2話『はじめてはいつも突然に』
優等生には、裏がある。
それはもちろん、溝口アカリにも。
「うおぉらああぁぁあ!!」
どぉおぉん……という重苦しい地鳴り。
土埃。轟音。
ベッドタウン鷺沼、アカリの親戚の家には小さなダンジョンがあった。
迷宮省に届け出をし、極小ダンジョンということで私有地で管理されている鷺沼
全二階層、たった四部屋しかないダンジョンだ。
その
Fランク──つまりは、異能を有さない凡人。
第三世代の特別な子どもたちが、新しい人類として持て囃されている中で取り残された存在。
「うぉらあああっ!! 三百八体目ぇっ!!!」
小さいながらも特異性の高いこの
それがこの隠し部屋の特性だ。
なお、持ち主の親戚にも、迷宮省にも、この部屋のことは申告していない。
本当はいけないのだけれど、これくらいの不正は許してほしい。だって、アカリは正規のダンジョンには潜れないのだ。
それに、この部屋で無限に湧いて出てくるちょっとデカめのドブネズミみたいな
通常の探索者パーティであれば、この部屋をそうそうに封印して安全圏としてしまうだろう。
ダンジョン内の安全圏を広げると、迷宮省からボーナスが出るし。
だから、アカリは隠し部屋への道を、誰にも言わずに独占した。
ひとつには、アカリがこの非正規のダンジョンに潜っていることがおおっぴらになると面倒だという事情がある。
それと、もうひとつ。
「でりゃああああ!!!」
ドブネズミが吹っ飛ぶ。
そう。
ここは──
「ふぅ、スッキリした!」
溝口アカリの鍛錬の場(※ストレス解消の場)なのである。
Fランクという、迷宮異能を持たない第三世代。
けれど、第三世代全員が等しく持っている迷宮からの恩恵──魔力素による超自然回復と、身体強化だけは幸いにしてアカリも持っている。
トップランクの探索者と比べれば、「それだけしか持っていない」のだけれど。
「……それでも、私はやれるんだよ」
殲滅戦により、一時的に静寂の訪れた隠し部屋でアカリは呟いた。
自分はやれる。
そう思ってはいるけれど……この小さなダンジョン以外には、足が向かない。
もしも、通用しなかったら?
そう思うと、足がすくむ。
……でも。
「部活、やりたいよ」
仲間と一緒にダンジョン探索。
目立って、チヤホヤされて、楽しい青春。
……Fランクだからって、私は、私の青春を諦めなきゃいけないのかな。
アカリは思う。
「……絶対、嫌だよ」
そんな、寂しいことは。
◆◆◆
私立・樹学院のある神奈川県からほど近い、東京都の端っこ和泉多摩川
その前に、アカリは立っていた。
東京と神奈川の県境にある、多摩川
最大級最難関の東京
「右よし、左よし」
アカリは左右を見渡して、ひとり親指を立ててイイネをする。
背中には、探索道具を詰め込んだ大きなリュック。
時刻は16時24分──アカリが調査して突き止めた、光り輝く
「よし、行くぞぅ!」
どきどき。そわそわ。
けれど、ダメと言われればもっとやりたくなるのが、女の子という生き物なのだ。
アカリは中学入学前から、「修行」と称して近所の小さなダンジョンに忍び込んでいた。くる日もくる日も、ドブネズミをぶっ飛ばし続けていた。
高校入学後、三ヶ月。
ダンジョン探索部が作れないなら、もういい。
この多摩川
