第131話 報酬


カートとフェラクリウスはまるで締め出されるように敬龍館ケイリュウカンを後にした。


なんだか釈然としない。


二人が敬龍館ケイリュウカンに滞在していたのは僅か二時間程度だった。


密度の濃い時間だった事に間違いはないが、これではあまりにも収穫が無い。


相棒に望まぬ殺生をさせただけである。


カートは内心、敬龍館ケイリュウカンに足を運んだことすら後悔していた。


ただもやもやした思いを抱いたまま、来た道を無言で戻っていく。




西海サイカイに戻ると既に宿が手配されており、二人は手厚くもてなされた。


しかし人と話す気分でもなく、二人ともさっさと寝てしまった。


翌朝。カートの部屋に一人の来客があった。


馬大だった。顔色は悪くすっかりやつれてしまっている。


「師範の部屋を整理していたら出てきた。

 アンタに渡そうと思ってな」


そう言って馬大は一冊の書物を差し出した。


敬龍館ケイリュウカンに伝わる龍形掌リュウケイショウの秘伝書だ。

 全伝を継承した者のみが持つことを許され、

 次の世代を育てるための基礎鍛錬から

 奥義まで事細かに書かれている」


馬大はぽんとそれをカートの胸に押し付けた。


「持ってってくれ」


予想外の餞別に、カートは困惑した。


「お、おいちょっと待ってくれよ!

 こんな貴重品、受け取れねえって。

 俺別に、海騎カイキに弟子入りしたわけでもないんだし、

 異国の人間だし…」


「もう龍形掌リュウケイショウを継げるのはもうアンタしかいない。

 その気がないなら処分してくれても構わない」


「この先この国で、龍形掌リュウケイショウを学ぼうって人間が

 現れるかもしれないだろ」


早計な馬大の見切りに戸惑うカート。


だが馬大は吐き捨てるように答えた。


敬龍館ケイリュウカンの噂が広まればそんな人間はいなくなるさ。

 呪われた武術だなんて敬遠されるだろう」


俺も敬龍館ケイリュウカンの生き残りだなんて知られたら何を言われるか…。


そう言って苦々しげに顔をしかめた。


しかしカートは、自分が龍形掌リュウケイショウを継ごうなどと考えたこともなかった。


「アンタはいいのかよ。

 師匠の技を継いで、敬龍館ケイリュウカンを復活させる気はないのか?」


カートの問いかけに、馬大は憔悴しきった顔で力なく微笑む。


「俺は、もう武術はやめるよ。

 家族もみんな死んだしな。

 どこか別の土地に流れて、雇い主を探す。

 これは必要ない」


道理で言えばこの秘伝書は馬大のものになる。


その馬大が所有権を譲渡しようというのならそれを止める権利はカートには無い。


あとはカート自身がそれを受け取るかどうかである。


「操氣術は肉体の鍛錬以上に才能に依るところが大きい。

 操氣武術を極める事が出来るのはごく一部の天才のみだ。

 俺たちみたいな凡人が持ってたって何の意味もない。

 これはアンタが持っていくべきだ。

 なんたってあの師範が認めた天才なんだからな」


海騎が春梅シュンメイをはじめ弟子たちにどんな話をしていたのかはわからない。


だが彼らは皆一様にカートの才能を高く評価していた。


今は亡き海騎が望んだのであれば。


カートはその想いに応えたいと感じた。


何より、学ぶべき師となる人物を失くした今、カートにとっては願ってもない収穫となる。


「…わかった。

 これはいったん預かっとく。

 目も通すし、鍛錬も積むだろう。

 だが龍形掌リュウケイショウはあくまでもアンの国の技術だ。

 アンの人間で必要とする者が現れたら渡すけど、構わないか?」


ああ、全て任せる。と、馬大が許可した事で、カートは秘伝書を受け取った。


「ありがとう。大切にするよ」


馬大は満足そうに微笑み礼を言うと、宿を去って行った。

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