プロローグ2-5

 作戦開始までもう少しといった時間。

 俺はすぐに戦闘態勢になれるように、自分の中で魔力と戦意を練り上げていた。

 より純粋に、より濃く、練って練って練り続けた。

 この力を表に出したらどうなるだろう。

 自分には想像することすら出来ない。

 それほどの力の奔流が自分の中で荒れ狂っている。


「ボス。ボスはいま何を考えているんですかい?」

「ん?」


 俺と作戦行動をする個体が話しかけてきた。

 俺にはボスという呼称があるが、コイツにはない。

 仮にイチと呼ぶか。


「俺はこれから起きる、いや起こさせる戦闘への期待感について考えていた」

「どういうことですかい?」

「つまりはこれから攻める街の人間たちの断末魔を楽しみにしているのよ。分かるか? 人が泣き、叫び、俺たちへの恨みを呪詛のように繰り返す。そんな光景を楽しみにしている」

「ボスの言葉は難しいでさ。ですが、言いたいことは分かりやす」


 俺の考えていることが伝わったのか、じわじわとイチから戦意が高まっているのを感じる。

 俺たちオーガは所詮魔物。

 破壊衝動に身を任せ、人や獣の叫びを欲するのだ。


「ボスはこの街を襲撃したら、そのあとはどうするつもりですかい?」

「そうだな。しばらく集落の場所を移すかもしれんな」

「なんだってそんな面倒をするんです?」

「そりゃおめぇ、街一つ潰したら人間が報復に来るだろうよ。それから身を隠し、確実に人間どもを屠れるその瞬間まで力を蓄えるのよ。個体数を増やし、ガキを育て、立派な戦士を量産する。そうしてたら、人間なんて簡単に殺せるようになる」


 俺の考えを聞いて、感心するようにイチは頷く。


「さすがボスでさぁ。次のことをもう考えているんですね。なら、この強襲を必ず成功させやしょう」

「もちろんだ。だが」

「なんですかい?」

「もしも、俺が死んだら群れをお前に任せる」


 俺の急な申し出。

 イチは慌てたように、距離を詰めてくる。


「どういうことですかい? ボス!」

「そう騒ぐな。もしかしたらの話だ。だが、言い換えれば、それぐらい今回相手にする人間の力はヤバいってことだ」

「そんなにですかい?」

「まぁな。俺の全力のタックルをあの野郎耐えやがったからな」

「……ッ! それは……」


 俺の力をよく知るイチなら分かるだろう、それがどれほど恐ろしいことが。

 イチですら、俺の全力のタックルには勝てねぇと思っているはず。

 それぐらいに、俺と群れの個体たちには差がある。

 俺との差を正確に理解しているのはイチぐらいだろう。


 イチとの話でいつの間にやら強襲の時間になった。


「さて、行くぞ、イチ」

「はい、ボス!! って、ボス俺に名前つけてくれたんですかい?」

「おう。呼び名がねぇと他と区別できねぇからな。お前はイチだ。いいな」

「うっす、ボス!!」

「俺が突っ込んで、道を作ってやる。そのあと、咆哮を上げてやるから、そのあとに街に入れ。いいな?」

「うっす、ボス」


 俺は魔力を解放した。

 俺の身体に変化が起きる。

 筋肉が膨張し、オーラが溢れ、力が身体全体に満ち渡る。


「やってやるぞ」


 俺自身に一言零し、胸を叩いて気合を入れる。

 脚に力をいれ、少し遠くに見える人間の街の門へ向かって走り出した。

 質量のあるドスドスとでも聞こえてきそうな程の走り。


 オーガという種族、実は逃走という行為がとんでもなく下手だ。

 従って、走るという行為が少しどんくさく見える。

 だが、身体に宿っている力は確かなもので。

 木材を纏めた門に接触した瞬間。


 ドガァァァァアアアアンッ!!


 凄まじい衝突音が鳴り響く。

 俺たちオーガにとっては、この人間の街は正しく“街”に見える。

 人間の夢ではこの街は町という規模なのだと知った。


 そんな町の門が俺に破れないはずもなく、破壊された扉の木材が辺りに飛び散った。

 飛び散った木材の中で、比較的大きな破片をこん棒のように扱うために拾っておいた。

 町に沿って作られている外壁は俺の拳で破壊していく。

 拳が外壁に当たるたびに、ズガンズガンと音が鳴り響く。


 この町には見張り役のような人間もいたはずだが、どうやら救援を呼んでいたようで、俺から逃げる人間と俺へと向かってくる人間に別れていった。

 もう少し、もう少し人間の注目を集めろ。

 自分にそう言いながら、人間どもを引き付ける。


 そうしているうちに、人間の集団から見覚えのある男が現れた。

 そう、俺のタックルを耐えきり、俺から逃走しきった男だ。

 男の姿を視認した俺は、空気を胸いっぱいに吸い込む。

 そして、吐き出す息に俺の渾身の叫びと魔力を乗せる。


 ウガァァァァアアアア!!!!


 俺が率いる群れへの合図と、人間どもをビビらすための咆哮。

 そのはずが思いのほか魔力が乗ってしまったようで、俺から前方の民家と多くの人間が吹っ飛んでいった。

 その様をあくまでも冷静に男は見ていた。

 額に汗を流しているところを見るに、緊張はしているようだが……。


「まさかあのときのオーガが町に来るなんてね……。予想外もいいところだ。一応、僕のパーティメンバーに治癒はしてもらったけど、本調子じゃない。だから……」


 男の言葉の途中で、男の後方から魔力の高まりを感じる。

 そして、俺の身体に向かって、人の顔ほどの火の球が向かってきた。

 鬱陶しいと言わんばかりに、魔力を纏った腕を薙いでかき消す。

 魔力の高まりを感じなければ、油断してダメージを負っていたかもしれない。

 それなりに、威力のある一撃だった。


 火球の出所を見ると、そこには女が二人と少し遅れて男が一人向かって来ていた。

 敵はどうやら四人のようだ。

 この男の発言から考えるに一人は治癒師、火球を放てることを考えると魔術師一人、残りの男は頭装備も万全な重装備をしている、つまりは壁役だろう。

 

「遅かったね、皆」


 男の言葉に魔術師の女は怒りを顕わに言う。


「レンジャーのアンタが先行ってどうするのよ。まあ、従魔は連れているようだけど?」

「そうですよ、傷が治ったばかりなのに、あまり無茶はしないでください」

「本当だぜ。タンクの俺を置いて行ってどう戦うんだ。お前が強いのは知っているけどよ」


 それぞれが話しながら戦闘陣形を取る。

 壁役が前衛、魔物使いの男が中衛、女二人が後衛。

 更には、いつの間にか魔物が俺を包囲するように構えている。

 中には、俺の群れの子供もいた。

 確かに俺一体を相手にするには十分な陣形だ。だが。


 ガァァアアッ!


 人間には通じない叫び。内容は。


「壁役は俺がやりやす!」


 俺の後ろから、イチがどんくさくも走りながら壁役を吹っ飛ばした。

 叫びながらも言葉を伝えるとは器用な奴だ。

 そう思いながら、俺は拳を構えた。


 俺は残り三人を殺して、ガキを救出すればいいだけだ。

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