閑話 残されたもの
ボスが死んだ。
あの絶対的な力を持っていたボスが死んだのだ。
俺たちが街を強襲したのは間違っていたのだろうか。
俺は間違っていなかったと信じているが、群れの奴らがどう思っているのかは分からない。
実際に、群れの中で上位三体の中でも、あのときのことを疑問視している個体がいるほどだ。
俺たちオーガは考えることが苦手だというのに、ない頭を捻って、どうにもならないことを気にしている。
オーガらしくない。
だが、それがボスによる影響なのだろう。
種族の特性として、考えるのが苦手な俺たちが考えている。
それだけ、ボスは偉大だったということで、その点は誇らしくも思う。
でも、他の個体は俺ほどの苦悩は抱えていないだろう。
ボスにイチと名付けられた俺ほどは……。
あの強襲のとき、俺はボスの後に街に侵入し、人間どもを分からせる。
そういう役目だった。
実際、俺はボスの言いつけ通り、ボスの後に街へ侵入した。
ただ、遠目から見ていたとき、ボスが相手している人間どもの数が多いように感じた。
俺たちが注意する様に報告で聞いていたのは、魔物を従わせる人間だけだった。
だから、俺は盾役の人間を吹っ飛ばして、ボスの戦闘をより優位に進めるように考えた。
盾役の人間はしぶとかった。
俺の攻撃のほとんどを何かしらで軽減された。
それは盾であったり、鎧であったり、もしくは避けられたり……。
とにかく、完璧に捉えたような攻撃はなかなか決まらなかった。
それが余計に、盾役との戦いの時間が引き延される原因だったと思う。
最終的には、俺が勝った。
当たり前だ。
俺たちが敵わない人間は、ボスが引き付けてくれているのだから。
そうして、俺がボスの元に行く頃には、ボスは満身創痍だった。
もう、いつ死んでもおかしくない。
そう思わせるほどのダメージを抱えていた。
誰がボスをこんな風にした。
そう思う隙もなく、ボスをボロボロにした者には気付いた。
ボスを攻撃していたのは、涙を流しながら攻撃を叩きこんでいたのは、俺たちの群れのガキだった。
その事実に気付いたとき、俺はガキどもを殺そうかと思った。
それほどの怒りだった。
だが、ボスが死に際に言ったのは、“任せた”の一言。
その言葉にどれほどの意味を込められているのか、今でも分からない。
群れを率いる新たなボスとして群れを“任せた”のか。
それとも、ボスを攻撃しているガキたちのことを“任せた”のか。
どんな風に捉えたにせよ、次のボスは俺になるようにとのことだと思う。
ボスが死んだとき、ガキどもの攻撃は止み、首についていた輪っかも取れた。
ガキどもはボスの傍にいき、ただただ泣いていた。
その様子に、ほんの少しの怒りと大きな悲しみを感じた。
ガキどもが泣き止むころには、街を強襲していた個体たちが集まっていた。
呆けたような表情をするもの、吠えるように泣くもの、誰もが表情に哀しみを抱えていた。
だが、いつまでもそうしている訳にもいかない。
「お前ら、俺がボスの身体を持って帰るからよ、群れの拠点に戻ろうや」
ボスがいなくなってしまった宙ぶらりんな群れ。
俺の指示に従いたくない個体も現れるだろう。
だが、今だけは群れに戻るまでは言うことを聞いてもらおう。
俺たちは群れの拠点に戻った。
俺たちがまず最初に行ったのは、ボスの身体を弔うことではなく、群れのボスを決めることだった。
「俺は、ボスから群れのことを任せる旨を聞いている。異論反論のあるものは言ってくれ」
リーダー決めは俺の言葉から始まった。
俺の言葉に群れはざわついた。
当然だろう。
あの力の象徴ともいえるボスが、後継のことを考えているなんて普通は思わねぇ。
だから、俺の言葉に疑問を覚えた個体は多くいた。
リーダー決めはそう長くはかからなかった。
というのも、力で決めてしまおうという事態になったからだ。
そうなっては話し合いなど無意味。
力があり、群れをまとめ上げる自身のあるものが戦いに参加した。
無論、俺ことイチも参加した。
結果は、俺の圧勝。
俺が次の群れのボスへと決定した。
もちろん、俺がボスというのが納得いかない個体は出てきた。
そういう個体には、ボスの弔いが終わったら出ていくように言付けた。
ボスの弔いをどういう風にするかは少しもめた。
俺はボスの身体は綺麗にして土に埋めようと提案したが、オーガの中で信じられている弔い方ではないのが、意見が分かれる原因になった。
オーガの弔いとは、血肉にすること。
つまりは、群れのものが死んだら、残った身体は食し、己らの力にすることと信じられていた。
実際、ボスに歯向かった個体が殺されたときは、群れの皆の食料になっていた。
だが、ボス自身は食べなかった。
理由は分からないが、ボスなりの深い考えがあるのだと思う。
その考えを知りたくも思うが、もったいなくも感じていたのが正直なところだ。
ボスが我々の身体を食えば、もっと強くなるのにと……。
そういう風に、ボスのことを例えに出しながら説得しようとしたが、俺が残念に思っていたことはバレてしまっていた為、俺の案は却下となった。
結局は、ボスの身体はみんなの血肉になることが決まった。
この決断にボスはどう思うのだろうか、とも考えたが、新しい群れのボスとして俺が積極的にボスを食った。
ボスを食して、数年が経って現在。
俺たちの群れは大きくなった。
人間に捕まっていたガキどもが立派な個体となったころには、群れに属する個体は倍ほどの四十体にもなっていた。
ボスがいたころの群れは、ボスの血肉を食らうことで、殆どが通常のオーガではなくなっていた。
俺たちはボスのおかげで、オーガの上位種になったのだ。
その感謝を忘れることがないよう、前任のボスがどういう力を持った個体だったかは口伝ながら知らされていた。
曰く、オーガらしくなかったこと。
曰く、通常のオーガより大きかったこと。
曰く、上位種ですら叶わぬほど強かったこと。
曰く、情に厚かったこと。
その口伝には尾ひれ背びれが付いてしまったが、俺たちの群れではボスのことを神のように信奉した。
そう、俺たちはボスという神のもと、群れとしてのまとまりを保てたのだ。
俺たちはこの群れが滅ぶそのときまで、ボスのことを忘れないだろう。
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