第12話 二体の下っ端

 俺の前には下っ端ゴブリン二体がいた。

 俺のことを下に見て戦闘を仕掛けてきたくせに、俺の本気を見て怖気づいたしょうもない下っ端だ。

 そんな下っ端が何のようなのやら。


「なんだお前ら」


 端的に言えば、いまの俺は機嫌が悪い。

 俺が狩ってきた獲物二頭はまだ喰らえていない。

 俺は早く獲物を喰らいたいのだ。

 それなのに、目の前の二体のゴブリンは何も言わずにじっと俺を見るだけ……。

 今更しょうもない二体のゴブリンを相手にしたくはない。

 

「もう一度聞く。なんだお前ら」


 俺の不機嫌な雰囲気を察してか、目の前の二体のゴブリンは身体を震わせる。

 震えるぐらい怖いのなら、わざわざ俺の目の前に現れなければいいのに。

 俺がそんな風に考えているせいなのか、自分の魔力が少し乱れているように感じる。

 俺は俺自身が考えている以上に、苛立っているのだろう。


「あの……」

「……」

「その……」

「……」

「えっと……」


 俺は無言で二体の言葉を待つ。

 待っているのだが、目の前の二体はあの、その、と言うだけで話が進まない。

 二体が怯えているのは分かっている。

 分かっているうえで、言葉を待っているのだが、余計に苛立ちが溜まってくる。

 そうして、俺の苛立ちが伝わるのか、二体はさらに怯える。

 苛立つ、怯える、さらに苛立つ、さらに怯える、という風に負のサイクルのようなものが続いている気がした俺は、大きく深呼吸して出来るだけ苛立ちを抑える。


「はぁ~。あのな、お前らが何かを言いたそうにしているから、俺は待っているんだが?」

「えっと、その」

「もう何もないなら俺は行くぞ。獲物を早く喰らいたいしな」


 俺は苛立っていたのがバカバカしくなり、目の前の二体に背を向けた。

 大きなため息をつき、俺は二頭のホーンラビットの死体を持って歩き出そうとした。

 瞬間。


「俺たちをあなたの弟子にしてください!!」


 そんな声が聞こえた。

 声の方へ振り返ると、どうやらさっきまでモゴモゴと口ごもっていた二体のゴブリンがいた。

 体格の良いゴブリンも、普通ぐらいの体格の目立ったところのないゴブリンも、揃って俺に頭を下げていた。

 その態度に、俺は少し感心した。

 だが、それだけだ。

 こいつら二体に求めることや、期待することは何もない。

 何なら興味もない。

 だから、俺の答えは決まっている。


「いやだけど?」


 そんな俺の答えは想定内だったのか、二体のゴブリンは頭を上げ、俺をじっと見て来る。

 まだ怯えているのか、微かに震えているが、視線からは真剣さが伝わってくる。

 じっと俺を見ている二体。

 少しすると、これまで口を開いていなかった体格の良いゴブリンは聞いてきた。


「何、すれば、弟子、なれる?」


 おそらく、体格の良いゴブリンはあまり頭が回らないのだろう。

 不器用にも俺へ答えを求めている。

 コイツは戦闘のときから、言葉を発するような雰囲気はなかった。

 だが、降伏を申し出たのは、このゴブリンだ。

 

 今回は頭が悪いなりに、自分の意思を精いっぱいの言葉で伝えようとしてるのだろう。

 だが、俺には響かない。


「お前たちには期待できない」

「なぜ?」

「さっきの戦闘のときに、一体が殺された程度で降伏を願い出たからだ」

「?」


 俺の言葉の真意が分からないと言った様子だった。

 それもそうだろう。

 俺たち野生の生き物は強い生物に頭を下げ、傘下に加わらせてもらうのが普通だ。

 勝てないことを知ったなら、頭を下げ、強者に対し従順に従うべきなのだ。

 その強者が同族であったなら、なおさら傘下に加わるべきだ。

 それは理解できる。

 

 だが、今回は前提が異なる。

 今回勝負を仕掛けてきたのは相手の方だ。

 自分から勝負を仕掛けて、勝てないなら恭順する。

 情けないにもほどがある。


 以上のことを二体のゴブリンに告げる。

 だが、案の定、二体にはその意味が伝わらなかった。

 おそらく、コイツらは最初から誰かの後ろに引っ付いて生きてきたんだろう。

 だから、誰かに従うことに抵抗がない。

 なんと情けないのか。


 だが、まあ、ここまでボロクソに言ったが、俺自身も今生では誰かに従って生きてきた。

 自分のことを棚に上げるのはこれぐらいにしよう。

 ここで、二体のゴブリンを拒否するのは簡単なことだ。

 だが、条件を付けて、見所があったら受け入れよう。

 

 自分の中の意見が二転三転しているのを自覚しながら、俺は言う。


「今からあることをお前らにする」

「あること?」

「そうだ」


 俺はコイツらに弟子入りを申しだされたときに、こんな試験は面白いかもしれないと思っていたことを試すことにした。

 それは言葉に魔力を乗せ、殺気と重圧を感じさせるものだ。

 この試しから予想されるのは、以下の三つの反応や結果だ。


 何も感じない様子なら魔力に対する適性がない。

 何かを感じて気絶するなら、魔力を感じれるが意思や実力が足りない。

 何かを感じながらもしっかりと耐えられるなら、意思や実力は十分といったところだ。


 この三つを基本に、目の前の二体のゴブリンに試すとしよう。

 今回は何かを感じられたら、合格で良いだろう。


「さあ、今から仕掛けるぞ。準備は良いか?」

「……? おう」


 二体は不思議そうにしながらも、俺をじっと見る。

 俺は気合の籠った一声と共に、魔力を放つ。

 結果は、二体とも気絶した。


 つまりは、二体を弟子にすることにした。

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