第1話「廃部ってそんなの聞いてない」

 二十年前に世界が変わった。

 具体的には、世界中にダンジョンが出現した。

 正式名称は、不明迷宮建造物Unidentified Labyrinthine Structure。だが、誰もそんな長ったらしい名前で呼ばない。ULS《ウルス》ないしはダンジョン。もっぱらダンジョンだ。

 二十年前のある日、大きな地鳴りとファンファーレとともに光り輝くファンタジックな門がボコボコと出現した。

 雨後の筍だってもうちょと控え目な成長をするぞ、というのは当時の人の迷言だ。かなり的を射た迷言で、というのも、今でもその門は年に数件ずつ新発見されているのだ。

 迷宮門ゲートと呼ばれる、ファンタジックな虹色に光り輝く門の先が、人類の常識の及ばない建造物に繋がっている……空間転移とでも呼ぶべき異常な現象とそれにまつわる数々の超常現象のある風景が、新しい常識となった。

 二十年。

 ライト兄弟が世界初の動力飛行を成功させてから、物流や観光を飛行機が担うようになるまでの期間。

 ニトログリセリンが発見されてから、ノーベルがダイナマイトを大爆発させるに至るまでの期間。

 世界が変わるには十分だった。

 それは、例えば……。


「くっそぉおおぉ!!! 大人ってやつはどうしてこんな石頭なんだぁあぁ!!」


 日本の片隅。

 東京と神奈川の狭間にある、樹学院高校の進路指導室にて。

「ばか!! ばか!! 大人のバカーー!!」

 今年、華の高校生になった一人の少女が、『ダンジョン探索部 設立届』という一枚の紙を握りしめて絶叫するくらいには。

「馬鹿はお前だ、溝口アカリ」

「あいたっ」

 ぽこん、という間抜けな音。

 丸めたプリントの束でアカリの頭を叩いたのは、梶ヶ谷起草──樹学院の教員で、アカリの所属する一年花組の担任だ。

 ちなみに、アカリの親戚筋のお姉さんだったりもする。

「痛いっすよ、起草せんせ」

「入学から三ヶ月、毎日毎日職員室にやってきて一悶着起こすお前のほうが痛い」

「教育者にあるまじき発言っ! 暴力反対っ!」

 樹学院の廊下は、廊下とは名ばかりの非常に広いホールになっている。

 そこかしこに椅子とテーブルが置かれ、ガラス張りの天井から差し込む光がなんかオシャレな空間を演出しているのだ。

 その片隅。完全防音の進路指導室で、アカリはばぶばぶと駄々をこねた。

 完璧美少女優等生で通っているアカリが、こんなにもギャンギャン吠えられるのは周囲に人の目も耳もないからである。

「だって、部活作るって学園モノの定番じゃん? それなのに、どーして全然受理してくれないんですか!」

「うむ、理由は三つある」

 梶ヶ谷がロジカルに言い放ち、指をぴんと立てる。

「ひとつ、お前の届には、お前の名前以外は書いていない」

「む」

「つまり、部員が足りない。四人集めないと部活どころか同好会にもならん、と生徒手帳に書いてあるだろ」

