7話「4人目は、女装男子」
◆◆◆
「魔力素結晶……! やっぱりあいつら……」
北加瀬太郎は、林間駅東口近くの自動販売機の影で「ぐぬぬ」と唸っていた。
その視線の先には、クラスメイトの溝口アカリと夢見ヶ崎レイ、そして見知らぬ少女がいる。見知らぬ少女は、小柄な北加瀬よりもちっこい。
スマホを取り出して、カメラを起動する。
録画だ。魔力素結晶の不法所持は犯罪である。
北加瀬にとって、そんなことはどうでもいいのだ。
けれど、腹に据えかねることがあった。
──彼が浴びるべき賞賛を、彼女たちが攫っていった。
「……僕の
北加瀬太郎は地味な男だ。目立たないし、根暗だ。
迷宮適応指数も、ランクC。中途半端すぎる。
ダンジョン探索なんて、キラキラした夢を語ることすら許されないような人種だ。
だからこそ──自分が紡いだ
俯いて、目を閉じる。
北加瀬が呟いた、その時。
「おっす!」
「……へっ?」
声をかけられた。
顔を上げると、カメラの先にいたはずの少女たちが目の前に立っていた。
「盗撮はいただけないぜー?」
「わ、おい! 返せよ、僕のスマホ!」
夢見ヶ崎レイ。
うるさくて、明るくて、ガサツな金髪ポニテのヤンキー。北加瀬の一番嫌いなタイプの人間だ。悩みのひとつもないような顔をしやがって。……なんで赤ん坊をおんぶしているのかは知らないけど。
「返すけどさー、盗撮はダメだろー」
「だめなんだよねー」
「ねー」
と、レイの後ろから顔を出したちびっ子たち。
「な、なんなんだよお前たち……」
どうしてバレたんだ?
慎重に跡をつけてきたのに。
驚いて尻餅をついた北加瀬が、あわあわとしていると。
「えっと、北加瀬くんよね? こんにちは……?」
「げっ!」
溝口アカリ。
優等生気取りの女──品行方正で、いい子で、先生とクラスメイトの覚えがめでたいやつ。教室の中心。
そのくせ、これみよがしに自分に話しかけてくる女。
「……わざとらしい笑顔やめろよ、くそ」
ぼそりと吐き捨てる。
「わ、わざとらしい?」
「そうだよ、わざとらしくいい子ぶりやがって……」
「……」
「知ってるんだ、お前だろ。多摩川
「え?」
「僕みたいな陰キャのことなんて、お前は……」
ああ、まただ。
明日から教室で、北加瀬の居場所はなくなる。北加瀬は唇を噛んだ。
きっと、優等生はヘラヘラ笑ってこの場を離れる。
そして明日から、教室で復讐を始めるのだろう。
けれど、溝口アカリから出てきた言葉は予想とはまったく違っていた。
「……ど、どうしてわかったの! え、見てたの!?」
目を輝かせて。
北加瀬に食いついてきたのだ。
「は?」
「ダンジョンに興味あるの? それとも私のファン? ねぇねえ、北加瀬くん!?」
「な、なんだお前!?」
思っていた優等生と違う。
なんだ、こいつは。
「ああ。そのことなー」
レイが背中の赤ん坊をあやしつつ、なんでもないことのように言う。
「そいつが、パピよん??だよ」
「へ?」
「え?」
「……は?」
その場が凍った。
自動販売機の影に追い詰められて尻餅をついている北加瀬が、わなわなと唇を震わせる。
「な……な、なんで」
そう。
人気魔導書作家、パピよん☆。
現役女子高生で、謎の美少女。
ダンジョン内で利用できる高品質の
その正体は──
「なんで、お前がそれ知ってんだよ!」
北加瀬太郎、その人だった。
「えええええええー!!」
「わ、パピよん☆さんって、あの……!」
「ど、どういうこと、北加瀬くん!?」
絶句する北加瀬をよそに、アカリと桔梗が目を見開いた。
終わった。
女装がバレた。パピよん☆はもうおしまいだ。
そう、思っていたけれど。
「すごいっ!!!」
「へ?」
「こんな近くにパピよん☆が、あの魔導書作家がいるなんてさ……すごいよ!」
「パピよん☆さんのチュイッター、見てます……すごく可愛くって……まさか男の子なんて」
「は? え、おい」
呆然とする北加瀬の手を、アカリは掴む。
「ねぇ!」
アカリは興奮していた。
「一緒に、ダンジョン探索部やろうよ!」
だって、ランクAの迷宮異能者に超有名な魔導書作家。
アカリが思い描く、キラキラした高校生活……それに相応しいメンバーが目の前にいるのだ。
木月野桔梗に出会った……いや、ダンジョン前でずっと立ち尽くしていた背中を(物理的に)押されたその瞬間から、すべてが動き出している。
胸が高鳴る。輝かしい未来への発進。
そんなアカリの笑顔に、北加瀬太郎は。
「……え?」
呆気に取られていた。
「僕と、一緒に? え? ダンジョン探索?」
「うん! 今ね、ダンジョン探索部立ち上げたくてメンバー集めてるの……って、こないだの授業でも言ったけどさ」
「ああ、うん。そういえば、そんなこと言ってたな」
「でも、全然集まらなくてさ」
「優等生が言ってるのに?」
「うん」
アカリは言う。
「優等生って、チヤホヤされるけど友達は少ないんだよ」
てへへ、と笑って。差し伸べた手をさらに北加瀬のほうに突き出してくる。
「だからさ、お願い。一緒にやろうよ、ダンジョン探索部!」
