第22話 名付け

 ボスの唐突な提案に、俺は驚いた。

 だが、少し考えて、提案した理由を何となくだが察せてしまった。

 おそらくだが、ボスは名前を付けられることで他個体との繋がりや、他の理解者が欲しいのだ。

 もしそうなら、俺に断る理由はない。


「ボス。俺で良ければ是非に名前を付けよう。だが、条件がある」

「なんだ?」

「ボスが進化したら、俺にも名前を付けてくれ」


 俺もオーガだったころから欲しいものがあった。

 それが俺と同じ目線の高さで話ができる存在。

 言わば理解者が欲しかった。


 強さゆえの孤高。

 異端ゆえの孤独。

 オーガのころはそれらを感じていた。

 だが、今は違う。

 いまの俺の立ち位置は他の一般的なゴブリンよりも少し強い程度で、他の魔物とも一線を画する強さを持っているわけではない。

 

 それでも、俺は……。

 俺とボスはゴブリンの集落という小さな世界では孤独だった。

 だからこそ、ボスと俺は繋がりを、理解者を求める。

 誰しも独りは嫌だから……。


「お前も名前が欲しいのか?」

「ああ。名前がないと少し不便だろう? ゴブリンと言う種族上、名前を付けられるだけの魔力量を持つ個体は少ないんだ。この機会に俺も名前が欲しい」

「わかった。約束しよう。俺が進化できたら、名前を与えよう」

「おう」


 ボスは俺と約束を交わした。

 悪魔と言う種族もそうだが、魔物というのは契約を重んじる。

 だから、約束は簡単には破らないし、破れない。

 つまりは今回の約束と言う話は軽いものではないということだ。


 ボスは俺に期待するようなに見つめてくる。


「さて、俺の名前を付けてくれるんだよな?」

「ああ」

「直感的に思った名前でいいから、いま付けてくれないか?」

「今からか? なかなか急だな。少しじっくり考えようかと思ったんだが……」


 俺の言葉を聞いて、少し気を落とすようにしょんぼりするボス。

 分かりやすい表情と態度に、俺はくすっと笑ってしまう。

 

「そんなに肩を落とすなボス。分かったから、今から名前を考えよう」

「おお!」

「そうだな。どんな名前が良いだろうか。勇ましいものが良いだろうか。それとも単純に昔の言葉を当てはめるか……」


 そうやって考え始めた俺を、ボスは期待を隠せない様子で待っている。


「どんな名前を付けてくれるんだ? 俺は響きが弱そうでなければ、何でもいいぞ!」

「響きか……。ボスの見た目的に強靭な肉体が一番目を引くな……。とすれば、スタークなんてどうだ?」

「すたーく?」

「そうだ。確か昔に使われていた言語に強靭って、そのまんまの意味をもっている言葉だったはずだ」


 俺の提案に、ボスは何度も「スターク」と言い続ける。

 おそらく、名前の響きを確認しているのだろう。

 表情から見るに不満はなさそうなので、少し安心した。

 

 数秒程だろうか。

 何度も「スターク」と呟いたボスは、嬉しそうな表情で俺を見て言う。


「名前、気に入ったぞ! 俺は今日からスタークだ!」

「ああ、今日から俺らの集落のボスの名前はスタークだ。強靭を意味するスタークだ」


 そう、俺がボスの名前を繰り返すと、俺の魔力がすーっとボスへと流れていくのを感じた。

 名付けの影響だろう。

 しっかりとした名付けは今生では初めてだが、上手く魔力が流れて安心した。


「おお! 力が増したように感じるぞ」

「そりゃ、名づけをしたからな。俺の魔力がボスに定着したのだろうよ」


 俺の言葉を聞いたボスは感慨深げに言う。


「そうか……。これで俺は孤独ではないのだな」

「ああ」

「俺は他と繋がりができたのだな」

「ああ」

「そうか……。そうかぁ!」


 心底嬉しいと言わんばかりに、上機嫌な様子を見せるボス。

 ここまで上機嫌なボスは初めて見た。

 だが、これまで孤独だったことを考えると嬉しくて仕方ないだろう。

 

 一しきり喜んだ様子を見せたボスは、俺のことを申し訳なさそうに見て来る。

 

「すまない」

「ん? なにが?」

「いや、俺がいますぐ名前を付けられないことが申し訳なくてな……」

「ははっ。何を気にしているんだ。スタークが早く進化すればいいだけの話じゃないか」

「そうだが……」

「ボスがしっかりと努力すれば進化なんてすぐに出来るさ」

「そう、だな。俺が早く進化すればいいだけの話だ」


 申し訳なさそうだった表情が前向きなものに変わる。

 そんなボスに、俺は茶化すように本音を言う。


「それに、もしかしたら強い個体から名前をもらった方が、特殊な力に目覚めるかもしれないからな」

「そうなのか?」

 

 不思議そうに、首を傾げるボス。


「ああ。たぶん、ボスにも何かしらの能力をボスは受け取っているはずだ」

「おお、俺にも何かあるのか」

「あるだろうな。もともと他のゴブリンとは一線を画すような身体をしているんだ。もしかしたら、ボスの肉体が強化されているかもしれないな」

「!!」


 俺の言葉を聞いてハッとしたような表情をしたボスは、すっかり日が昇り、光の反射が美しくも感じる川へと向かっていく。

 ボスは膝下が浸かる程の位置に着くと、おもむろに足を肩幅に開き、地面へと向かって構える。

 そして、思いきり川に向かって拳を振り下ろした。


 ドバァンっという派手な衝撃音が発生した。

 見るとボスを中心に半径一メートルほどの水がなくなっていた。


「ハハハ!!」


 ボスは嬉しそうに笑う。

 そんなボスの力に驚いた。

 ここまで強化されるものなのか、と。

 

「見たか? 俺の力がこんなにも強化されるなんてな! お前が名前を付けてくれたおかげだ。ありがとう!!」

「おう!!」


 内心のわくわくするような感情を隠さずに、俺は返事をする。

 もう一度、ボスの力を見たくなった俺は言う。


「もう一度見せてくれ」

「おう!」

 

 再度、振り下ろされるボスの拳。

 またも派手な衝撃音が響く。

 嬉しそうに拳を振り下ろすボスを見て思う。

 あんなに喜んでくれると嬉しいものだな、と。


 思うことがある。

 ボスの拳の衝撃で舞い上がった水滴に陽の光が反射する様を見て、美しい景色だなと。

 きらきらと舞う光を見ながら、俺はこれからの生活に期待を抱く。

 たくましいボスが集落にいるのだ。

 これからは自分の力を隠さずに、ゴブリンとして鍛えていくのだ、と。

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