 たしかに、『ダンジョン探索部』に名義を貸してくれる生徒は見つかっていない。

 そもそも、樹学院のような普通科高校にやってくるような人間はダンジョンになど興味はないのだ。

 ダンジョン出現から二十年、すっかり日常の風景の一部と化してしまった。ドキドキやワクワクよりも、「なんかそこにあるよね」という考えが主流となっている。

 アカリたちの世代は、特に「ダンジョンってのは選ばれし人が活躍するための場所だしね」という認識も強いのだ。

 そんな世の中。軟弱者めッ!とアカリは毎晩怒り狂っている。

「もうひとつ、お前の届には虚偽がある」

「虚偽!?」

「顧問教師の欄だ。なぜ私の名前が書いてあるんだ」

 とんとん、と梶ヶ谷がピンクグレーのネイルをアカリの前に突きつける。

「え? 虚偽ではないのでは?」

「私は許可した覚えも、そもそも打診された覚えもないぞ」

「えー、私と起草せんせの仲じゃんすかぁ?」

「可愛い顔をしてもダメだ。自分の顔が可愛いことを知っている女の立ち居振る舞いを私はこの世で最も憎んでいる」

「……ちっ」

「本性が漏れているぞ」

 アカリは可愛い。

 ぶっちゃけて言えば、かなり可愛い。

 それは、アカリの絶え間ない努力によって達成された『カワイイ』だ。髪と肌のお手入れには余念がなく、爪はまぁるいラウンド型。お小遣いはコスメやコフレに投資している。

 おかげで、高校入学初日からアカリはファンの獲得に成功したわけだ。それもこれも、いつかダンジョン探索部を立ち上げたときのためだ。

 ダンジョンの中を冒険する探索者シーカーは、人気商売だ。人気投票サイト『ランカーズ』でパーティごと、あるいは個人ごとの人気ランキングが日々更新されている。

 ランキングに載るのはほとんどプロの探索者シーカーだが、高校生部門も小さいながらある。

 そこに掲載されたときに、匿名SNSでぷぎゃーwと笑われたら死んでしまう。アカリは来るべき(まったくメドは立っていない)ダンジョン探索者シーカーになるその日のために、可愛さの追求に余念がないのである。

 可愛いは作れる。そして、案外、人の目というのはチョロい。

「そして、三つ目だ」

 梶ヶ谷は冷ややかな目で、アカリを見下ろす。

「……君、学年主席だろ」

「え? ああ、はい。まぁそうっすけど」

 私立樹学院は、歴史ある伝統校だ。

 ブランド力はあれど、新しくできた進学校の人気に押されて最近では微妙に人気が落ちている。

 高等部の偏差値はギリギリで県内上位ではあるが、中等部はこの数年ずっと定員割れを通づけている。

 ……要するに、ちょっとした経営難に見えなくもない状況だ。

「お前の模試の結果や進学結果は、今後の学校の命運を握っていると言ってもいい。そんな溝口アカリが、もしもダンジョン探索部などにウツツを抜かして学業を疎かにしたら?」

