第21話 恐怖
ボスは淡々とした口調で話す。
「そもそも俺の居た集落が悪かったことは分かっている。でも、人間のやり方も残虐だった」
「残虐?」
「ああ。人間がやったのはゴブリンの幼体をいたずらに甚振り、鳴き声を上げさせ他のゴブリンを呼び寄せさせたり、捕獲したゴブリンの手足を落とし、盾としたりな……」
「それは……」
「言いたいことは分かっている。俺の居た集落が先に始めたこと。それに対する報復に何を言おうと言い訳にしかならない。滅ぼされて当然だ」
「……」
淡々とした口調だが、語られる内容は想像も出来ないような行為だった。
先に人間に被害を出したゴブリンに非があることは分かる。
だが、より残虐に滅ぼす必要はあったのだろうか……。
疑問に思うが、俺は心のどこかで人間の行為に納得していた。
その思考に至ると、いつも思う。
俺はやはり異端なのだと。
一連の思考や感情を俺は置いておき、ボスに質問をした。
「そもそも俺が思うボスの印象だと、逃げるって言うのが想像つかない。なんでそのときボスは逃げた?」
「そうだな。理由はいくつかあるが、情けないことに一番の理由は恐怖したからだ」
「恐怖?」
「そうだ。集落に攻め込んできた人間は決して多くなかった。個体数にして10体以下と言ったところだ。対して、集落に残っていたゴブリンは50体以上だ。いくら弱者であるゴブリンと言えど、数の差は圧倒的だ。ゴブリン側が勝てると信じていた。しかし……」
ボスは息を大きく吸い込み、ゆっくりと落ち着けるように息を吐く。
当時のことを思い出しているのか、ボスは身体を小さく震わせていた。
「しかし、人間は魔法一発で集落の残っていたほとんどのゴブリンを殺したんだ」
「魔法一発で?!」
「幼体にした仕打ちにも、ゴブリンを盾にしたことにも恐怖をしたが、一番恐怖したのはやはり魔法だった。あんなものを放たれたら死ぬしかない。死ぬしかないが、そこで死ねたゴブリンは幸運だった」
「死ぬことが幸運?」
「そうだ。生き残ってしまったゴブリンはより悲惨だった。死にかけていたゴブリンを身動きできないように拘束し、回復魔法を施したんだ」
ボスが言わずとも、その先の言葉を察してしまった。
「回復魔法を施されたゴブリンは人間に良い様に甚振られていた。死にかけると、また回復魔法を施していた。あそこで捕まったゴブリンは永遠に甚振られるのかと思うとな……。心底恐怖した」
そう言うボスの拳は固く握られていた。
いま感じているのは本当に恐怖なのだろうか、それとも怒りなのか。
俺には分からない。
「まあ、それが一つ目の理由だ。二つ目はそもそも集落のボスのやり方が気に食わなかったからだ」
「それはどうしようもないんじゃ」
「いや、当時のボスは力のある割にかなりの臆病者だった。特殊な個体である俺を過剰に怖れていた」
俺はボスの言葉を聞きながら納得していた。
ボスはゴブリンにしては異端だ。
俺が集落のボスでも怖れるだろう。
「話は変わるが、ここまで俺が詳細に話を語れるのがおかしいと思わなかったか?」
「それは思っていたが」
「だろうな。俺はな、ボスに怖れられていたおかげで遠くから集落の様子やゴブリンの惨状を見られた。それというのもボスは俺により遠くの場所で狩りをさせていたからだ」
「それはなぜ?」
「考え付く中では、より遠くの場所で魔物の餌にでもなればいいという考えだろうな」
「……」
俺はボスに何も言えなかった。
俺の様子を察してか、ボスは話を続ける。
「まあ、要するに、俺はあの頃の集落が嫌いだったってだけだ。だから、助けに行かなかったってだけよ。犬死は嫌だしな」
ボスは茶化すように微笑みながら言った。
だが、ボスの表情は自然と引き締まったものに変わる。
「だが、俺はいまボスの立場になって、あの頃のボスの気持ちが何となく分かるようになった」
「それは?」
「俺が怖れたのは、お前と言う存在が現れたことだ」
「俺が?」
急な話の転換。
でも、ボスは大事なことを話そうとしてくれているように感じていた。
「お前は本気を出せば、俺を殺せるだろう。自分より強い個体がいるような集落でボスをするのには不安を感じる。それが今ならわかる」
「……」
何も言わず、俺はボスの話を聞く。
「俺がいた集落のボスも、俺を怖れていた。それが今なら分かる。だから」
「?」
ボスは真剣に俺を見つめた。
「お前が孤独を感じているのも何となく分かる」
「……」
「俺も同じだったからな」
ボスは優しく言い聞かせるように話す。
「俺たちには共通点がある。ゴブリンらしくない知恵が多少ながらあること。他個体を圧倒できるほどの戦闘力があること。異端であるがゆえに、孤独になりやすいこと。それらが分かる」
「……」
俺は何も言わない。
少しだが、言いたいことが理解できるからだ。
魔物の特殊個体は孤独になりがちだ。
理解者なんて現れる訳もないと思っている。
だが、ボスが言ったように、俺とボスは共通点がある。
それらを聞いているうちに、なんだか俺は泣きそうな気分だった。
俺は今生のいまに至るまでに、何回も死に転生を繰り返している。
短い期間で何度も転生を繰り返した。
繰り返すたびに、俺は孤独を感じていた。
それゆえに、特殊な個体の抱える孤独が理解できる。
ボスの言葉に感じ入り、俺が考えていると、ボスは唐突に言った。
「なあ、俺に名前を付けてくれないか?」
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