のもと、力を手に入れようと思います」

「そうか」


 普通ゴブリンは感情を一切隠した顔で、宣言した。

 おそらく心の内は納得など出来ていないだろう。

 だが、今はそれでいいとも思う。


「さ、修行を始めるぞ」

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