「え? はぁ、私の勝手では……」

「ちがーーーうっ!」

「ひぇっ」

 梶ヶ谷の声が廊下に響き渡る。

「私の、首が、飛ぶんだ!!」

「はあ」

 梶ヶ谷の目は血走っていた。

「近年稀に見る高学力生徒の入学! ぶっちゃけて言えば、職員室はけっこうガチで盛り上がっているんだ」

「えー」

「そのために、君には多額の奨学金もお出しした」

 アカリは、樹学院から授業料入学金その他ほとんどすべての費用を援助してもらっている。

 アカリが父親と約束した私立・樹学院高校に入学する条件が「学年主席」および「奨学金の取得」だったのだ。

 勉強のできる女は、かっこいい。

 その信念のもと、周囲に努力を一切見せずに一日十三時間の勉強をこなして学力模試で無双し続けてきたアカリにとっては軽い条件だった。

「いや、それはそうっすけど……」

 しかし。

 今、アカリの樹学院への母校愛は地に落ちている。

 というか、夏休みを機に転校してもいいかなとすら思っている。

 なぜなら……。

「入学してみたら、ダンジョン探索部が潰れてるとかないっすよ!」

 梶ヶ谷が「ぐっ」と言葉を詰まらせた。

 去年まではたしかに存在したダンジョン探索部。

 しかも、入部条件なし。

 強豪のダンジョン探索部や、クラブチーム、あるいは若年層を受け入れているプロチームなどは入るのに条件がいる。

 そんな中、神奈川の片隅でダンジョン探索部を擁している高校──かつ、「初心者歓迎」なのは樹学院だけだったのだ。

「私、正直高校に進学するモチベーションはダンジョン探索部だけだったんですよ!」

「はぁ?」

「ぶっちゃけ、今は不登校直前です!!」

「馬鹿言うな!」

「馬鹿は言っていません?! 本心です?」

「なお悪い!」

 アカリと梶ヶ谷の言い争いがピークになった頃に、チャイムが鳴った。

 キンコンカンコン、キンコンカン。間抜けきわまりない響きが、昼休みの終了を告げる。

 あと五分で午後の授業が始まることを知らせる予鈴だ。

「あ。次の授業、教室移動だわ」

 今までの駄々っ子ムーブが嘘のように、優等生の顔になるアカリ。

 さっさと立ち上がり、

「では、私はこれで。授業に遅れてはいけませんので」

「いつもながら変わり身がすごいな……」

「あら? なんのことです?」

「お前だよ」

「ふふふ」

「……もう一度、言っておく。普通の人生が一番幸せだよ、アカリ」

「……はい、ご忠告ありがとうございます。それでは、ごきげんよう。梶ヶ谷先生・・・・・

 進路指導室のドアを出た。

 残された梶ヶ谷は、「はー……」と大きいため息をつく。

「まったく……あいつの外面は一体誰に似たんだか……。や、確実にねーさん・・・・なんだけど」

 六月の空は珍しく晴れていて、窓から差し込む日差しは爽やかだった。


「さて、急がなくちゃね」

 アカリは足早に教室に向かう。

 次の授業は歴史で、今日は資料を扱う関係で図書室で行われる予定だった。

 高一の教室から図書室までは目と鼻の先で、移動には三十秒とかからない。

 けれども、急ぐに越したことはない。

 なにせ、アカリは自他ともに認める優等生だ。移動教室に遅刻、だなんて間抜けな真似はそうそうできない。たまにはちょっとしたミスをすると好感度が上がったりするのかもしれないが、あくまで「たまには」という頻度で成立する技なのだ。今じゃない。

 けれど。

 ──そんな優等生の仮面に、アカリは飽きていた。

 もしも、堂々とダンジョンに潜れたら。そうしたらきっと、今とは全然違う、楽しくて、輝かしくて、素敵な自分になれる気がするのだ。

「……ん?」

 首筋にチリリと痺れる気配を感じて、アカリは後ろを振り返った。

 視線だ。誰かが自分を見ていた。

 周囲を見回してみるが、午後の授業に向けて慌ただしく生徒たちが走り回っているだけだった。

「うーん……?」

 釈然としない気持ちのまま、アカリは教室に急ぐ。

 ──視線の主。切り揃えられた黒髪と一筋の白髪が特徴的な少女、進路指導室に面した二年生の教室からアカリをじっと見ていることに気づかなかった。


 ◆◆◆


「……という手順で、参考文献を羅列します。レポート作成の基本ですねぇ?」

 司書教諭の江田が、いかにも文学少女然としたフレアスカートをなびかせて机の間を歩き回る。

 本日の日本史の授業は、夏休みの課題であるレポート作成に向けて、レポートのお作法を学ぶ時間になっていた。

 レポートの章立てに、表紙の作り方に、参考文献。

 色々と手順とやることが多くて面倒くさいな、というのがアカリの感想だった。

 とはいえ、学年主席の優等生たる溝口アカリが面倒くさそうな顔をしてはいけない。

 キリリとした澄まし顔をキープしたまま、目の前に開いたラップトップのエンターボタンとバックスペースボタンを交互に押す運動をしている勤勉なアカリである。

「そーれーでーはー。今日はちょっとしたレポートを、このフォーマットに沿って書いてみましょう。お題は今からランダムで皆さんに通知しませすね?」

 江田が手元のスマホをしゅしゅしゅと弄る。

「それ!」

 ぴこん、とポップな音を立ててアカリのラップトップに通知が灯った。

 メッセージアプリを開くと、江田から『【1年花組22番溝口アカリ】あなたのレポート課題だよん♪』という件名のメールが来ていた。さっきのちょっとしたスマホ操作で、全員にレポート課題を送ったらしい。なかなかやるな、江田。

