プロローグ2-3
ムチを持った人間との勝負。
同族であるオーガとの勝負なら自分の理性を投げ捨て、己の野性のみで戦うのだが、敵は狡猾な人間。
何があるか分からない。
故に、俺は敵を観察する。
「んー? キミ、オーガだよね? 力自慢の脳筋だよね? なんで襲ってこないのかなー?」
オーガの通常の個体なら、人間の言葉など分かるはずもない。
俺に発見された子供も、魔物が命令されているというのは分かっても、詳しい内容は分かっていなかった。
つまりは、普通の魔物は人間の言葉など分かるはずもないのだ。
なのに、この人間は俺に話しかけるように言う。
「まぁ、キミから動かないなら、僕から行くよ」
そう言った瞬間、手に持っていたムチを鋭く振るってくる。
俺から見て左側から、物凄いスピードでムチの先端が迫ってくる。
俺の巨体ではしゃがむだけでは躱せないと、判断。
大きくバックステップした。
瞬間。
ダァァアアンッ
大きな衝突音と共に、森の木が一本折られてしまった。
いくらスピードのあるムチとはいえ、簡単に木が折れてしまったことに疑問が生じる。
もしや、先端の材質、重さが違うのか。
そんな疑問を置き去りに、人間は縦にムチを振るう。
俺は左前へステップを取り躱す。
人間との距離を縮めるための回避。
スパァンッ
結果、人間のムチは空気を打つ音のみを残した。
現時点で、人間のムチが俺に当たる様子は皆無だ。
その確信と共に、人間との距離を縮めようとする。
俺の考えが人間にも伝わっているのか、面白くなさそうにしている。
「んー? 当たらないなぁ。僕のムチ、結構早いと思うんだけど……。じゃ、他のことも試してみようかな」
俺が迫っているというのに、余裕を見せながら言葉を残した人間は再度ムチを振るった。
人間の腕の動きから、また上方向からの攻撃だというのが分かる。
これならサイドステップでも躱せる。
そう判断した俺は、右前へ踏み込みながら躱す。
結果は。
スパァンッ
先の攻撃と同じように、空気を打つ音のみが残る。
ムチを引き戻すまでに、まだ時間はある。
そう判断した俺は、さらに距離を詰めようとする。
だが。
パァァアアンッ
破裂音というには少し硬い音が鳴った。
それも俺の身体から。
そして、遅れて来る痛み。
「ガァッ」
思わぬダメージに、声が漏れる。
何が起こった?
そんな疑問が頭の中に巡る。
普通、ムチを振るったら引き戻す動作が必ず必要になる。
なのに、なぜ。
なぜ、アイツのムチは俺の視認できる速度を超えて、手元に戻っていたんだ。
そう、俺は振り下ろしを躱した。
そして、そのまま人間との距離を詰めていた。
だが、ムチへと目線を切り人間へと目線を戻す間に、ムチは戻ってきていた。
「グゥゥウウ」
痛みと理解不能の事態に、思わずうなり声が漏れる。
それを人間はどう感じているのか。
ムチが当たって嬉しいのか、思ったほどのダメージがなく悔しいのか。
そんな考えを巡らしながら、人間を見ると。
「はぁ」
つまらなそうに、息を吐いていた。
その態度、余裕に、俺の中で沸々と苛立ちが沸いてくる。
俺の頭の中で何かが切れる音がした。
そして、咆哮。
「ガァァァァアアアアッ!!」
俺を見ろ。
俺は敵だ。
殺して見せろ。
そう言わんばかりの咆哮。
怒りを伴った森全体を揺るがすほどの咆哮。
そんな俺の咆哮に、敵はビビる様子もなくじっくりと俺を観察していた。
「ふむ。普通のオーガより魔力が多い……? なのに、筋肉の膨張が制御されている? それに気になっていたが二本角で身体も大きい……。これはなかなか……」
独り言をぶつぶつとこぼす人間。
俺は観察を止めて、野性に身を任せ、敵へと突っ込んだ。
身体全体でぶつかっていくように、タックルを仕掛けた。
ズガァァアアンッ!!
あまりにも大きい衝突音。
前方の木々がすべてなくなるのでは、と思わせるほどの衝撃。
これなら人間の命などひとたまりもないだろう。
そう思って、敵を確認すると。
そこには右腕を犠牲にしながらも、俺のタックルを耐えきった人間がいた。
よく見ると、俺のタックルを耐えきるために、踏ん張っていた足も折れている様子だった。
満身創痍。
その言葉が似合う状態だが、人間の表情に諦めはなく、血管が切れんばかりの怒りを抱えているようだった。
「はぁ、僕が油断したのが悪い。悪いんだけどさぁ。さすがに魔物如きにボロボロにされるなんて、この怒りどうしてくれようか」
吐き捨てるように、続けて言う。
「今回は引いてあげよう。まさか、オーガ程度の魔物に、こんなに強力な個体が出現するなんて思わなかった……」
その言葉のあと、残った左腕でムチを横殴りに振るう。
足が踏ん張れないというのに、あまりにも強力なムチの威力に俺は少し吹っ飛ばされてしまった。
その隙に、人間は腰のカバンから笛を取り出すと、ピーッと笛を吹いた。
音に引き付けられたのか、魔物が集まってくる。
だが、どの魔物にも黒い首輪が嵌められていた。
中には、俺の群れの子供と思しき二体のオーガがいた。
人間はオオカミ系の魔物に跨ると、俺へと聞かせるように言葉をこぼす。
「オーガ君。君との勝負はお預けだ。君の同族の子供も手に入れたしね……。僕が逃げなきゃいけないなんて。はぁ。これでもそこそこ強い方なんだけど……」
人間が話している間に、また俺は人間へと距離を詰めようとする。
「あーもっ、僕が話しているのに、攻撃しようとしないでよっ」
左腕一本で強くムチを振るう。
そして、俺がバックステップ出かわすと、人間は魔物を操って逃げていった。
「じゃーね」
俺の群れの子供も含めた五体ほどの魔物をつれて、人間は逃げていった。
子供を連れて行かれたこと、勝負をお預けにされたこと、何より仕留めきれなかったこと。
いろいろな考え、感情が俺の身体の内を駆け巡った。
そして、最後は怒りのみが残った。
オオオオオオォォォォォォッ!!!!
すべてを壊さんばかりの咆哮を叫び、怒りを吐き出す。
すこし冷静さを取り戻した俺は、群れの集落へと戻ることにした。
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