本当であれば、ダンジョン探索の様子をイ●スタとかにアップしたい。それでめっちゃイイネを集めたい。美少女ダンジョン
「くそう……ダンジョン探索部さえあれば、こんなコソコソしなくていいのにさ……」
アカリは唇を噛み締める。
Aランク、Bランク以下の迷宮内異能者は、二十歳になるまではダンジョン立ち入りを禁じられているのだ。あなくやしや。
六歳のときの検査で高ランクの迷宮適応指数を持っているとされた子ばっかりがダンジョン探索しまくっていて、それ以外の人間にはチャンスすらない。
……で。
その例外が、部活動なのだ。
高校生の健全なる部活動として、ダンジョンの中でも探索が進み安全が確立されているいわゆる『低難易度階層』を探索する──それならば、合法的にダンジョンに潜ることができるというわけだ。
迷宮省の儲けたガイドラインによれば、四人以上のパーティのうち一名までは迷宮適応指数がFランク──いわゆる、無能力者も同行できることになっている。
「まぁ、私以外の三人は少なくともEランク以上じゃなきゃいけないんだけどね」
呟いて、アカリは左腕をそっと撫でる。
そこには生まれつき刻まれた紋章が赤く浮き上がっている。
なかなかにファンタジーな見た目に反して、それはアカリにとって呪いのようなものである──その紋章は、アカリの迷宮適応指数が非常に低いことを示しているのだ。
そう。
溝口アカリ。
誰よりも、ダンジョン探索に憧れる女子高生。
彼女は、迷宮内異能を持たないFランク能力者である。
無能力者。
ソロでのダンジョン探索。
数年前からのアカリの日課だ。
けれど、今まではずっと近所の鷺沼
――一歩を。
あと一歩を踏み出す勇気が、持てないのだ。
たった1人で、ダンジョンに潜る勇気が。
――でも、今日こそは。
◆◆◆
和泉多摩川
光り輝く門の前に佇む溝口アカリを、じっと見ている人影があった。
「……」
切り揃えられた黒髪に、一筋の白髪。
アカリと同じ、樹学院の制服をまとった少女。
樹学院高校、二年風組。
学校を出てから、ずっとアカリの後をつけてきていた。
見つかっていたら、確実にストーカーとして警察に突き出されていたに違いない。
「すー……はー……」
桔梗の小動物じみた見た目は、どこからどう見ても中学生にしか見えない。
けれど、彼女はれっきとした十七歳である。
どきどきと高鳴る心臓を押さえて、桔梗は一歩を踏み出した。
「あ、あのぉっ」
声がひっくりがえった。
普段、桔梗が他人に声をかけることなんてない。
溝口アカリ。
一年生の、女の子。
きれいな朱色の髪に、すらりとした手足。
ちんちくりんな自分とは正反対の、女の子。
「あ、あああのぉっ!」
振り返らない少女に、桔梗は必死に声を張り上げながら走る。
とてとてとててて。
鈍臭い足音。
アカリが、思わず振り返った。
「へ? やばっ、学校の人!? うわ、見つかった!」
「あの、あの、あのののの」
焦るアカリ。
走る桔梗。
「あの、お願いです! わたしと一緒に、ダンジョン探索してくださぁあぁい!」
「……え?」
前のめりで走りながら、桔梗は叫んだ。
不法侵入を見とがめらられたと思い逃走準備をしていたアカリは、「一緒にダンジョン探索」という言葉に、足を止めた。
そして、事件は起こる。
ドゴッ!