「えーと、私の課題は……ふむふむ」

 アカリは優等生フェイスでラップトップを操作する。

 課題は、

「……『日本におけるダンジョンの昔と今』?」

 得意分野だった。ひゃっほい。

「余裕ね」

 絶妙に周囲に聞こえそうで、聞こえなさそうな声で呟く。

「さすが溝口さん」

「あの、よかったら一緒にやらない?」

「ズルい、俺も俺も?!」

 かかった。

 アカリの欲しい賞賛の声が周囲の机から溢れてくる。気持ちいいぜ、とアカリは心中でガッツポーズをした。

 あぁ、ダンジョン探索者シーカーとしてデビューしたら、もっとたくさんの人からいっぱい褒めてもらえるんだろうなぁ……。

「うへへ」

 おっと、あぶない。ヨダレなんて垂らしたら優等生の看板に傷がつく。

 慌ててアカリはクールなフェイスをクリエイトした。


 レポートを提出する。

 先着順で、江田の審査を通った二名がクラスの前でレポートを発表することになった。

 当然、優等生であるアカリはみんなの前に立っていた。

「ダンジョンが地上に出現したのは、今から二十年前。西暦二〇二〇年のことです。その正体や詳細については、まだまだ謎は尽きません」

 まずは、皆が知っている概要から。


「日本は世界有数のダンジョン出現国とされ、世界最大級、最難関のダンジョン『東京不明迷宮』をはじめとした八十八箇所のダンジョンが確認されています。ダンジョンにまつわる業務を担っている国連機関は、国際迷宮機構WRO。日本では、迷宮省が各地のダンジョンを管理しています」


 レポートのついでに作ったスライドショーを操作。

 もちろん、意味もなく歩き回りながら喋るのを忘れない。歩き回りながら喋ると頭が良さそうな感じがするのだ。

「さて……二〇二〇年以降に生まれた子どもたち、通称・第三世代は、生まれたときから体の一部に特異な紋章が刻まれています。私たちもそうですね」

 言いながら、アカリは左腕を体の後ろに隠す。

 クラスメイトの中には、自分の紋章を見せびらかしている者もいるけれど。

「ダンジョン出現後に生まれた第三世代は、ダンジョン内で特殊な能力を発揮できることが知られています。異能、魔法、超能力……一般的には色々な呼び名があります。正式名称は──」


 もったいぶって、クラスメイトたちを見回す。

 すると、ぐーすか寝ている女子が目に入った。

 金髪ポニテ、長身のモデル体型。

 美人度であればアカリを凌駕している不良娘──夢見ヶ崎レイだ。

「えーと、こほんっ! 正式名称は……」

 レイの隣に立ってわざとらしく咳払いをする。……起きない。

 かなりの問題児だ。

「正式名称は、『迷宮内異能』」

 アカリが名前も認識していないクラスの地味男子が、ぼそりと正解を呟いた。ナイスだ。

 ここまで引っ張っておいて、自分で答えを言うなんて、自分で投げたフリスビーをとぼとぼ拾いに行くがごとしである。絶対に嫌だった。

 地味男子、ありがとう。

「そうです、迷宮内異能」

 アカリは発表を続ける。


「……国内で初めて迷宮内異能を持った子どもが確認された二〇二五年から、政府は全ての子どもを満六歳時にランク分けしています」

 迷宮内異能の強さを決定づける数値──『迷宮適応指数』という数値によって、迷宮内限定で神のような力を振るえるAランクから異能を一切持たないFランクまでに分けられる。

 現在、ダンジョン探索者を目指す若者が減っているのは、これが理由だ──とアカリは考える。

 六歳のときにAランクやBランクに振り分けられた子どもは、迷宮省への就職やプロの探索者としての道を常に意識することになる。

 というか、そんなチビっ子たちにプロ探索者パーティからオファーが殺到するのだ。

「日本ではBランク以上の迷宮内異能者については、満十歳からプロとしてダンジョン探索に従事することができます。これは児童労働にはあたりません。法的には演劇子役と同様の特例措置がとられているそうです」

