第2話 初の勝利
毎日毎日、獲物の処理。
処理の間に、魔力操作の練習。
それらの習慣に慣れたころ、俺は魔力を滑らかに扱えるようになっていた。
そろそろ、戦闘に扱えるようにしなければならない。
つまりは、実践だ。
いま、俺は広大な森の中を一人で彷徨っていた。
といっても、群れの集落の方角はしっかりと把握している。
俺たちゴブリンの集落は森の浅いところにあるらしい。
らしいというのは、人間の街がある方角が森と反対の方角にあるからだ。
人間の街から遠ざかっていくと、森の深い方へと向かっていくことになる。
俺たちゴブリンがなぜ森の浅いところに集落を作るか。
それは空気内の魔力濃度が森の深奥より薄いからと伝わっている。
魔力の濃度が濃いほど、弱い魔物は生きていくことができない。
逆に、強い魔物は魔力濃度の濃いところを好んでいる。
俺がオーガだったころも、比較的魔力濃度の濃いところに群れの拠点を作っていた。
魔力の操作をしながら、森の深奥に向かって移動していく。
時折、周囲に自分の魔力を薄く放出して、敵の居場所を探ったりしながらの移動。
これが何と疲れることか。
体内の魔力を操作し、体外への魔力も操作する。
集中力が大きく消耗していくのを感じる。
体力が少し減ってきたころ、ついに最初の敵が現れた。
それはウサギ系の魔物であるホーンラビットだ。
額から立派な一本角を生やし、白い体毛が身体を大きく見せる。
オーガだったころに狩っていて獲物だが、当時基準で言えばそんなに強くはない。
だが、今のゴブリンの身体では苦戦するだろう相手だ。
運のいいことに、敵はまだ俺がいることに気付いていない。
今のうちに、ホーンラビットの攻撃について思い出す。
ホーンラビットは額の角を主に利用した戦闘方法を取る。
攻撃方法はそんなに多くはなく、角を突き刺しにかかる、かみつく攻撃、体当たりの三つが主だ。
角の攻撃は絶対に回避しないといけない。
多くのホーンラビットが角の攻撃をよくするのは、それだけ角の貫通力に自信があるからだ。
実際、今の身体で腕に当たってしまえば、角が貫通するだろう。
次に、かみつく攻撃。
滅多にこの攻撃はしないが、不用意に近づいて、この攻撃を食らうのは洒落にならない。
ウサギ系の魔物は歯が異常に発達している。
指を嚙まれようものなら、一瞬でちぎれるのが容易に想像できる。
最後に、体当たり。
これも少し注意しなければいけない。
ウサギ系魔物の脚力は決して侮れない。
かなりの速度で身体をぶつけてくるだろう。
そして、戦闘慣れしている個体の身体はかなりの硬度を誇る。
いま視界に入れている個体は俺の印象でいえば、おそらく若い個体だ。
だから、注意する程度でいいだろう。
ホーンラビットの情報を思い出した俺は、魔力を身体から漏れないように操作する。
敵を見つけた瞬間から、魔力は引っ込めていたが、より隠密性を高めるために魔力を引っ込めた。
身体から漂う魔力は、そのものの個としての強さが明確に表れる。
つまりは、個として強ければ強いほど魔力量が多く圧倒されるし、逆に身体から漂う魔力が少ないほど弱く感じるのだ。
いまは、俺の魔力を完全にしまい、拙くはあるが気配も悟られないようにしている。
いまなら奇襲できる。
そう判断した俺は、森の木々の陰に身を潜めながら、敵へと接近していく。
今回の敵ならば、魔力を操作するような知識を持ち合わせていないはず……。
より気配と魔力に注意しながら、接近していく。
そして、敵の背後からひとっ飛びで攻撃できる位置を取った。
ここからは一瞬の勝負だ。
敵に俺の存在を補足されれば、不利になるのは俺の方。
この一撃で仕留める。
行くぞ、と自分に気合をいれ、一気にとびかかる。
気合を入れる瞬間に、息を鋭く吸ったせいか、敵は俺の存在を捉える。
だが、敵が俺を補足するのは遅すぎた。
俺は両足と右手に魔力を多く集中させ、力をより強く籠める。
魔力を集中させたり、より早く移動させ続けるイメージで魔力を扱うと、身体強化になる。
それを瞬時に操作した俺は、敵へと一瞬で距離を詰める。
そして、右手の指を揃え、抜き手のように鋭くさせ、素早く突き出す。
すると。
「キュウウゥゥ」
右手は敵の腹あたりを突き刺した。
俺の攻撃により、鳴き声を上げる敵。
その鳴き声に気を抜いてしまいそうになるが、まだ油断はできない。
手負いの獣が恐ろしいことは誰もが知っている。
案の定、敵は息を引き取る瞬間まで抗うことを決めたらしい。
敵が走り出そうとする。
おそらくは俺を引きずるなりして、右手を抜かせるつもりなのだろう。
そう考えた俺は、足への身体強化を解かずに、踏ん張った。
さらに、右手の強化を弱め、左手を強化した。
敵が走り出す瞬間、俺は左手で敵の角を握る。
両の手で敵をがっちりと掴む。
敵の脚力に負けて、引きずられそうになるが、必死に脚を強化して耐える。
少しの間、振り回されるのを堪えていると、敵は勢いを失くし始めた。
ここだ、と思った俺は右手を一気に引き抜き、魔力をまた溜める。
そして、敵の首を掴み、魔力の最大強化で首を握る。
俺の強化と腕力では、完全に首を折ることはできない。
だが、それは片手だけでの話。
左手にも魔力を集中させ、敵の首をひねり上げる。
すると、ゴキッと嫌な音が鳴る。
そう、首を折る音だ。
敵がびくんっと、身体を一瞬振るわせると、身体からの力が抜けていく。
敵が死んだのを確認すると、急激に疲労が押し寄せてくる。
それと同時に、初の本気の戦闘に勝利したことに、歓喜の感情が沸いてくる。
俺は勝てたんだ、そう一しきり喜んだあと、俺はゴブリンの集落に戻っていった。
ちなみに、殺した獲物であるホーンラビットは集落のボスに奪われた……。
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