プロローグ2-6
オーガである俺は本能のままに暴れるだけ。
その考えは変わらねえ。
だが、人間は狡猾だ。
ならば、俺も狡猾にやらねぇとよ。
つまり……。
俺の標的は相手の回復手段である治癒師の女だった。
脚に魔力を溜め、力をいれ、突っ込む。
単純な力任せのタックルだ。
単純故に、小細工で妨害される隙はねえ。
身体を低くし、ただ前方の敵を殺すのみ。
「エリー、来るぞ」
「分かってるわよ」
俺は魔物のくせに、人間の言葉が理解できる。
だから、こんなことも出来る。
「エリー、躱すんだ!」
「ッ!」
俺はエリーと呼ばれる魔術師の人間に突っ込んでいく。
そう見せかける。
人間たちに俺の思考を読めるはずもなく、俺は魔物使いの横を猛スピードで走り抜ける。
そして、魔術師に接触する寸前、魔術師の回避行動に合わせるように方向転換する。
もちろん、治癒師の方へ。
「「アン!!」」
魔物使いと魔術師の叫びが一致する。
その叫びに気を取られることなく、俺は肩から治癒師に突っ込んでいった。
治癒師に接触する寸前、何かが割れる音を俺は聞いた。
おそらく、魔力の防壁だと思う。
だが、そんな小細工に意味はない。
何故なら、俺の数メートル先にボロボロになった女治癒師がいるのだから。
長い金髪はぐしゃぐしゃに、来ている服もボロボロに破れている。
表情は見えないが、女治癒師は死んだと見ていいだろう。
だが、俺は治癒師の方へと歩を進める。
死んだと見るでは不十分。
もし、殺しきれていなかったら回復される。
相手が治癒師ならば、頭を消し飛ばさなくては……。
そう考え、治癒師へ歩を進めていると、ドンッと背中に衝撃を感じた。
振り返ると、女魔術師が自身の肩に届くほどの長い杖をこちらへ向けていた。
俺は落胆する。
完璧な隙を見せていたというのに、少しのダメージしか負わなかったことに。
もっと激しい一撃が飛んでくるものだと考えていた。
若干、戦闘の酔いから醒めた俺は、なおも火球を打ってくる女魔術師へと向かう。
弱いとはいえ、何度も攻撃されるのは癪だった。
女魔術師へ向かって、俺は歩を進めていく。
威圧するように、ノシノシと。
女魔術師は完全に俺の威圧感に呑まれていた。
ガタガタと身体を震わせる女魔術師。
そんな魔術師の前に、魔物使いの男が立つ。
「僕は君を捕獲しようと考えていたんだ。でも止めるよ。エリーを殺されて、僕も冷静でいられないからね……」
魔物使いが独り言のように、小さい声を発する。
ふむ、と少し考えた俺は、こうだったかなと思い出しながら、言葉を発した。
それも人間に通じる言葉だ。
「オレヲ ホカク? ナメルナ。ニンゲン フゼイガ!!」
俺の発した言葉に、女魔術師と魔物使いが驚愕を表情に出す。
「ねぇ、ヤバいんじゃないの? コイツ……」
おびえた様子の女魔術師。
そんなに俺が言葉を発することがおかしいだろうか。
学習した魔物ならば、言葉ぐらい話すものだが。
「あぁ、ヤバいな。言葉を理解するオーガなんて、どれほどの脅威になるやら……。ここで倒すしかない……。エリーは逃げろ」
「はぁ?! こんなところでアンタを置いていくわけないでしょ!」
「エリー!!」
「ッ」
「頼む。逃げろ」
人間たちのやり取りに、俺は醒めていく。
そんなくだらない芝居に時間を取られるのが気に食わない。
「クダラヌ。クダラヌゾ ニンゲン。ハヤク タタカエ。ワガ ドウホウヲ カエセ」
自分の要求をそのままに、俺は魔物使いへと突っ込む。
ウガァァァァッ!!
