第7話 挑発と同族との戦闘

 喜びを声にしたことで、どうやら敵が寄ってきたように感じる。

 おそらく獲物の血の所為もあるだろう。

 すぐに冷静になった俺は、獲物を二匹とも回収して、すぐにその場を去っていった。




 集落に戻った。

 肉体的な疲労と精神的な疲労の両方の所為で、俺の身体はかなり鈍ってしまっていた。

 かなりの疲労を感じていたが、この集落に戻る前に、念のために魔石は回収しておいた。

 それと言うのも、前回の獲物を奪われた一件が脳裏を過ぎったからだ。

 そして、どうやらその考えは正解だったらしい。


 のろのろと歩く俺の前に、奴は現れた。

 そう、ボスの直属の配下で、悪知恵の働くゴブリンだ。

 下っ端を三体も連れた此奴は、俺の予想通りのことを言い出した。


「おいお前。その獲物を置いていけ」


 俺は内心で「そう言うよなぁ」と思っていた。

 こいつらと言うよりも、この集落での俺の立場や評価は底辺に近い。

 それというのも集落同士の争いのとき、俺が戦闘に積極的に参加しなかったことが挙げられる。

 この理由に関しては前回にも思い出した通り。


 だが、俺の評価をさらに貶めている要因がある。

 それは新しく集落を治めるボスに、反発心だったり、敵意だったりを一切表に出さなかったからだ。

 そうして、ボスに従順な様子を見せ、さらには下っ端にも良いように従っていたら、ボスだけでなく下っ端も俺のことを下に見た。

 だからこそ、俺の評価は飛びっきり低い。

 低いが……。


「なぜ、置いていかなくてはならない?」


 いつまでも相手の言いなりになるのは、もう御免だった。

 俺よりも確実に弱いと思われるこんな個体に、俺の価値を下に見られるのはもう我慢ならなかった。

 そう、今日からはある程度の実力は見せていこうと思う。


「バカか、お前。俺の後ろにいるゴブリンが見えねぇのか?」


 安い挑発だ。

 目の前の悪知恵ゴブリンは俺の実力が低いと信じ切っているらしい。

 なぜだろうな。

 俺はお前らゴブリンよりも、ホーンラビットという上等な獲物を狩ってきているというのに……。

 

 いっそ哀れにも思いながら、俺も挑発する。


「そんな役立たずを数揃えただけで何になる? それとも、俺の持っている獲物が見えていないのか?」

「はっ。どこから持ってきたのか知らねぇが、そんなもんはそこらに落ちている死体を持ってきただけだろうが」


 呆れてものが言えない。

 どこにそんな都合のいい死体が落ちているというのか。

 そもそも、そんな都合のいい死体があったとして、それは完全に罠に違いないだろう。

 インテリを気取っているようだが、この悪知恵ゴブリンはゴブリンの域を出ないらしい。

 ゴブリンはどこまで行っても愚かなのだろう。

 俺も含めて……。


「そんな都合のいい死体があるわけないだろ? お前の方こそバカか? それとも、そんな都合のいい死体すら見つけられない自分たち自身をバカにしているのかなぁ?」


 より相手が苛立つように。

 より相手の視野が狭まるように。

 より相手が手を出したくなるように。

 俺の小さい脳みそを働かせて挑発する。


 そして、挑発しながらも、俺は密かに魔力を練り始める。

 いつでも戦闘になっていように。

 そして、俺は心の中で決める。

 こいつらはここで始末してしまおう、と。


「この野郎。お前程度のゴブリンが調子に乗るなよ……。お前らやるぞ!」

「「「おう」」」


 俺の期待を裏切らず、悪知恵ゴブリンは下っ端に命令した。

 自分は卑怯にも、後ろに下がりながら。

 何となくだが、此奴の考えは読める。

 俺が下っ端どもにある程度やられた隙に、俺に止めを刺すつもりなのだろう。

 

 俺は悪知恵ゴブリンのことも頭に入れつつ、迫ってくる下っ端ゴブリンの動きをよく見る。

 バカなゴブリンといえども少しは考える頭があるのか、俺を中心に三方向に散らばる。

 俺を包囲するような形だ。

 前に体格の良いゴブリンを置きつつ、俺の視界に入らないように二体がそれぞれ斜め後ろに回る。


 俺は常に魔力での感知を途切れさせないように気を付けながら、前方の敵を注視する。

 当たり前のことだが、戦闘という場面において、後ろを取られるというのは致命的だ。

 ゴブリンの腕は後ろに回るように出来ていないし、視界の外で何をされているのか分からないというのはかなり不利だ。

 だが、俺には魔力での感知能力がある。

 感知し続ければ、急な動きにも対処できるというもの。

 それが例え、魔法であってもだ。

 ここのゴブリンに魔法が使える個体はいないはずだが、もし魔法が使えても魔力感知に引っかかる。

 だからこそ、俺は後ろを強く気にしないわけだ。


 俺は目の前のゴブリンを倒すべく、接近する。

 前方にいる個体は一般的なゴブリンよりかなり大きい。

 つまり俺とかなりの体格差があるということだ。

 

 俺の急接近に、ゴブリンは遅れて反応する。

 拳を振り上げ、力いっぱいに俺めがけて振り下ろそうとする。

 この大振りの合間に一発打撃を入れようかとも考えたが、後ろの二人が動き出すのを感知する。


 俺はすぐさま後ろに軽く飛び、左方向へ振り返る。

 左後ろの個体は少しながら反応が遅れていたのを感知しての振りむきだ。

 その振り向きの勢いそのままに、右こぶしをフルスイングする。


 ドパァンっという音と共に、左後方にいたゴブリンの頭が破裂した。

 体内に流動している魔力の大部分を右こぶしに込めてのフルスイングだ。

 こうなる結果は予想できた。

 

 血まみれになった右こぶしを勢いよく振り、血を払う。

 俺の視界に入っている下っ端ゴブリンたちの表情は明らかに引きつっていた。

 

 だが、俺は手加減しようとは少しも思わなかった。

 早く残りのゴブリンを始末しなければ……。

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