「うきゃっ!」
「あっ……」
二人の少女は、激突した。
……いや、何か心理的な比喩などではなく。物理的に、衝突したのである。
勢い余って落ちていく先は、多摩川
門の先に広がっているのは、『城状ダンジョン』と呼ばれる、どこまでも続く廊下と無数の部屋で構築されるダンジョンである。
「うわああぁ」
「きゃーっ!」
こうして事故のような(実際に事故以外の何ものでもない)きっかけで、溝口アカリと木月野桔梗の初ダンジョン探索は始まった。
のちに、最強の現役女子高生探索者と呼ばれる二人の出会いである。
◆◆◆
多摩川不明迷宮、第四層。
白と黒のチェック柄の廊下がどこまでも続く、不気味な空間。
廊下に並ぶ扉の中でも、一際大きな扉の奥。
大広間、と呼ばれる空間に大咆哮が響き渡っていた。
『GYAAAAAA!!!』
声の主は、身長二メートルほどの巨大なトカゲである。
なお、不完全な二足歩行で甲冑を着用している。
「リザードマンだ、総員攻撃態勢!」
日本ランク五位の探索者パーティ『ドリフター』のリーダー篠田が叫ぶ。
四十歳半ばの元登山家の男だ。
第一世代探索者で、ダンジョンがこの世に出現してすぐに探索に乗り出した命知らずのうちの一人。
「こいつらに手こずって、長らく探索が行き詰まってたんだ……今度こそ!」
リーダーの声に応えるように、サブリーダーの女、廣瀬が叫ぶ。
「これで失敗しちゃたまらないよ、超有名作家パピよん☆が出してる
「あぁ、さらに高校生に法外な小遣いを払ってAランク迷宮異能者を雇ったんだ。絶対に失敗できねぇ!」
パーティメンバーが、それに追随して大きく頷く。
その後ろには、パーカーのフードをまぶかにかぶった少女が立っている。
「うす」
実にやる気がなさそうに、ポケットに手を突っ込んだ棒立ちのまま口の中の飴玉を舌で弄んでいる。
「ウチは戦闘には参加しない、って約束は守ってもらうからね」
少女は言った。
「ああ、そのために攻撃用の
篠田が叫びながら、リザードマンに向かって魔導書を発動する。
まるで魔法陣のようなコードが空中の魔力素に反応して展開し、魔導書が正常起動した。
ダンジョンの中に存在する魔力素という物質に働きかける特殊な文字列を印刷した紙によって、迷宮内異能を持たない者でもダンジョン内で特殊能力を発揮できるようになる。
とはいえ、紙は一回ずつの使い捨てだ。
「うおおおお! 喰らえ!」
べり、と
それにならって、廣瀬とモブメンバー二人が手元の
破ったページが、魔法陣のようなコードを吸収し、発火する。
迷宮内に現れる、
魔力素を用いた兵器でしか戦えないのだ。
放たれた魔導書のページが、眩い炎をまとい標的に向けて飛んでいく。
『GYA!!!』
着弾。リザードマンが叫ぶ。
炎に焼かれた鱗が逆立ち、内部の白っぽい肉を晒した。
「お、やるじゃん」
パーカーの少女が、舐めていた飴玉を噛み砕く。
魔導書を使った戦いは、探索者側の有利に進んだ。
厨二心をこちょこちょ擽るギミック満載のアイテムだが、第一世代の元登山家である篠田にとっては、ただの便利道具なのである。
人気魔導書作家パピよん☆の発行物の特徴として、説明書に『専用詠唱』というカッコいい呪文集も付属している。
だが、「第一世代および第二世代が利用する際は、詠唱をしなくても効果に大きな差はありません」という一文があるおかげで、かっこいい呪文は唱えられることはない。
「きいてる! ロギアを倒せるぞ!」
「よし、ついに第四層攻略の糸口がつかめたぞ!」
多摩川
リザードマンという、単純ながらも知性のある動きをするロギアに阻まれて遅々として攻略は進んでいなかったのだ。
Aランク、Bランクの第三世代のエリートたちは近隣にある世界最大規模の東京
「うおおぉ、押せえぇ!」
立ちはだかるリザードマンは、三体。
すでに一体は、『ドリフター』の猛攻によって膝をついている。
Aランクの高校生を助っ人として雇うほどでもなかった。
篠田は確信して、メンバーを鼓舞する。
多摩川不明迷宮、第四層突破の名誉はすぐそこだ。
「行くぞおぉおぉ!」
──しかし。
ずどん、という足元が崩れるような衝撃とともに、彼らの絶望が目の前に現れたのだ。
「…………うそ」
廣瀬が目を見開く。
元フランス外国人部隊所属という、戦闘のプロとしての彼女の勘が叫んでいた。
