6話「待ち人、子育てギャル」
◆◆◆
「なんで来ないんだろ……」
はわわ、とアカリは頭を抱える。
待ち合わせ場所に指定した、林間駅東口。樹学院の最寄り駅だ。
アカリと桔梗は「はふん」とため息をつく。
「来ないねぇ」
「来ないですね……」
夢見ヶ崎アカリが、やってこないのだ。
「やっぱりダメかぁ」
「わかりませんよ、まだ待ち合わせ時間から四十七分しか経ってません」
「多くの場合それは『ダメ』だよ、桔梗センパイ……」
もう一時間弱、林間駅東口に立っている。
今日も隙なく可愛いアカリをちらちら見ている道ゆく生徒たちの視線を感じながら、アカリは「むーっ」と頭を抱える。
「……学校、廃校になるなんて思ってないんだろうなぁ」
みんな、笑顔で下校していく。いや、もちろんズーンとした顔の生徒だっているけれど。でも、自分の入学した学校が来年にも別の高校に吸収されるなんて思ってもいないだろう。
「……あれ? ねえ、アカリさん」
「え?」
「あそこにいるの、夢見ヶ崎さんじゃないですか?」
桔梗が指さした先には、金髪ポニテのヤンキーがいた。
けれど、一人ではない。
背中に幼児をおんぶして、両脇にもう少し大きい子どもを連れている。男の子と、女の子。背中の幼児の性別はわからない。爆睡しているのだ。ぷっくりしたほっぺたが、柔らかそうだ。
アカリがポカンとしていると、
「……おう、待たせた?!」
レイが遠くから声を張り上げた。
「遅れて悪ぃな、お迎えの時間があったから」
「その子たちって……」
「見れば分かるだろ、妹と弟と妹だ。ほら、お前ら挨拶だぞ。こーんにーちはー!」
「わー!」
「わー!」
幼児たちがきゅるきゅるの瞳でアカリを見た。
なるほど、レイに顔だちが似ているきがする。
「れいねーちゃんのおともだち?」
「友達かは知らねぇけど、同じクラスだ」
「えっ、小さい子の前では『友達』って言っておこうよ!」
「は? そんなウソついてもしょーがねーだろ。ってか、友達の定義って何よ?」
「は、はぁ……」
「フワッとした話なんだから、ウチが思う通りに弟に伝えただけだし」
アカリは呆気に取られてしまった。
豪速球の正論すぎる。
「で?」
レイは本題に切り込んだ。
「例のアレを売れるって、本当なのかよ」
魔力素結晶のことだ。
「足がつかないように売り捌くの、わりと手間かかるんだけど」
「売ったことあるの!?」
「小さいカケラだけどな。あんな大物だと、ちょっと気ぃ使うわ」
レイは肩をすくめる。
背負っている幼児がぐずったので、レイはそのままシームレスに膝のバネを使ってあやす動きに切り替えた。熟練の動きである。よちよち。
「ほいほい、どうちた。泣くな泣くな?」
「……」
「何?」
「いや、えっと……慣れてるんだなって」
「ったりめーだよ。毎日、保育園に送り届けて迎えに行ってメシ食わせてんだから」
「え?」
「……毎日眠くてしかたねぇわ」
アカリは、「はっ」と息を呑んだ。
「……遅刻とか、居眠りとかってもしかして」
「別に。こいつらのせいじゃねーから」
レイはきっぱりと言った。
「だから手っ取り早く稼げるバイトがしたいんだよ。こいつを売れるなら、売りたい」
レイがポケットから取り出した虹色に光る魔力素結晶。
ちびっ子たちが「きれー!」とはしゃぐ。
「売れます、よ」
桔梗の声に、レイが反応する。
「マジで?」
「はい。マジです」
大きく頷く桔梗。
「ただし条件があります」
「……条件って、まさか」
「三つあります。ひとつめ、ダンジョン探索部を立ち上げたいと思っています。その部員になってください」
「……部活」
「ふたつめ、部活にするためには生徒が四人必要なんです。あと一人を探すの手伝ってください」
「……三つ目は?」
「はい。みっつめの条件は……その、えっと、抱っこしてもいいですか?」
「は?」
「あ、その、妹さんと弟さん……」
「……どうする、お前ら?」
顔を見合わせたちびっ子は、
「「いいよー!!」」
元気に桔梗に飛びついた。
「うふふ……子どもの匂いですぅ……?」
ちびっ子二人を変わるがわる抱っこして、ご満悦の様子だ。
ちびっ子たちも、ちっさいお姉さんに抱っこされてご満悦。
「おねーさんは抱っこしてくれないの?」
「え?」
夢見ヶ崎妹がキラキラの目でアカリを見上げる。
「おねーさん、抱っこしてー」
夢見ヶ崎弟が追撃してくる。
「え、ええ」
アカリは戸惑った。
自分よりも小さい子と関わったことがないのだ。
「きれーなおねーさん、だっこだっこー!」
「マッカセローー!!」
「きれーな」という慣用句一つでアカリは陥落した。
そうだろうそうだろう、毎日スキンケアに余念がない十五歳は綺麗だろう。
アカリのきれーは、努力の賜物なのである。元がいいのは、ちょっとはあるけど。
「……」
その様子をじっと見ているレイが、大きくため息をついた。
「部活、ねぇ……忙しいんだよ、ウチ」
「もちろん、ただとは言いません」
「ん?」
「その魔力素結晶を売ったお金は、半分こしませんか。六割が夢見ヶ崎さんでもいいです」
「は? おいおい、手数料取るのかよ」
「それでも、数百万円にはなりますよ」
「はい」
桔梗は頷く。
「……夢見ヶ崎さん、お願いできませんか?」
レイは黙り込んだ。
不機嫌なのかそうじゃないのか、わからない表情。
「ダンジョンねぇ……どうして、どいつもこいつもダンジョンなんかにご執心なんだか。あんなとこ、金稼げなきゃ入らねぇのに」
お金。
大きいことも小さいことも解決できる、お金。
アカリがみんなにチヤホヤされたいと渇望するのと同じように、お金を渇望する人もいるだろう。
むしろ、アカリがお金に執着しないでいられるのは、経済的に恵まれているからだ。
母、茜がダンジョン探索で稼いだ遺産はかなりの額で、さらに洋介が父親としてせっせと大学事務局や各種原稿や講演会の仕事をこなしているからこそ、アカリは伸び伸びと過ごせるのだ。
たぶん、レイはそうではない。
「……わかった」
「っ!」
「ダンジョン探索部に、名前を貸してやる。もうひとりっつーのも、心当たりあるし」
「おおお!!」
「ただし! 活動に参加するのはウチの気が向いたらね」
「もっちろん!」
アカリは頷く。
すごい。
アカリがずっとできないでいた、ダンジョン探索部の立ち上げがすぐそこにある。
しかも、ランクAの迷宮異能持ちがメンバーなんて。
まるで夢みたいだ。
「よ、よろしく。夢見ヶ崎さん!」
ちびっこたちに抱きつかれながら、アカリは頭を下げた。
「……それで、四人目の心当たりって?」
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