威圧する様に叫びながら、突進する。
だが、俺の威圧に怯む様子を見せず、魔物使いは躱す。
「エリー!!」
魔物使いは俺が目の前にいるというのに、女魔術師を気にする。
気に食わない。
戦闘するつもりがあるなら、俺だけを見ろ。
そんな意思を乗せて、拳を振るう。
だが、魔物使いは魔力を集中させて、完全にダメージを殺した。
「お前たち! 行け!」
魔物使いが周りに待機させていた魔物に指示を出す。
だが、コイツが使役する魔物などたいしたことない。
魔物使いが使役しているのは、ブラックウルフ二頭に特殊個体と思われるゴブリン、そして俺の群れにいたガキ二体。
本当にたいしたことない敵。
そのはずだった。
ブラックウルフを二頭倒し、特殊個体のゴブリンも何もさせずに殺した。
だが、オーガの子供が前に出た瞬間。
グガッ
無様に攻撃を喰らってしまった。
これまで反逆してきたオーガは殺してきた。
だが、ガキだけは……。
ガキだけは殺せない。
グッ、グァッ、とガキどもの攻撃に息を漏らす。
所詮はガキ。されどもオーガ。
身に宿る力は体躯に見合わぬものがある。
俺がガキどもに攻撃できずにいると、人間は調子に乗ったようで。
「いいぞ、オーガ共。なんだお前、子供には手が出せないのか! 魔物のくせに情でもあるのかよ! ええ?!」
「ダマレ! ニンゲン!」
「グッ!」
自分の中にある魔力を、魔物使いにぶつける。
魔力は威圧にも使うが、あまりにも大きい魔力は敵の精神を介して、少なからず身体に影響を与える。
いま俺が、人間にぶつけた感情は怒りと殺意。
俺の魔力は効果があったようで、人間は冷や汗を流し、身体を震わせている。
「生意気なオーガ風情がッ!! 貴様が子供に手を出せないことは分かっているんだ。なら」
人間は大きく息を吸い込んで、命令を下す。
「そのオーガを殺せ!」
人間らしい卑劣な命令。
自分は何もせず、結果だけを求める。
だが、俺はもうすでに魔物使いを殺す準備が整っている。
俺はガキどもに向かって、咆哮をぶつける。
死なぬように手加減をしながら。
「「!」」
意識薄弱なのか、言葉も漏らすことなく、されるがままに吹き飛ばされるガキども。
その瞬間、俺の視界に魔物使いを正面に捉えた。
そして、そのまま。
ウガァァァァアアアアッ!!!!!!
咆哮に魔力を全て載せ、一直線に魔物使いへとぶつけた。
魔力や魔法に関する才能がなくとも、可視化できるだろう魔力の光線。
それは魔物使いの胴体を確実に捉え、消し飛ばした。
「な、なにが……」
呆気ない魔物使いの最期。だが、俺は魔物使いの生命力を見誤った。
「ぼく、っが、……っ、しん、でも、ころ、……っく、せ」
最期の言葉は“僕が死んでも殺せ”。
殺意に満ち満ちた言葉。
その最期に、俺はあっぱれと言いたい。
何故なら、どんなに卑怯な攻撃方法とはいえ、そこに十分な殺意があったからだ。
それに、この方法は効果的だ。
俺にガキどもを攻撃する意思がないのだから。
おそらく、首輪のせいでガキどもが命令に従っているのだろうが、外すことでどんな異常が起きるか分からない。
だがら、俺は素直に殺されよう。
何分、何十分だろうか。
いや、もしかしたら、数分も経ってないのだろうか。
時間の感覚が分からなくなるほど、俺はガキどもから殴られた。
魔力すべてを攻撃に乗せたせいで、俺は防御するすべがない。
されるがままだった。
そして、遠くからイチの声が聞こえる。
何と言ったのだろう
分からない。
だが、イチがそこにいるのなら。
「イ、チ。 ……ま、かせ、た……」
その言葉を最後に、俺は意識を失った。
ただ暗闇の中へ、溶けるように眠るように。
そして、目が覚めたら……。
ゴブリンになっていた。
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ここまででプロローグは終了です。
明日はオーガたちのその後を一話分挟みます。
明後日から本編の更新を始めます。
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