逃げろ。勝てない。
『──GYAAOOOOOO!!!』
レッドドラゴン。
燃えるように赤い表皮。象よりでかい体躯。
東京不明迷宮の第十一層にしか存在しないとされている、最凶最悪の
殺戮者の王たる巨大トカゲが、リザードマンを従えて咆哮した。
篠田は退避命令も忘れて、その威容に腰を抜かす。
「やばい──」
◆◆◆
「──やばすぎるでしょ、タックルって」
アカリはぷくーと頬を膨らませた。お正月のおもちも顔負けの、つるつるモチモチの自慢のほっぺたである。
「いてて」
「大丈夫ですか?」
ダンジョンに転がり込んだときに擦りむいた膝をさする。
「大丈夫……きた、超自然回復」
みるみるうちに、血が出ていた擦り傷が塞がる。
ダンジョンの魔力素が第三世代に与える恩恵、超自然回復だ。
このおかげで、即死レベルの傷でなければ第三世代がダンジョン内で死亡することはないと言われている。
まぁ、ダンジョンの怖いところは、深層であれば『即死レベル』の怪我が普通にあり得るところなのだけれど。
「は、早いですね!? あの傷だと、一分くらいかかると思いました」
「ま、まぁ鍛えてるからね!」
アカリは鷺沼
迷宮異能を持たないランクFのアカリにとっては、頼れるのは第三世代全員が与えられる恩恵だけなのだ。
「鍛える……?」
「うん、迷宮内で腕とか足とかザクザクっと……」
カッターで切って……と言いかけて口をつぐむ。
さすがに引かれる気がした。
アカリの長年のボッチ修行の経験では、使えば使うほど超自然回復の力は高まっていくのだ。日々、ダンジョン内でドブネズミをボコボコにしながらリスカを繰り返した結果、今のように意識したら瞬時に完治するようになった。
「わ、私のことはいいから! そう、あなた、なんなの、あなたは!」
優等生ムーブがひょっこり顔を出す。
いきなりタックルしてきた同じ学校の生徒を睨む。
「ご、ごめんなさい……でも、どうしてもお話ししたくて」
少女は顔も見えないくらいに俯いて、平謝りした。
ここにとどまっていても仕方がないし、と多摩川不明迷宮のお城の廊下っぽい内部をぽてぽて歩く。
「反省してよね……はぁ……完全に方向を見失った……」
アカリは頭を抱える。
アカリが背負っている大きなリュック。たしかに完璧な冒険セットだ。
しかし。肝心なものがない。
勢い余って転がり込んだせいで、持ってきていた地図を落としてしまったのだ。
さらには方向感覚を失ってしまい、要するにアカリたちは今、ダンジョン内で最悪の状況に陥っている。
そう、迷子である。
「っていうか。ここ、どこだろう……出口はどこだろう……」
やべぇ、とアカリは焦った。
遭難してしまったらどうしよう。
無許可でダンジョンに特攻したあげくに、行政の手を煩わせて救助されました……なんて格好悪すぎる。
そんなことになれば、ダンジョン探索部でのキラキラした青春は夢のまた夢だ。
「すみません、私のせいで……」
アカリよりも小柄な少女がうなだれれて、にょもにょと言い訳を並べる。
「でも、えっと、時間がなくて……ずっと話しかけるタイミングを計ってて」
「だからって、タックルは……」
「本当にごめんなさいっ」
ぺこん、と頭を下げる謎の猪突猛進少女。
「あの、溝口アカリさん……あの、お願いがあるんです」
「ん?」
「ダンジョン探索部、私と一緒に立ち上げてください!!!」
「うぉっ」
階層に響き渡る大声で少女は叫んだ。
アカリは驚いて、やっと少女のことをまともに見て──「はぇ?」と間抜けな声をあげる。
アカリは「はわわ」と口に手を当てたキュートなポーズでうろたえる。
こんなときに、何を可愛こぶっているんだという内声をぶん殴って、アカリはキュートなポーズをとった。
なぜなら。
この同じ高校の少女──めちゃくちゃ、かわいいのである。
切り揃えられた黒髪に、前髪にひと房の白髪が特徴的だ。
ぷっくりとした頬に、中学生になりたてのような体格。なのに、全体としては丸みを帯びて柔らかそう。
制服の着こなしやヘアスタイルのせいでかなり地味な印象なのと、自信なさげな猫背のせいでパッと見の華やかさはアカリには及ばないが──紛れもない美少女だ。
かわいい。めちゃくちゃ、かわいい。
(ひぇえ?! どうしよう、モテ期か! ついに溝口アカリにモテ期がきたのか!?)
