8話『ダンジョン探索部、発足』
樹学院、第二進路指導室。
アカリはぺらりと記入済みの用紙を差し出した。
「梶ヶ谷せんせ、部活の設立届です! あとは、顧問である梶ヶ谷せんせのハンコを押すだけ!」
「……へぇ」
担任教師でありアカリの親戚である梶ヶ谷起草は用紙をジッと眺める。
何度も生徒名を確認している。
「筆跡偽造じゃないわよね?」
「違うよ!?」
「誰かを脅した?」
「何を言ってるの、起草ちゃん!」
「梶ヶ谷先生、だ」
ふー、と梶ヶ谷は大きく溜息をつく。
「たしかにうちの敷地にあるダンジョンで遊ぶのは、百歩譲って許可したよ」
鷺沼一帯の土地を所有する大地主。
それが梶ヶ谷の実家である。
梶ヶ谷家の敷地の片隅に、アカリが憂さ晴らしのために愛用している鷺沼
私有地で非正規ダンジョンを管理する、という裏技じみたことをしているのは梶ヶ谷家の財力あってのことだ。
「それじゃダメなの、アカリ?」
「ダメ、なんだよ」
小さなダンジョンで、ただただドブネズミを倒して冒険ごっこ――そんなのは、嫌だ。
「これ、受け取って」
ダンジョン探索部。
仲間と、キラキラした、青春を。
――そして、誰も見たことのないダンジョンの奥へ。
「……やっぱり、認められないな。顧問とかまっぴらごめんよ」
「なんでよ! なってよ、顧問!」
「嫌よ。部活の顧問なんていう、人生の切り売りは嫌なの」
「そ、そんなぁ」
「アカリ、あなた成績いいんだからさ。ダンジョン探索部なんてやめて、勉学に邁進しなさいな」
「えー」
「部活で身を持ち崩す生徒、多いんだからさ。これは親切心で──」
「お邪魔するわね」
「え?」
普段は誰も来ないはずの第二進路指導室に、誰かがやってきた。
カツカツ、とハイヒールの音が高く響き渡る。
「り、りっ!」
「やぁやぁ、ハロー」
学校教育の場には似つかわしくない、高級スーツをまとった美女。
その眼差しは鋭く、紅く塗られた口元には完璧な笑みが浮かんでいる。
「て、天王森理事長っ!?」
伝統校、樹学院の現理事長だ。
名家の出身であり、公家の末裔だとか。
そして――
「……と、桔梗センパイ?」
「こんにちはです、アカリちゃん」
「どどど、どうして理事長がここに!?」
「木月野くんから聞いたよ~。キミが溝口アカリだね」
「はい、ごきげんよう。天王森理事長」
こちらも負けじと完璧スマイル。
優等生モード発動だ。
「ふむふむ、似てるねぇ」
「え?」
似てる?
似てるって、誰と?
「いや、こっちの話さ――本題! ダンジョン探索部の設立、この私が許可しよう」
「えええっ!?」
「理事長、どういうことですか……?」
困惑する梶ヶ谷。
「どういう、って。そのままの意味さ」
「つ、鶴の一声……っ!」
ことわざ通りの出来事に絶句する。
「かの木月野一族のお嬢さんに言われてはね。それに、しっかり自分たちの力で部員も集めたそうだし」
「ですが、理事長……ダンジョン探索部は……」
「ああ、お取り潰しになった」
「取り潰し……」
入学したら、なくなっていたダンジョン探索部。
有力な生徒は他校やプロ探索者パーティに引き抜かれて、いなくなっていた。
不自然な廃部だ。
桔梗が口を開く。
「樹学院は、その……去年の事故のせいで、多額の借金を負ってしまったのです」
「事故?」
なんだそれ。
初耳だった。
「……去年、活躍していたダンジョン探索部が今年急に廃部になりましたよね」
アカリは頷く。
この三ヶ月、アカリが頭を悩ましていたことだ。
「実は、探索中に事故が起きたんです。部員ががひとり、行方不明になって。この、和泉多摩川
「え……」
ぞく、とアカリの背筋が震える。
そんなの、ニュースになっていなかった。
いつも通りの部活動日。
いつも通りの、『絶対安全領域』での活動。
危険な
東京
最先端である第七層はプロの探索者でも尻込みする難易度だが、第一層はアマチュア探索者や高校生の部活動のために解放されている。
ダンジョン探索――という言葉とは裏腹に、危険などないはずだった。
「でも、その日――部員が、梨々子ちゃんが……『消えた』んです」
