第3話 狩りをした理由

「クソがっ!」


 集落にいる他個体の連中がいない場所で悪態をつき、木を蹴る。

 何ともやっていることは肝の小さい小物のようだが、実際集落の連中は俺のことをそう思っているだろう。

 全く腹立たしいことだ。


 なぜこんなに俺が苛立っているのか。

 それは俺が狩ってきたホーンラビットを横取りされたからだ。

 おそらく、俺のいまの力ならば、他の個体を力で従わせることはできると思う。

 でも、それは十や二十の話だ。

 集落には五十以上の個体数がいるはずだ。

 いまの俺にそこまでの力はない。

 だからこその魔物狩りだったというのに……。


 なぜここまで俺が狩ってきた魔物のことで苛ついているのか。

 もちろん、俺の獲物を奪っていたのも腹立たしいが、本質は違う。

 実際には、魔物の身体を食うことが目的だったのだ。

 もっと言えば、魔力に満ちた食べ物を食うことだ。


 魔物にとって、魔力のある食べ物は重要だ。

 魔力に満ちた食べ物を食べると、魔物はその獲物の魔力を体内に溜め込むことができるのだ。

 魔力を溜め込むのがなぜ必要か。

 もちろん、魔力は魔物にとって力の源だから摂取しなければならないというのはある。

 だが、魔力を一定以上まで溜め込むと進化できるのだ。

 力が重視される魔物にとって、進化は重要だ。

 進化すれば、進化前の個体など簡単に一蹴できるほどの力をつけられるのだ。


 オーガだったころの俺はもちろん進化できる力はあった。

 だが、それは周囲に悟られないようにしていた。

 俺が進化できると知れば、周りの通常の個体が俺に向かってくることがなくなってしまうからだ。

 そうなっては退屈が過ぎる。

 だから、進化しなかった。


 だが、いまは事情が違う。

 ゴブリンはあまりにも弱い。

 弱すぎて涙が出そうなほどだ。

 さらに言えば、ゴブリンの寿命はあまりにも短い。

 正確に言えば、寿命は分からない。

 弱いが故に、自然では簡単に負けてしまうからだ。

 野生の世界で負けることは死を意味する。

 つまり、滅多に寿命による死を迎えることができないのだ。

 そんな圧倒的弱者が我々ゴブリンだ。


 俺は出来るだけ生きていたい。

 もう転生したくないが、もし転生するなら、穏やかな死の後に転生したい。

 気が狂いそうなほどの苦痛をこれまで経験してきた。

 いやもしかしたら、もう狂っているかもしれない。

 それでも、苦痛の感じる死は嫌だ。

 あれほどの痛み、痺れ、寒さはもう感じたくはない。


 いまでも殺された瞬間を思い出すのだ。

 身体を切り裂かれる痛いという感覚。

 痛みの発生する場所からすべての感覚を拒絶したいのに、それを許さない痺れ。

 自分が確実に死へと迫っているという寒さ。

 それらすべてを共有などすることのできない孤独感

 死はどこまでの苦痛を経験してもたどり着けない孤独だ。

 あんな感覚はもう味わいたくない。

 だから、強くなるしかないのだ。

 寿命まで生きるなら。


 進化を目指す俺にとって、狩ってきた獲物を奪われるなど、途方もない怒りを感じる。

 いまも心の底からどんどんと湧いてくる怒り。

 それを抑えられるほど、いまの俺は冷静じゃない。


「クソガァァッ!!」


 学のないゴブリン如きに、自分の中の怒りを表現する言葉など多くはない。

 ただただ、“クソッ”と叫ぶだけだ。


 だんだんと空が茜色に近づいてくるころ、ようやく俺の怒りは収まった。

 頭に上った血がゆっくりと正常になっているのを感じながら、深呼吸を繰り返す。


「スーハー、スーハー」


 やっとのことで怒りが収まると、俺は自分の腰に身に着けている腰布からあるものを取り出す。

 それは光沢があり、一見金属かと思うような真っ黒な石で魔物の心臓といっても過言ではない、魔石と呼ばれるものだ。

 魔物の魔力を貯蔵、あるいは循環しているのは魔石だと言われている。

 どこでこんな知識を身に着けたのかは、相も変わらず分からないが、いまは自分の中にあった知識に感謝しよう。


 魔物は魔力によって力を蓄えていくことは先ほど知識として思い出していた。

 その知識に従うなら、魔力の貯蔵部である魔石は俺にいま一番必要なものだと思われる。

 これを直接摂取すれば、俺の魔力量が格段に上がるのでは、と思ったのだ。

 魔石の摂取については、俺の知識にもオーガとしての記憶にもなかった。

 知識の部分は措いておいて、オーガのときは狩ってきた獲物は基本的に群れの皆に渡してきたのだ。

 だから、魔石のことなど知る由もない。

 

 知らないことがこんなにも怖いことだとは思わなかった。

 なぜなら、この魔石を俺が摂取したとき、俺の身体にどんな反応が起きるかも予想がつかない。

 命に関わるような重大な知識がないのは、俺にとって大きな不安を生んだ。

 だが、俺は強くならねばならない。

 ならば、食うしかない。


 俺は大きく深呼吸をして、覚悟を決めた。

 覚悟をそのままに、俺は魔石へと齧り付いた。

 ガリッという、歯が削れそうな音が鳴る。

 だが、そんなことに構わずに、俺は夢中になって魔石を噛み続けた。

 小指の先ほどの小さな魔石だったが、ゆっくりと噛んで摂取した。


 摂取して、数秒待っていても身体に大きな変化はなかった。

 

「失敗か……」


 そうつぶやいた瞬間。


「グアアアアァァァァ」


 内側から強い熱を感じた。

 身を焼くのではと思うほどの強い熱。

 自分の身体が熱に溶かされているように感じる。

 

 アツイ、アツイアツイ、アツイアツイアツイアツイアツイアツイアツイ

 

 頭の中すべてが熱のことにしか意識がいかなかった。

 熱い、ただ熱い。

 身体の熱に集中し、意識が落ちないように踏ん張っていた。

 だが、俺は熱を意識しつつも、抗えないほどの睡眠欲にも呑まれてしまった。

 まるで意識を失うように眠りへと誘われた。

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