アカリは狼狽えた。
アカリはキュートで賢い女子高生である。
学校では優等生といえば溝口と言われるほどに(※アカリの予想)、真面目で素敵な女子生徒をやっている。
そんな溝口アカリは、女の子が好きだった。
ぷにぷに可愛い女の子が、大好きだった。
(美少女とダンジョンで二人きり……これはなんというシチュエーション!)
……ごくり。
「こいつは大変なことになった……」
「……溝口さん?」
「なんでもないですっ! うっかり声に出てました!」
小首を傾げてアカリを見つめる少女。
かわいい。「きゅるん」って音が聞こえる。
さらにアカリを喜ばせたのは、少女がアカリの好みドストライクの美少女だったというだけではない。
「これは……人気上位狙えるで!」
彼女はダイヤの原石だ。
これ、磨けば探索者人気投票サイト『シーカーランカー』でバズれるポテンシャルを持っているで。
アカリは思いがけず現れた協力者に、にっこりスマイルを浮かべたのだった。
(くっふふ、これはツキが回ってきてるぞぅ)
アカリは迷子の身の上も忘れて、すっかりゴキゲンだった。
「よろしくね! えーと」
「……木月野桔梗、です。二年風組の」
「ん? にねん?」
「はい、二年」
「……。年上!?」
どう見ても中学生にしか見えない。
樹学院高校の制服を着ているから、まぁ小さい高一なのかなと思っていたのに。
まさかの、先輩だった。
というか、その名前。
「木月野桔梗って……もしかして、元ダンジョン探索部の?」
「は、はい」
昨年、樹学院のダンジョン探索部にいたメンバーは大体覚えている。
ほぼ全員が他校やプロに引き抜かれた、と言われていたけれど。
でも、たしか木月野桔梗って。
「……ランクEの?」
「は、はい」
樹学院のダンジョン探索部は、普通科高校にも関わらずランクB以上のメンバーが多かった。その中で唯一、低ランクの
それが、木月野桔梗だった。
「そっか、なるほど」
彼女は、
「うぅん、こっちはランクF、そっちはランクE……」
正直、やや不安だ。
この多摩川
「とにかく、よろしくお願いします。アカリちゃん」
「よ、よろしくお願いします……桔梗センパイ」
慌てて優等生スマイルを浮かべようとする。
しまった、年上か。
学校において、先輩後輩というのは絶対だ。うっかりタメ口をきいてしまった。
「あ、あの、改まらないで大丈夫です」
「はぁ」
「さっきまでみたいな感じで! ぜひ!」
「あ、はい」
「センパイってよりも、部活の仲間ってかんじで!」
「お、おっけー」
「はい、その感じで!」
ぐっ、と親指を立てた。
おとなしい見た目に反して、なかなかファンキーな先輩のようだ。
「な、なんなんすか、あなた」
アカリは気づいた。
この子の前では、学校で被っている優等生の仮面を少しだけ脱いでいた。
一度被っても、どういうわけかすぐに脱げてしまう。
学校では親戚でもある梶ヶ谷しか知らないはずの、アカリの素顔。
傍若無人の目立ちたがり。
新しいもの好きの無鉄砲。
そんな自分を、躊躇いもなく剥き出しにしてしまっていた。
(うあぁあぁ……本性バレたぁあぁあぁ!!)