「き、消えた? それって、ダンジョンのトラップにかかったとか?」
「違います。東京
ダンジョン探索中の、高校生の消失。
そんなことがニュースにならなかったなんて、どうかしている。
アカリは震えた。
同じだ《・・・》。
突然、ダンジョン内で人が消える――それは、アカリの母、溝口茜が消失したときと、まったく同じ状況なのだ。
「その情報を外に漏らさないために、色々と学校が手を回したみたいで。そのためにたくさんお金を使ったみたいなんです」
天王森は黙って聞いている。
桔梗の言葉は、どうやら本当らしい。嘘をついているようには見えない。
「……それ、って」
「学校を守りたかったのは……ダンジョン探索部をもう一度作りたかったのは、だからなの」
桔梗は呟く。
「ここは……梨々子ちゃんが戻ってくる場所だから」
「センパイ……その人、親友、だったの?」
「そう」
頷く桔梗。
ダンジョンで消えた人を、待ち続けている。
同じだ。彼女は、アカリと同じだった。
「アカリちゃん、黙ってて、ごめんなさい」
「……いや、それはいいですよ」
ダンジョン探索部を立ち上げる。
キラキラで、楽しい探索。
そんな夢見た日々は、目の前にあるのだ。
ずっと、ずっと、六歳の日の検査結果のせいで手の届かない場所に合った夢だ。
天王森がおもむろに口を開く。手にしていた大きな扇をぱちぱちと弄びながら、言った。
「溝口アカリ。キミのことは、桔梗クンから聞いている」
「え?」
「迷宮適応指数、ランクF。本来であれば、迷宮異能を持たない第三世代――つまり、探索者になるなんて考えられない人材だ」
「……でも、ダンジョン探索部としてパーティを組む場合はパーティに一人まではランクFが登録できます」
「制度上はね。でも、そんなエキセントリックなことをしている探索者パーティはプロアマ含めてゼロだ」
嫌な感じだ。
いつも、オトナはこうだ。
外堀を埋めて、「だから、こうしたほうがあなたのため」だなんて甘言でアカリの反論を封じ込める。
「でも――」
「何をしたの?」
「え?」
「ランクFの人間が、影人魚から逃げ切った。しかも、第三世代ならば誰でも持っている迷宮からの支援、身体強化と超自然回復だけで」
天王森は、アカリを見つめる。
桔梗からすべてを聞いている、というのは嘘ではないようだ。
「……ありえない戦果だよ。さすが、ダンジョンの落とし子とでも言うべきかな」
「ダンジョンの、落とし子?」
「おや、木月野の娘は聞いていなかったのかい? 彼女は……溝口アカリは、世界で唯一ダンジョン内で出生した人間だ」
「……え?」
桔梗が目をぱちぱちと瞬かせる。
「おっと、トップシークレットだったか」
言って、天王森はにやっと笑った。
アカリは、きつく口止めされていた自らの秘密があっけなく明かされたことに目を丸くする。
アカリは、東京
失踪する前の母が、よく語って聞かせてくれた寝物語だ。
世界に突然出現したファンタジー、ダンジョンに魅入られた女はやがて愛する男との子を身ごもった。
一度目の出産は、周囲の反対に押さえつけられて数週間病院で入院生活を送った上で出産した。
魔力素に多く晒された人間の妊娠出産について、まだ前例が少なかった時代である。
しかし。
その数年後、第二子を身ごもった溝口茜は――
『……暇だわ。運動しないと、開く子宮口も開かないってもんよ』
そう言い放ち、病院から抜け出した。
向かったのは東京
出産前の妊婦は、状態によっては適度な運動を推奨される。
階段の昇降などにより、陣痛促進や子宮口を開かせるという狙いである。
臨月の溝口茜はその階段昇降の場に――ダンジョンを選んだの。
『わっせ、わっせ、わっせ!』
周囲で見ていた探索者は、ドン引きしたという。
巨大な腹をした妊婦が、元気にダンジョンを――それも、世界最大級、最難関クラスと呼ばれている謎多きダンジョンを駆け回っているのだから。
効果はてきめんだった。
溝口茜の出産は、第二子ということもあり非常にスムーズだった。
そういうわけで、溝口アカリは生まれたのだ──東京
アカリは、ため息をついた。
自分の出生については、なるべくなら知らされたくなかった。
