第8話 獲物の所有者
三体いた下っ端ゴブリンのうち一体は軽々と始末できた。
残るは下っ端二体と悪知恵ゴブリン。
俺の戦闘を見て、悪知恵ゴブリンは逃げ出すかなと思っていたが、いまだに動きはない。
どうやら、下っ端の一体が軽々と殺されてしまい、唖然としている様子だった。
俺がここまで強いとは少しも考えていなかったのだろう。
悪知恵ゴブリンの動きを気にかけながらも、俺は残りの下っ端ゴブリンを見据える。
俺が下っ端どもの動きを注視していると、少し体格の良いゴブリンは何かを発言しようとする。
表情は恐怖に染まっている故か、ガチガチと口を震わせながら、そのゴブリンは言った。
「こ、ここ降ふ____」
「降伏なんて甘っちょろいこと言おうとしたか?」
下っ端ゴブリンのあまりにも酷いセリフに、俺の怒りが蓄積されているのを感じる。
「お前らが始めた戦いだろうが……」
「いや、俺は____」
「俺は指示されただけってか?!」
なおも言い訳を続けようとするゴブリンの態度に、イライラが抑えられなくなりそうになる。
これ以上の言い訳を許さないつもりで、俺は言葉に魔力を乗せる。
「お前らは俺の命を狙ったんだろうが!! 俺の糧となる獲物を狙う。その意味が分からねぇとは言わせねぇぞ!!」
下っ端ゴブリンたちに魔力を乗せた言葉を放つことによって、多少なりとも威圧感を感じているはず。
もしかしたら、威圧感に耐えられずに逃げ出すかもしれない。
そんなことを考えつつも、俺は魔力の籠った言葉を放つのを止めない。
「俺たちゴブリンは魔物の中でも最弱種!! そんな俺たちは食っていくだけでも、命を繋いでいくだけでも並々ならぬ苦労がある……」
下っ端ゴブリンたちは完全に威圧されて、表情は恐怖で固まっている。
恐怖で震え、怯えている表情を見せる下っ端ゴブリンには、情けなさしか感じない。
「獲物を狙うということは、今日明日食べるものを奪うということ……。それすなわち、俺の命を奪うと同義だ!! 同じゴブリンとして、これが分からねぇとは言わせねぇぞ!!!!」
俺の魔力の籠った言葉は集落中に届くほどの音となった。
やり過ぎたか、と思った俺は周囲を見渡す。
だが、俺たちの戦闘を遠巻きに見守っていたゴブリンどもは表情を強張らせながらも、俺の言っていることに異議を唱えない。
むしろ、恐怖に震えながらも俺の言葉に賛同するように頷く者もいる。
俺は自分を少しでも冷静にするために、深呼吸をする。
息を大きく吸い、吐き出すだけでも、心と魔力がゆっくりと落ち着いてくるのを感じる。
ある程度の冷静さを取り戻した俺は、下っ端ゴブリンを改めて視界に収める。
体格の良いゴブリンはいまにも意識が飛んでしまいそうなほどに震えて、俺を見ている。
もう一体いた下っ端ゴブリンは、完全に気絶していた。
「お前ら、まだやるか?」
戦意など完全になくなっているというのに、俺は問いかける。
我ながら意地悪だなと思いつつも、じっと下っ端ゴブリンどもを睨みつける。
誰も身動きも取れず、言葉も発せられないほどの空気感が辺りを支配する。
そんな中……。
「全く。その通りだ」
聞きなじみのない声が辺りに広がった。
声が発せられた場所を目で追った先にいたのは、ボスだった。
俺があまりにも下っ端過ぎるゆえに、最初誰が言葉を発したのか分からなかった。
「俺たちゴブリンは、明日を迎えるだけで必死の種族。ゆえに、獲物の横取りなどという事態を許してはならない」
俺が最初、ボスのその言葉を聞いたとき、あまりの怒りに思考が止まってしまった。
言葉の意味を徐々に理解し始めたそのときには、俺は叫んでいた。
「どの口がそんなことを言っているっ!!!!!!」
俺の怒りを伴った叫びに、ボスの表情が曇る。
「なぜ、お前がいま怒る?」
「本気で言っているのか、テメェ?」
俺の怒りが理解できないのか、ボスは呆気にとられた表情をする。
「最初に、俺の獲物を奪ったのはテメェだろうが!!」
「奪った? 俺は献上されたと聞いたが……」
「とぼけてんのか!!!!」
俺の感情が怒りによって支配されつつあるのを感じる。
本来なら怒りを制御し、抑え込み、冷静に言葉を返さなければいけない。
だが、俺は怒りに支配されることを拒むつもりはなかった。
ボスの出方次第によっては、このまま襲い掛かるのも辞さない気持ちだった。
「とぼけてなどいない」
あくまでボスは冷静に言う。
その言葉に、ゴブリン特有の愚かさは感じなかった。
誠実さすら感じそうなほどの言葉に、少しだけ怒りが引いていくのを感じた。
「じゃあ、誰が俺の獲物を奪ったってんだ。俺はボスの指示を受けた個体に獲物を奪われたんだぞ……」
ボスは表情を厳しくした。
やはり何かを知っているようだ。
ボスは確認するように、言葉を発した。
「俺の命令を受けて、獲物を奪った輩いるんだな?」
「そう言っている!!」
俺の怒りに反応して、自然と言葉に魔力が乗せられる。
少しとはいえ俺の力を感じているのか、ボスは額に汗を滲ませる。
「献上するといって俺に獲物を渡したのは、あの小賢しそうな個体だぞ?」
「は?」
まさかの事実に、俺は間の抜けた声を発してしまった。
俺の獲物を奪って、勝手に献上したのは悪知恵ゴブリンだったのか……?
困惑する俺を見て、ボスは言った。
「一度冷静になって、獲物を奪われたときのことを思い出してくれ。俺はそもそもお前が獲物を狩ってきたことも知らなかったぞ?」
そう前置きをしながら、ボスは語り始めた。
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