 今のプロ探索者の大人たちは、迷宮内異能を持たない。

 第一世代と呼ばれる、既存の登山家や冒険家から転身した探索者たち。

 第二世代と呼ばれる、はじめからダンジョンに特化した活動をしている者たち。

 彼らからしてみれば、迷宮内で人間離れした力──超怪力や、火の玉や、雷撃を操る子どもたちの存在は福音だ。

 ただ、その反面。そのAランクやBランクになれなかった者たちにとっては、ダンジョンが一気に「知らない大人の職場」という遠い存在になってしまった。

 だからこそ、せっかくダンジョンなんていう最高に目立て舞台のある世界に生きているのに、みんながふつーに高校生をやっていられるわけだ……と、アカリは思っている。

 アカリの発表はだんだん熱を帯びてくる。

「……ダンジョン内に出現する迷宮獣ミュートロギアへの対抗手段を人類は手に入れたのです! それなのにっ!」

「み、溝口さん……?」

「日本において、ダンジョン探索はいわゆる『ちゃんとした仕事』とされていないのですっ! 経済的に低迷していた日本が、国際社会で存在感を取り戻したのはダンジョンのおかげであるというのが定説です。ダンジョン内に出現する迷宮獣ミュートロギアがドロップする魔力素結晶は、ポストダンジョン社会では欠かすことのできないエネルギー源です! 第三世代の迷宮異能によって、魔力素結晶を手に入れられる確率はとても! 高く! なったのです! それなのにっ!」

 アカリは右手を振り上げる。

「謎多きダンジョンで、すごい能力を使って、冒険するっ! そんなワクワク……じゃなかった、人の役に立つ活動を志す人が、あまりにも少ないと私は思うのですっ!!」

「え、でもうちらみたいな低ランクの迷宮異能じゃ、あってもなくても同じじゃない……?」

「それに、ふつーの女子がダンジョン探索って……ねぇ?」

 戸惑うクラスメイトに、アカリは──

「……そう、だよね」

 アカリは、へらりと笑った。

(そんなの、知ってるよ。でも──)

 そんな言葉を飲み込んで、優等生スマイルで発表を続ける。

「……樹学院も去年まではダンジョン探索部が優秀な成果を残していました。今は残念ながら廃部になっているのですが……でも!」

 それでも。

 優等生の仮面でも、アカリの心の疼きを押さえ込むことはできなかった。

「ダンジョン探索は今も昔もワクワクに満ちているのですっ! 誰も踏み入ったことのない深層へと足を踏み入れ、世界中の人たちがその動向に大注目する! みなさんも、アプリニュースとかテレビとかで、探索速報を見ますよね!」

 レポートとしてはあまりに雑なまとめではあるけれど、アカリの本心からの言葉には迫力があった。

「だ、か、ら! 若者よ、冒険心を抱けっ!」

 ビシ、と北●道大学ポーズを決めたアカリ。

「お、おおー……」

 図書室に、パラパラとした拍手が起こった。

 アカリは、「はっ!」と意識を取り戻す。

 やばい。熱くなりすぎていた。

(ややややばい。私の清楚な優等生のイメージがっ!!)

 入学三ヶ月。

 すてきな優等生への賞賛を一身に受けて、せっかく気分よく学校生活を送っていたのに。

「こほんっ!」

 アカリは優等生スマイルを浮かべる。

「……というわけで、私、ダンジョン探索部を立ち上げようと思ってます! 興味のある人は、よかったら溝口に声かけてくださーい! 以上、発表を終わります! こちらが参考資料でーぇす」

 ぺこり、と頭を下げる。再びの拍手。

 実際、レポートの出来は完璧だった。

「すごーい」

 とか、

「さすがだよねー」

 とか、心地いいざわめきが聞こえる。少しの失敗はあったが、いい発表だった。アカリは大いに満足したのだった。うひひ。

 さて。

 アカリの熱弁により、授業時間は残り三分となっていた。

 江田が「あらら」と首をかしげる。

「あら……一番に提出してくれた北加瀬くんの発表、時間がなさそうだわぁ」

 北加瀬?

 知らない名前だ。アカリは、江田の視線をたどる。

 さっきの地味男子だった。

(私より先に、レポート仕上げたんだ)

 やるじゃん、とアカリは素直に感心した。

「や、僕はいいっす」

 せっかくクラスの注目が集まっているのに、地味男子こと北加瀬は大変慎ましい反応をしたきり沈黙してしまった。もったいねー、とアカリは思った。

「そうですかー」

 江田はフレアスカートをひらめかせて、体をくねらせる。

「じゃあ、少し早いけど終わりにしましょう。北加瀬くんは、ごめんね」

「……」

 北加瀬は完全に沈黙。

「あと、夢見ヶ崎さんは起きなさい」

「ふご……」

 不良娘は、ついに授業が終わるまで起きなかった。

 そして、アカリのもとにダンジョン探索部志望のクラスメイトはやってこなかった。

 きりつ、きをつけ、れい。

 授業、終了。

 はい、ちょろいちょろい。



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