母が、第一世代探索者のなかではなの知れた存在であったことも含めて。
だって、アカリの中にも人並みに「母よりビッグになってやる」という野心だってあるのだ。探索者デビューもしていない自分が、あの溝口茜の娘であるというのは知られたくない。恥ずかしいし。
「当時は、迷宮省が立ち上がってすぐだったからね。溝口アカリの存在は内々では騒がれていたんだが……六歳の検査結果までで追跡は打ち切られたんだ」
「ははは、Fランっすからね」
アカリは、ちょっとしょげて見せた。
その検査結果のせいで、今日まで散々苦労してきたのだ。くそう。
「とはいえ、木月野さんから聞いた限り……キミ、異能なしで大型迷宮獣を倒したそうじゃないか」
いやはや、さすがは茜の娘。
天王森は満足げにアカリに微笑みかける。
「本来ならば、ランクFの生徒を探索者として活動させるというのはありえない。迷宮省のガイドラインがOKを出していても、うちの学校としては去年の事故もあったからね。だが――キミの能力を聞けば、OKを出さざるをえないよ、教育者としてね」
「え!?」
「ようするに、私の胸先三寸で部活動の可否は決まるよ。この場で」
嫌な人だな、と思った。
裏を返せば、天王森がNOといえばNOってことじゃないか。
けれど、こちらを応援してくれるとなれば話は別だ。
「ダンジョン探索部の立ち上げ、およびにキミの活動を最大限支援しよう! 天王森紅葉の名においてね!」
びし、と扇でアカリを指す。
「……茜さんから、キミのこと『よろしく』って言われてるしネ☆」
「母と知り合い、なんですか」
「うん、まぁね」
天王森は頷いた。
「失踪事件については、迷宮省でも理由がわからないそうだ。学校のイメージに関わるから、あちこちに口封じするのにずいぶん金を使ったけれど……」
「あ、そう。お金……」
「統廃合の件は、おかげさまで解決したよ。匿名で大口の寄贈があったからね」
ウィンクする天王森。
なるほど、寄贈。
どうやら、桔梗が言っていた『魔力素結晶を現金化する方法』というのは、天王森家のコネクションに頼るという裏ワザだったようだ。
……というか、この二人ってどういう関係なのだろう。
木月野の娘、とか言っているが、天王森と桔梗の間には学校経営者と学校の生徒という以上の関係がありそうだ。
「いやー、もう助かっちゃったよ!! ほら、失踪した橘さんのお家にかなりの額の見舞金をお渡ししたり? なんやかや面白おかしく視聴者の好奇心を掻き立てようってメディア全部にちょっとした口封じをしたり? で、もうお金カッツカッツで!」
「またそんな言い方をされて……梨々子ちゃんのお家、そうやって守ってくれたんじゃないですか」
「さーて、どうかな?」
仲睦まじそうに話す二人。
うん、ますます謎だ。
「で、ですが理事長っ」
「梶ヶ谷先生。ご心配はごもっともでーすーがー、学生の活動を著しく制限するのには反対です。特に、去年の事故は対外的には『なかった』ことになっています」
「……あの」
「なんだい、木月野桔梗さん?」
「私、梨々子が戻ってくると信じてるんです」
まっすぐな目で、梶ヶ谷を見つめる桔梗。
その横顔を見て、ハッとした。
強い意志……ふわふわの小動物みたいで可愛い桔梗だから、アカリは少し侮っていた。この人の意志は、本物だ。
自分の、なんとなく楽しいことをしたいとか、目立ちたいとか、そういう気持ちとは別の強い動機を持っている。
「だから、梨々子が帰ってくる場所を……この学校とダンジョン探索部を、守りたいです」
「そ、れは……」
「あ、あの!」
「なに、溝口さん?」
「それに、もしもダンジョン探索部が有名になれば、学校の経営にもプラスになりますよね?」
「ん? まあ、それはそうだが」
「今、部活の顧問が見つからなくて困っているんですけど……理事長先生からも言ってくださいよ、梶ヶ谷先生に顧問になるようにって!」
「は、はぁ?」
「起草ちゃ……じゃなかった、梶ヶ谷せんせもいつも言ってるじゃないですか、『長時間労働のわりにボーナスもクソみたいな額で死にてぇ~』って!」
「は? ちょ、アカリ!? りりり、理事長の前でそんなっ」
