第5話 次の狩りへ
前回のホーンラビットの狩りから、五日経った。
この期間にホーンラビットを狩れたゴブリンは一匹もいないらしい。
それもある意味では当然に思う。
今の集落に魔力を扱える個体がいないのだ。
ゴブリンは、魔物の生態系の中で最弱の種族。
他の魔物を相手取って勝てる方がおかしいのだ。
ホーンラビットの一体も狩れないまま過ごした五日間。
集落のボスは苛立っていた。
「なぜだ? なぜお前らはあの獲物を狩って来ない?」
ボスの言葉に、配下のゴブリンたちはどう思うだろうか。
普通の上司と部下の関係ならば、問題に対する原因を究明し、解決するだろう。
だが、愚かなゴブリンたちにそんなことが出来るはずもなく……。
「ボ、ボス。あの下っ端は獲物をどこかで拾っただけですよ。絶対、アイツに狩れるわけがないですよ、へへへ」
思考能力のない下っ端は、ボスに媚び諂うしかできない。
自分たちで獲物を狩れないのなら、下っ端に狩れる訳もない。
そうボスにとって、また配下達にとって耳障りのいい言葉を吐くしかない。
「お前らはそう思うか? 俺はそう思わんが……」
配下のゴブリンたちは、ボスの最後の方の言葉が聞きとれなかったフリをする。
ゴブリンの多くは知性がない故に、事実を自分たちの都合のいいように捻じ曲げる。
そうすることが自分たちを守ることに繋がると信じているのだ。
「でしたら、ボス。獲物を狩れるかどうかを検証するために、ここはアイツにもう一回獲物を取って来させてはどうですか?」
悪知恵の働く一匹のゴブリンは提案する。
ボスの配下の中でも比較的知恵の回るこの個体は考えていた。
獲物を狩って来られないなら、それでいい。
だが、もしも下っ端が獲物を狩って来られたなら、獲物を奪ってボスに献上しようと。
結局、この配下も所詮はゴブリン。
悪知恵が働くとはいえ、そこまで賢くないゴブリンには考え付かないのだ。
獲物を狩って来られるような個体に、獲物を狩れない配下が勝てるわけないことを。
さらにいえば、獲物を献上できても、定期的に獲物を献上するように言われたら、対処できないことになる。
そういうことに気付けないから、所詮はゴブリンなのだ。
「そうだな……。おい、誰かあの獲物を狩ったことのある下っ端を呼んで来い」
俺はボスに呼ばれた。
下っ端の俺に命令を無視するという選択肢はない。
そう拒否する選択肢はないのだが、急に呼ばれれば苛つきもする。
内容の次第によっては、無視するなり、集落から逃げるなりしようと考えていると、ボスの元へと着いた。
「おい、下っ端の。お前はまた獲物を狩って来られるか?」
「獲物、といいますと?」
「角の生えたアレだ」
ここまで言われれば分かる。
またホーンラビットを狩ってこいということだろう。
だが、ボスから直接言われるならまだしも、ボスの配下から命令されるのには怒りを覚える。
もちろん、そんな苛つきを表情に出すことなく返事をする。
「あぁ、ホーンラビットですね?」
「そうだ。そのホーンラビットを狩ってこい」
「分かりました」
苛つきはするが、ボスからの下ってきた命令に拒否することはできない。
それに俺自身も、またホーンラビットを狩りたかったところだ。
命令を拒否する必要もない。
俺はボスの元からすぐに出て、狩りへと出かけた。
前回は人間の街から遠ざかるように森へと向かったが、今回も同じだ。
今回もおそらく西にある人間の街から遠ざかる方、つまりは東へと向かって出発した。
方角を見失わないように、森の中を彷徨う。
獲物に察知されないように、薄い魔力を周囲に放ちながら、獲物であるホーンラビットを探す。
うろうろと探していると、俺の放つ魔力に何かが触れた。
魔力に触れた存在の方へと、俺は気配を潜め走る。
徐々に、魔力に触れた存在へと近づいていく。
そして、俺が感知した存在を視界に収めることができた。
そこにいたのは俺の探していた獲物、ホーンラビットだった。
だが、俺にとって都合の悪いことが一つ。
どうやら、このホーンラビットは二体で行動しているようだ。
今の俺に、同時に二体も対処することができるだろうか。
そんな不安の俺の心の中で沸き立つ。
そんな不安は、俺の身体と心を支配してくる。
ここで死ぬのか。
食い殺されるのか。
刺されて死ぬのか。
蹴り殺されるのか。
また、ゴブリンへと転生してしまうのか。
俺の中で溢れた不安は、簡単に死を連想させてくる。
よりひどい死に方をするのか、とどんどんと連想していった先に、一番恐怖していること。
それはまたもゴブリンへと転生すること。
俺はゴブリンを心底嫌っている。
身内や仲間に愛はなく、相当の愚か者であるゴブリンという種族を心底嫌っているのだ。
またも、生きにくいゴブリンという種族に転生するぐらいなら、ここで生き残るしかない。
今生もまたゴブリンという生きづらい種族だが、ここまで上手く生きてきたのだ。
いま死んで、俺の生がリセットされるくらいなら、生き残ってやると強く決意する。
心の中を整理できた俺は、気合を入れる。
この二頭のホーンラビットを狩り、生きて集落に帰る。
まぁ、二頭も獲物を持って帰ったら、集落で面倒ごとが起こるかもしれないが……。
俺は狩りへと集中していく。
他の一切を忘れ、狩りだけに集中する。
頭の中は目の前のホーンラビットを狩ることだけが占拠する。
ホーンラビットにバレないように、魔力を練る。
気配も消し、俺に近いホーンラビットへと飛び掛かる準備をする。
まだ、まだ、と言葉に出さずに、自分を抑える。
そして、ホーンラビットの意識が俺のいる場所の反対方向へと向かった瞬間。
イマダ!
頭の中で叫び、気配を消したままホーンラビットへと襲い掛かった。
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