第9話 ボスの知る経緯
ボスはゆっくりと語り始めた。
「俺が鍛錬をしているときは誰も寄って来ない。そんな時に一体のゴブリンが来た」
「そいつが……」
「そう、あの自分を賢いとでも思っているようなゴブリンが来た、そして、言ったのだ。獲物を献上させてくださいと、な」
ボスは俺の反応をしっかりと見ながら、言葉を選んでいる。
一体の下っ端ゴブリンに向かっての特別に丁寧な対応。
どっちが上位者なのか分からなくなりそうな雰囲気だ。
「俺はもちろん怪しく思った。その個体程度が、献上できるほどの獲物を狩って来られると思わなかったからだ」
「なぜ?」
俺の態度があまりにも失礼なのを気にしてか、俺とボスの様子を窺っているゴブリンたちはボスがいつ怒るのか戦々恐々としている。
だが、ボスは俺の態度を気にした様子もない。
むしろ、俺が無礼な態度をとることを正しいと思っているようだ。
「なぜも何も、お前のような個体がしている、……何だったか名前は忘れたが。とにかく自己強化が出来ない様子だったからだ」
ボスは拳を握りしめる。
その拳は何故に握られたのか。
悔しいのか、辛いのか、はたまたボスである個体の自分が自己強化を出来ないのが恥ずかしいのか。
どちらにしろポジティブな心境ではないだろう。
「俺たちゴブリンは身体的にも魔力的? だったか、にも著しく劣っている種族だ。そんな俺たちが、群れの上位者に献上するような価値ある獲物、魔物など狩って来られるわけもないのだ」
「そうだな。で?」
「俺がその獲物を献上されて、最初に思ったのは運がよかったのだろう、ってことだ」
ボスの言葉に、俺は「ん?」 と思ってしまう。
死んでいる獲物がそこらに落ちている確率など、どれだけ低いことか。
「運が良い、と言うと?」
「その通りの意味だ。たまたま人間か魔物かは知らないが、魔物を殺すだけ殺して獲物を置いていった……。その可能性があると思っている」
「なんの冗談だテメェ。アァン?! そんなバカみてぇなことある訳ねぇだろうが!!」
「いや、ある」
「なんで言い切れる!!」
「俺がその運の良いゴブリンだからだ」
まさかの答えに、口をつぐんでしまう。
徐々に暴走しかけていた感情が一気に抑制されるような、そんな感覚を俺は得た。
俺は一先ずボスの話を聞くことにした。
「俺は元々ここらにいるゴブリンではなかった時の話だ。俺がいた集落は人間の街に近かった。よく同族が無意味に殺され、そのことに何の感情も湧かないような、そんな冷たい集落だ。そんな集落にいたころ、あることが起きた」
「あること?」
「冒険者がな、荷物がいっぱいだったのか、獲物を置いていったときがあったんだ」
「なに?」
「嘘と思うかもしれないが、本当のことだ。話を続けるが、俺はその冒険者に見つからないように獲物を拾って逃走した。そして、逃走した先で獲物を食らったんだ」
ずっと話を聞いている中で、疑問がわいてくる。
ボスの話している姿を見て、コイツが確かに魔物を食らったことは事実だと思う。
というのも、普通のゴブリンに比べて理論立てて、話をしようとしているからだ。
だから、よりおかしいと思うことがある。
なぜ、この個体から感じる魔力は俺より少ないのかということだ。
「獲物は……」
「なんだ?」
「獲物はどんな魔物だった? ネズミ系か、ウサギ系か、はたまたオオカミ系か」
「獲物はウサギ型のはずだ。そのころは今ほど知恵が回らなかったからか、記憶が曖昧だ。だが、あの形状はウサギだったはずだ」
「なるほど……」
この回答を聞いて、ボスが食らったのは俺と同じホーンラビットだと思った。
人間の街の近くには強力な魔物が生息していないことが多いからだ。
それというのも、強力な魔物がいるような地域には人間の町など作れないからだ。
人間も俺たち魔物と同じ生き物だ。
知恵の発達した種族である人間がいても、自然は平等だ。
何なら、人間よりも知恵に優れた種族だっている。
だからこそ、生態系の影響を人間も受けている。
そう考えれば、人間がてこずる程のウサギ系の魔物を想定から外してもいいだろう。
そこまで考えたなら、次の予測だ。
もし俺の考えている通りなら、ボスが俺に魔力的に劣っていても納得できる。
「ボスはアレを食らったか? 獲物の中にある石なんだが」
「石? いくらバカなゴブリンだからって、石は食わないだろうよ」
「つまりは、食ってないということか?」
「ああ。と言うか、俺が拾った獲物にそんな石はなかったぞ?」
「なに?」
「その石がどうした?」
「いんや、何でもない」
どうやら、ボスの拾った獲物には魔石がなかったようだ。
人間も魔石は必要としているということだろうか……。
何にせよ、やはり魔物の体内にある魔石の影響は大きいとみた。
魔石から魔力を摂取するだけで、体内の魔力量が跳ね上がるんだ。
そして、そこまで考えた俺はとある思考が脳裏を過ぎった。
それを俺は口に出す。
「なあ、ボス」
「なんだ?」
「ボスは俺に魔力的に劣っているのが分かるか?」
「そりゃ、分かるが……」
「俺はこの集落に所属し続けるつもりだが、ボスはボスを続けるのか?」
「なに……?」
ボスは眉をしかめ、質問の意図を理解しようとしている。
そして、あることを俺に聞いてきた。
「お前はこの集落のボスになりたいのか?」
「いや、違う。俺はボスにはなりたくない」
「なら、なぜさっきまでの質問をしたんだ? はっきり言って、俺は自分より強い奴のいる集落でボスの役目なんぞしたくはないぞ?」
「俺がボスを進化させられる可能性があると言ったら、ボスを続けてくれるか?」
「進化、だと……!!」
どうやらボスは進化と言う現象を知っているようだ。
なら、この提案の価値も十全に理解しているだろう。
案の定、あまりの提案に、ボスは驚いた表情で固まっている。
「もしかしたら死んでしまうかもしれないが、ボスの力量が十分であれば、俺の考えている方法で進化できるはずだ」
そこで、俺は一度言葉を止める。
ボスの表情を見ると、答えは決まっているようだ。
でも、あえて質問する。
「ボスは進化したいか?」
「ああ、たとえ死んでも構わない。進化させてくれ」
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