「ははは、かまわんさ。事実だし」
「理事長先生、もし学校の経営が上手くいったら先生たちの給料って上がるんですか?」
「んー、そうだなぁ。すぐにベアとはいかないが」
「熊?」
「ベアだ。給料のベースアップの意味だな」
「変な略しかた……昔っぽいです……」
「言うな、桔梗クン。それは私に効く」
「あ、あのっ、理事長! 先ほどの話は、」
「で、すぐにベアとはならんが、花形部活の顧問ともなればボーナスは今よりも多く出せるだろうな。少なくともこれくらいは」
これくらい、と天王森は両手の指を何本か伸ばした。
「あ、単位は、
「おおおぉ……!?」
梶ヶ谷が震えた。
四捨五入したら百万円のボーナスアップ。
「特にダンジョン探索部はこれから注目される部活になるだろうからなぁ……顧問を引き受けたがる教員は多いだろう」
「う、うぅ」
「だから、別に梶ヶ谷先生が引き受けていただけない場合は……」
「お、おおお……!」
名家と名高い梶ヶ谷家の令嬢である起草だが、お金には目がなかった。
というよりも、実家からの援助なく生きていこうと心に決めているわけだ。
梶ヶ谷家の屋敷にある私有ダンジョンに出入りするアカリよりも、実子である梶ヶ谷は屋敷に出入りする機会は少ない。
あいつは実家が太いから……という言葉で自分の生活を蔑む野郎どもに負けたくないという独立心は人一倍強い。だからこそ、現在の長時間労働と薄給には辟易していた。
「お待ちください、理事長!」
お金と余暇は、あればあるほどよいのである。人生を豊かにするのは、労働ではない。少なくとも、終身雇用の首輪もない被雇用者についてはね。
「顧問、この梶ヶ谷起草がやらせていただきますともっ!」
「きそーちゃん!」
「アカリさんとは旧知の仲、適任かと!」
「すごい変わり身!」
「理事長、いかがでしょう!」
変わり身こそ、大人のたしなみだ。
天王森紅葉理事長じきじきに、ダンジョン探索部の立ち上げは承認されたのだった。
◆◆◆
「……ねえ、桔梗せんぱい?」
「はい」
「なんで天王森理事長と知り合いなの?」
「え、あー……それは……まぁ、色々と」
「もしかして、桔梗せんぱいの実家って、すっごい政治家だったり!?」
「ま、まさか! 政治なんて……その、理事長とは個人的な知り合いです。それだけですっ」
地味でもっさりとしたおかっぱ頭を揺らして、桔梗は必死に否定する。
小動物的キュートさに免じて、アカリはそれ以上の追求をやめた。
◆◆◆
樹学院、理事長室。
天王森紅葉の執務机はさびしい。
小型のラップトップ以外には何も置かれていないその執務机は、天王森の人生そのものだ。仕事ばかりしていた。彼女の人生には、後はともかく、先には仕事しかないはずだ。そういう人生を選んでいる。
その机の上に、ひとつ。
「……茜、お前の娘はなかなか強かだよ」
写真立ての中、微笑む少女が二人。
東京
二十年前、世界中に突如としてダンジョンが出現してから、わずか数ヶ月後。
「……なぁ、茜。お前、どこにいるんだよ」
一人は天王森紅葉、そして旧姓・梶ヶ谷……のちの溝口茜。
一人は、のちに迷宮省と政府とを繋ぐ旧い名家・天王森家の当主となる少女だ。
そして一人は、遠からず第一世代伝説の探索者として名を馳せ──そしてダンジョン内で失踪する少女だ。
「茜……もう一度、お前とヤンチャしたいよ」
天王森がぽつりと呟いた言葉は、理事長室に浮かんで消えた。
◆◆◆
というわけで。
樹学院に約半年ぶりにダンジョン探索部が設立された。
「うゃっはーぁ!」
アカリは端末片手に飛び上がった。
部室……とは名ばかりの、曜日限定の活動場所。第二資料室だ。
「なんだよ、これ?」
「何って、『シーカーランカー』だよ! ほら、見て。高校部門!」
「おー、樹学院高校ダンジョン探索部……」
「そそ、私たちのことだよ!」
アカリが印籠よろしく、ずずいと差し出した画面。
「まあ、ランキングは1358校中1358校……ビリだけど」
「始めたばっかだから仕方ないじゃん」
「でーもー! 急上昇ランキングに載って、めっちゃ目立ちたいよ〜!」
チヤホヤされてぇ!