「……」
「
「あ、その」
興味はある。
けれど、
探索者になったってパーティになんて馴染めない。そう思っていたから、諦めていたから。
せめて、自分の作った
「……興味、ある」
北加瀬はアカリの手を取った。
「よっしゃ!」
アカリは笑った。
これで──四人、揃った。
善は急げということで、ハンバーガーショップでダンジョン探索部の創設届を書いた。
「アカリちゃん、よく用紙持ってたね」
「ふふふ、ほぼ毎日、梶ヶ谷せんせに突っぱねられてたからね。鞄にスペアを三十五枚入れてあるのです」
「……お前、馬鹿なのか?」
「馬鹿じゃないよ!?」
「それはいいけど、金は払ってもらえるんだろうな」
「はい。明日には用意できるかと……魔力素結晶、渡してください」
レイがポケットから結晶を取り出して、桔梗に渡した。
「……これからたくさん稼がなくちゃ、ですね」
ぎゅっと、魔力素結晶を大切そうに握りしめる桔梗。
「はー、しかし、学校が統廃合ねぇ。信じらんねぇや」
レイが肩をすくめる。
両脇に座った弟妹ズは、ポテトを食べ終わって暇そうにしている。
その横で、北加瀬が震えた。
「……桜花園高校とか……最悪だ……絶対に不良にイジメられるに決まってる……」
「さっきから弱音ばっかだな、あんた。イジメられたらやり返せばいいだろ」
「それは、強者の奢りだ……」
「はぁ? 知らないけどさ、だったらウチに頼りな」
「え?」
「あんたができねぇなら、ウチがやりかえしてやるよ」
「……夢見ヶ崎……」
「百万でな!!」
「金取るのかよ」
「ったりめーだし。稼いでるんでしょ、パピよん☆」
「その名前で呼ぶな。……っていうか、そうだよ!」
「ん?」
「なんで、お前が僕の秘密を知ってたんだよ!」
食ってかかる北加瀬に、レイはあっけらかんと返答した。
「へ? だって、パピよん☆のチュイッターとかリンスタ見れば、お前だってわかるだろ」
「……は?」
「化粧上手いけど、お前もともと顔可愛いしさ。入学式でわかったぜ、『うわ、同じクラスにパピよん☆いるじゃん』って」
「う、嘘だろ……」
「マジマジ。それにお前、いつも魔導書の勉強してるし、頭いーしさ」
ぽかん、とする北加瀬。
まさか、金髪ポニテのヤンキーから手放しで褒められると思っていなかったのである。
「……むぎゅ、うぐ」
モジモジする北加瀬。
アカリは閃いた。
ここだ。
ここが、押しどころだ。
「あの、北加瀬くん。私、パピよん☆のファンなんだ」
「あ、はぁ、ども」
ぱちくり、と北加瀬が目を瞬かせる。
「パピよん☆って、もともとダンジョンに憧れてたんだよね」
「……あぁ、そうだよ」
「でも、六歳のときに測定した迷宮適応指数がランクCで……少なくとも、トップ探索者にはなれないって、大人たちに言われて……」
「ああ、そうだ」
だから、北加瀬は魔導書のプログラミングを学んだ。十才になる頃には魔道書を自作するようになり、魔導書作家『パピよん☆』として活動を始めた。
「せめて、俺の魔導書が……ダンジョンで活躍して、褒められてほしいから」
「うん」
北加瀬に手をさしのべる、
ずっと、たった一つのダンジョンでドブネズミを倒し続けていたアカリ。
たぶん、多摩川
ちやほやされたい、みんなから褒められたい。
でも――優等生の仮面は外せない。
みんなから隠れて、毎日毎日ドブネズミを倒しまくることしかできない。
迷宮異能を持たない自分なりの戦い方を考えて、死ぬほど努力はしてきた。
でも――その努力の結果を、確かめるのは怖かった。
1人じゃ、無理だ。
それが、アカリだ。
「私も、そうなんだ」
だから、ダンジョン探索部が必要だった。
「ねえ、一緒にダンジョン探索部やろう」
「……」
「パピよん☆が仲間なんて、心強いよ」
「……」
「……な、なんで。キモくないのかよ、女装だぞ? お、オカマだぞ?」
異性の装いをする人間を揶揄する者は多い。
北加瀬は、美少女としての称賛や付加価値を利用した。
けれど、なんらかの誹りを受けるのは避けたい――怖いのだ。卑怯だけれど、それが本心。
俯く北加瀬に、アカリは言う。
「キモい? そんなわけないじゃん」
「え?」
「可愛いって褒められたくて、チヤホヤされたくて、一生懸命可愛くなる――それ、私も同じだよ!」
美少女。
秀才。
才色兼備。
――全部、アカリが欲しいと思って手に入れてきたものだ。
ギリギリ「あざとい」にならないラインを攻めたリボンシュシュも、すらりとした足も、微調整を重ねたスカート丈も。
「いくらだって可愛いは、作れるんだから!」
「……っ」
北加瀬は、アカリの手を取った。
「……今はパピよん☆としては活動できない。俺は、北加瀬太郎……それで、よければ」
「やったーっ!」
アカリが飛び上がる。
桔梗は小さくガッツポーズをする。
夢見ヶ崎は――北加瀬に親指を立てて見せた。
「ダンジョン探索部、復活だねっ!」
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