今更ながら、アカリは焦った。
万が一、この目の前の美少女がアカリのダンジョン不法侵入やガサツな言動を言いふらされたら! 優等生としてチヤホヤされるアカリの生活が終了してしまうのだ。
ダンジョン狂いの目立ちたがりやという本性がバレてしまっては、『美少女現役女子高生探索者』の価値が下がってしまう。
アカリはあくまでも、『仲間と一緒にワクワクドキドキ☆楽しいダンジョン探索! え? そんなぁ、好きなことしてただけですよぅ?有名になろうだなんてそんなこと考えてないんですぅ?』というスタンスで有名になりたいのである。女子高生モノってのはそういうもんだ。
「あの」
「はい」
「……私がここにいたこと。絶対に絶対に絶っっ対に、学校では言わないで!」
「はい、言いませんよ」
桔梗はこくんと頷く。
アカリは、ほっと胸を撫で下ろす。
なんだか桔梗と一緒にいると、息ができる──そんな気分になる。
「そのかわり……ダンジョン探索部のこと、お願いしますね」
「お、おう!」
桔梗とのWIN-WINの取引が成立だ。
ランクFのアカリと、ランクEの桔梗──完全に不安しかないけれど。
でも。アカリにとって、はじめての仲間だ。
あれ、とアカリは首をひねる。
「……さっき、『助けて』って言ってたけど。あれって、どういうこと?」
「はい、その……実は、樹学院なんですけど」
「はぁ、うちの学校」
「廃校になるんです」
「……ふぇ?」
廃校。
学校が、なくなる?
「ええぇえぇぇっ!」
アカリは叫んだ。
まじか、入学した学校が──樹学園が、なくなる。
「ど、どうでもいい……」
しかし、アカリに愛校心はなかった。
「……」
「ごめんなさい、つい本音が」
入学したばっかりだし。
部活以外にはお目当てなかったし。
そのダンジョン探索部、なくなってるし。
正直、ダンジョン探索部のない樹学院なんて、アカリにとってはあんこの入っていないお饅頭だった。
でも、一学年上の桔梗にとってはそうではないかもしれない。一年間の思い出が、人生で一番の宝物になることだってあるのだ。
「あう……」
明らかにしょんぼりする桔梗。
「ご、ごめん……」
「いえ、新入生ですから……そんなものかと」
「あ、あはは……私としたことが、本当に失言を……」
普段は、優等生としてみんなに好かれる言動を心がけているのに。
いかんいかん。
「いえ……。あ、えーと、急に私たちが学校を放り出されることはないです。でも……このままじゃ、来年から、近くの
ピシャーン、と雷に打たれたような衝撃がアカリを襲う。
なんてことだ。なんてことだ。
「お、お、お、桜花園高校ッ!!!」
最悪である。
地元でも有名なバカ校だ。
桜花園高校の卒業生という肩書きがつきまとうなんて、アカリには耐えられない。
優等生キャラだって、バカ校でやったらただの『バカ界の秀才』だ。
ただのバカよりタチが悪い。
せっかく、伝統ある樹学院に入学したのに!(ダンジョン探索部につられて)
「私、学校を守りたいんです。どうしても」
深刻な顔でアカリを見つめる桔梗。
ガシ、っと桔梗の手をとって、アカリは何度も頷いた。
「わわわ、わかった! なんでも協力するよ!! 教えてくれてありがとう、桔梗センパイ!」
「ありがとうございます、溝口さん」
「でも、廃校ってどうやったら回避できるの?」
「それは、簡単です。金の力ですよ」
「かねのちから」
「はい。ダンジョンから魔力素結晶をくすねて、」
「くすねる」
「売っ払うんです!」
「うっぱらう」
おっとりした桔梗の口から飛び出したストロングスタイルな解決策に、アカリは目をぱちくりさせた。
このセンパイ、かわいいロリ顔して意外とぶっとんだ子なのだろうか。
でも、まぁ。
ダンジョン探索部が作れるのなら、願ってもいないことだ。
「じゃあ、あと二人部員を探せば──」
そのとき。
地面を揺るがす咆哮が響き渡った。
「っ、何!?」
「行きましょう、アカリさん!」
「え、ちょっと待っ……」
止めるより先に、桔梗は駆け出していった。
明らかにやばい。
だって、あんな鳴き声聞いたことがない。
震える足。
どうする、逃げるか?
アカリは少しだけ逡巡して──
「……行くしかないよね」
駆け出した。
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