みんなに、私を見てほしい!
「うおおぉ〜!」
燃えるアカリ。
その手に握られた、灰色の背景にそっけないピクトグラムのスコップが描かれたアイコンと『樹学院高校』と書かれていた。
「わ、わ、すごい……でも、その……アイコンが地味ですね……」
「地味……」
「は、はい」
硬直したアカリに、桔梗が「はわわ」と焦る。率直に言いすぎたのを気にしているのだろうか。焦る様子もかわいい。
「ご、ごめんなさいっ」
「いい、いいの! 桔梗せんぱい……せんぱいはそのままでいてっ!」
アカリは、自分の入念にブローした髪を撫でる。
パルファムも今日の気温と室温にばっちり合わせ、元気っ娘のキャラ付けを後押しするシトラス系。スキンケアはいうにおよばず、目元口元を可愛く彩るコフレドールは限定品。お小遣いと短期のバイト代をめちゃくちゃ貯めまくったのだ。
念入りに作り込まれた、超絶美少女アカリは思う。
天然物、かっわいい! と。
レイがけらけらと笑う。
「あっはは、桔梗ぱいせんってば単刀直入〜!」
「あ、その、そういうつもりじゃ!」
「……おまえら、うるさいな」
部室の片隅でラップトップをいじっていた北加瀬が小さく舌打ちする。
心底嫌そうな声を出すわりには、クッションやらヘッドフォンやらを持ち込んで籠城姿勢をとっている。
教室では読書をしているかノートに何やら書いているかしかない、目立たない北加瀬だ。多少は部活のメンバーに心を開いてくれているようだ。
「んだよ、北加瀬〜。っつーか、ずっとパソコン弄って何してんの?」
「
「テス……?」
「話しただけ無駄だったわ」
北加瀬はこの第二資料室で、人気同人魔導書作家パピよん☆としての活動に勤しんでいるというわけだ。
女装姿をSNSにチラ見せすることで、美少女魔導書作家として人気沸騰だ。
「あ! ねぇねぇ、『シーカーランカー』のSNS機能にさ、北加瀬の写真載せようよ! パピよん☆の格好して! アイコンもそれにしよう、人気急上昇だよ!」
「馬鹿か! 絶対に嫌だ!!」
「えー」
その正体が、北加瀬太郎という男子であることは誰も知らない。秘密である。
北加瀬太郎が、北加瀬太郎のままで活動すること。
全員がそれは納得していることではあるので、アカリもすんなりと引き下がる。あんなに可愛いを作れるのに、もったいないとは思うけれど。
「うぅーん、じゃあアイコンは置いておくとして、チーム名くらいつけようよ」
「チーム名? それって、何と困るの?」
「うーん、困りはしないけど人気のチームはみんなつけてるみたい」
「プロじゃないのに?」
「うん、高校生もそうみたい!」
累ヶ淵高校、『天狼会』。
天使園学院高等部、『アルカンジェリ』。
通典高専、『ステッパーズ』。
いずれもダンジョン探索部の中でチームを作っている、トップランカーだ。
「かっこいいチーム名作ろうよ! どうにかならないの、作家!」
「あ?」
「北加瀬くん、こういうの得意でしょ」
パピよん☆の魔導書が人気なのは、その性能の高さも去ることながら装丁の美しさやタイトルのセンスも理由のひとつだ。
いわゆる、厨二心をくすぐるタイトルというやつだ。
「いや、そういうのやってねぇから」
「なんでよ作家〜」
「専門外だよ。本作ってるからってなんでもかんでも、そういうの出来ると思うなよ。こっちは魔導書作ってんの!」
「でも、あのカッコいいタイトルも北加瀬くんが作ってるんでしょ? 『忘れられた炎の巨人』とか『氷の女王は無慈悲』とか〜」
「……溝口、もしかして俺の本のこと全部覚えてんの?」
「もっちろん! Fランだから買えないけどね〜」
「……あっそ」
北加瀬は赤面した。
正直言えば嬉しいし、溝口アカリみたいな何でもできる人間が自分に対して平等に接してくれるのがくすぐったい。
「と、いうか……パピよん☆の魔導書は、専門店委託でも十万部以上売れてます……知らない方が、不自然です……」
「すっげーな、むぐっ! そんなカッコいいのアタシじゃ思いつかないぜ。むぐむぐ」
「……なぁ、夢見ヶ崎。さっきから何食ってんの」
「お? 焼きプリンメロンパン。これ五個目」
「よく胸焼けしないな……」
「いやー、朝から保育園の弁当作るのでメシ食ってなくてさ!」
「ふぅん……ごめん」
「お? なんで謝んだ」
「いや……なんか、偉いなって」
「あっはは、ありがと! 自分の力でガンガン金稼げるお前も偉いよ!」
「いっで!」
バシン、とレイが北加瀬の背中を叩く。
「ま、これから私も部活でガンガン稼ぐけどね!」
「それ、おおっぴらに言うなよ……」
天王森理事長が手を回して、部活で手に入れた魔力素結晶から得た利益の何割かはレイに入ることになっている。
彼女の稼ぎで弟妹三人を育てているレイにとっては、願ってもない条件だ。
ちなみに、アカリが天王森に掛け合って実現した。
「なんだかんだ、二人ともいいコンビよね」
アカリは、部活の仲間を眺める。
滑り出しとしては、なかなかいい雰囲気かもしれない。
「チーム名、そしたらアミダくじで決めようよ」
「お、いいね! ビョードーだし!」
「あー……まぁ、それなら」
「わ、わ、私も案出すんですか……?」
四等分したレポート用紙に、各自が考えたチーム名を書いて四つ折りにする。
ランダムにAからDの記号を振って、さらにアミダくじをする。入念だ。
それにしても、アミダに線を書き入れるのにも個性が出る。
桔梗は、ひかえめに一本だけ線を引いた。レイは楽しそうに何本も何本も線を引いて、何本かはぐにょんと曲がったり、ぐりぐりと渦を巻いた線を引いた。北加瀬は二人の引いた線をじっと見て、何かを吟味したように何本か線を引いた。
「よーし、じゃあいくよ〜」
アカリは、折り畳んでいた端っこを開いて、アミダくじをつつつっと辿る。
◆◆◆
「というわけで、私たちのチーム名は『もぐもぐズ』に決定しました!」
アカリの高らかな宣言に、ダンジョン探索部に激震が走った。
「最悪」
「ぎゃははは、かっわいーじゃん! 保育園児相手だったら馬鹿うけっしょ!」
「……あ、アカリちゃん。私はいいと思うよ、も、もぐもぐ……」
結局、厳正なるアミダくじの結果採用されたのはアカリの案だった。
その名も、『もぐもぐズ』。
命名者であるアカリいわく、「ダンジョンをどこまでも潜っていけるように」という意気込みを込めた素敵なネーミングだそうだ。
「なあ、マジでこの名前なのかよ」
「タロー。文句言うなら、最初からお前が付ければ良かっただろ」
「ぐっ」
「アミダでいいって言ったんなら、それに従えよなー」
むにっ。
レイが、北加瀬の頬をつまんだ。
「ふぉえっ、はへ、ひゃめりょよ!」
じたばたともがく北加瀬。
しばらくして解放され、頬をさすりながら文句を言う。
「だけどだぁ……もぐもぐズって……」
「じゃあ、そういうお前はどんな名前にしようと思ってたわけ?」
「それは……」
「えー、秘密とか言わねぇよなー? なっなっ?」
「ぐっ、え、えーっと」
「私も、ちょっと気になります……」
「なるよ! めっちゃ! 人気魔導書作家のネーミングセンス!」
アカリは思わず身を乗り出した。
三人の様子に気圧されたかのように、北加瀬はごにょごにょと呟く。
「…………ホローズ。ダンジョンを、こう、掘り進めるイメージで……」
「……」
「……」
「……」
「念のために聞くけど、それって『掘ろうず』ってこと?」
三人は思った。
もぐもぐズと、たいして変わらないじゃないか……と。
「と、とにかく。チーム名も無事に決まったことですし、ダンジョン探索に向けて準備しましょう!」
「そうだね! 来週の週末に、記念すべき初アタックだからね!」
「準備とかあるの? めんどくせーなー」
「今度は不法侵入じゃないからね。学校を通して迷宮省に探索計画書を出して、許可をもらうんだ」
「めんどくさ! 夢がねぇよなぁ……」
「わかるっ!」
アカリは大きく頷く。
そう、とても面倒くさい。
万が一遭難したときのためにも、計画書を提出しておくことは大事なのだけれど、面倒くさいのだ。
ばっくれたい、事務作業ぜんぶ、ばっくれたい!
「とか言いながら、結局アカリがちゃちゃっと書いてくれたけどね」
「うっ」
「口ではウダウダ言ってるけど、優等生だよな。いっけすかねー」
「うぐっ!」
「タロー! そうじゃないだろーがよ、こういうときは何て言うんだ?」
「はひゃっ!? あ、あ、ありがとう」
レイにほっぺたをグニグニされて、北加瀬が悲鳴をあげる。
「ど、どういたしまして」
正直、北加瀬の言うことは本当なのだ。
机の上には、ほぼ出来上がっている探索計画書。
アカリが昨日、一人で仕上げたものだ。
文句を言いながらもルールは守る。それが溝口アカリという人間だ。桔梗に背中を押されるまでは、公式ダンジョンに足を踏み入れることができなかっただけはある。
「でもこれ、すごいよくできてるな」
と、北加瀬。
レイが大きく頷く。
「その……実は、趣味が架空のダンジョン探索計画書を作ることでして……こう、書き慣れてるといいますかぁ……」
赤面。いつだって準備だけは万端だ。
ちょっと昔の言い方だと、耳年増とも言ったりして。
「すげーじゃん! さすが部長!」
「え? ふぇ? ぶ、部長!?」
「部活立ち上げたんだから、部長だろ?」
「うえぇえーーー!! 部長!」
部長。
なんて甘美な響き。
アニメとか漫画だと、だいたいいい感じに注目されるサブキャラだったりする。って、いやいやいや。こちとら、いつだって
でも、そもそも。
「……部長って、何するの?」
アカリは嬉しはずかし、部活バージンなのだ。
「事務作業とか?」
「教師との面倒くせぇやりとり」
「あとは……みんなのまとめ役、です」
「今やってるようなことかー」
「はい、そういうことになりますね……」
桔梗が、こくんと頷く。
「あの、その……アカリさん」
「はい、なんでしょう」
「アカリさんが、部長だと……私も、その、安心です」
「桔梗せんぱい」
「去年、部活がなくなっちゃって……私、落ち込んでて。でも、アカリさんなら……ダンジョン探索部、よくしてくれる気がするんです」
うるる、と上目遣い。
小動物パワー、恐るべし。
「ふ、ふふ……任せてくださいよ、せんぱい!」
アカリは仁王立ちして、胸を張る。
誰かが頼ってくれると、頑張れる。そういうタイプだ。
誰かに褒められたい、誰かに頼られたい。
アカリは、いつだってそういうことを望んでいる。
来週は、記念すべき初ダンジョン探索だ。
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