第130話 ウィッチドクター


カートはただ黙って立ち尽くしていた。


フェラクリウスのその、寂しげな背中にかける言葉が無かった。


勝利の余韻に浸る事などできない。


子供を殺める事を望む男ではない。


彼が一生背負っていくであろう業。


出来る事なら変わってやりたかった。


だが、それにも資格がいる。カートにはフェラクリウスに代わって戦うだけの力が無い。


強くなりたい。


自分にもっと力があれば。


フェラクリウスと時を同じくして、カートもまた更なる力を求めていた。


ふと、遠くで誰かが叫んでいるような声が聞こえた。


「生存者か!?」


馬大が真っ先に飛び出して行く。


フェラクリウスとカートも後を追う。


声は正門の方から。


三人が近づくと、声の主は正門の逆側にいる事が分かった。


門には巨大なかんぬきがかかっており、封鎖されている。


おそらく春梅シュンメイが外部からの人間を入れない為に閉ざしたのであろう。


西海サイカイから来た医療隊だ!

 誰かいるのか!?中に入れてくれ!!」


医療隊が何故、いま?


疑問を抱くカートをよそに馬大が急いでかんぬきを外し、門を開く。


外には白い装束に身を包んだ十数人ほどの男たちと、一人の女性が立っていた。


それと、荷車に巨大な棺のような箱が見える。


女性が先頭に立ち、敬龍館ケイリュウカンに入る。


周囲を見渡し、この惨状を見ても眉一つ動かさない。


マスクのような白い布で口元を隠しているが、鋭い目つきをしているのがわかる。


「犯人は?」


「…中で死んでる」


女性の問いに、カートが答える。


「君がやったのか?」


「いや、俺は…」


「わかった」


返答を待たず、女性は医療隊員数人を引き連れ荷車と共にせかせかと建物の中に入って行った。


「お、おい!」


「皆さまにはまだ聞きたいことが」


女性を追いかけようとするカートとフェラクリウスを遮るように、医療隊員の一人が立ちふさがる。


「なんだってんだアンタら!

 ここで何があったかわかってんのかよ!」


「ご安心ください。我々は鸞龍ランリュウ様直属の医療隊です」


「!?」


隊員がカートとフェラクリウスに説明を始める。


馬大は別の隊員に連れられて庭園の方へ。その他の隊員はそれぞれ館内に散っていった。


アンの国では各地に鸞龍ランリュウ様の氣を宿した

 烏を配備しており、上空から見守っています。

 その烏が敬龍館ケイリュウカンの異変を西海サイカイの街まで知らせにきたのです」


あの迷彩色の烏か。フェラクリウスは李吉の話を思い出した。


「そこでたまたま西海サイカイに滞在していた我々が駆け付けたというわけです」


烏がどうやって状況を説明したんだ?


カートの頭にはハテナが浮かんだが、今はややこしい話を聞くような気分では無かった。


「カート様と、フェラクリウス様ですね。

 この後、傷の手当をさせて頂きます。

 もう少々お待ちください」


「…これくらい、大したことは無い」


全身ボロボロで血まみれのフェラクリウスを、医療隊員は平然と後回しにした。


傷の具合を理解しているのか、それともフェラクリウスの負傷など彼らにとって取るに足らない事なのだろうか。


それから隊員はここで何があったのかを二人から聴取した。


医療隊員の受け答えはひどく事務的に感じられた。


聞き込みからしばらく経つと、館から先程の女性が現れた。


口元を覆っていた布を外し、両手を胸の前に合わせて二人に頭を下げる。


若く、美しい女性であった。


「申し遅れました。

 私は鸞龍ランリュウ様直属の医師、華蝉カセンと申します。

 操氣医術を専門としております故、怪我の治療をさせて頂きます」


先程はぶっきらぼうな態度だったというのに、急に丁寧な挨拶と言葉遣いに変わっている事が引っかかる。


二人が反応する前に、華蝉カセンは既に反応しているフェラクリウスの“男の子”に気付き一瞬眉をひそめた。


ここでの惨状を見ても眉一つ動かさなかったというのに。


「…これが“ちんちんよわよわ病”ですか。

 成る程。こちらはこの場では治療出来ませんがご了承ください」


華蝉カセンがフェラクリウスに確認を取る。フェラクリウスもそんなことは承知している。


「構わない。

 性癖だからな」


フェラクリウスは堂々と、股間をピクピクさせた。


その反応が相手に物凄く失礼な態度なのだが、彼に悪気があったわけではないので許してやってほしい。


華蝉カセンが医療隊員らしくてきぱきと処置をしていく。


ボロボロのローブを脱いだフェラクリウスの筋肉質な身体は痛々しい程に傷だらけであった。


しかし華蝉カセンは動じない。


「ご心配なく。この程度ならこの場ですぐに治せます。

 傷痕も残らないでしょう。

 もっとも、既に完治している古傷の痕までは消えませんが」


聞けば彼女は弟子を取らない事で有名な鸞龍ランリュウから直接の手ほどきを受けた人物だという。


一つ一つの傷痕に手を添えると、氣を送って治癒力を高めていく。


海騎カイキ様を殺めた娘を相手にこの程度の怪我で済むとは…。

 噂以上の腕前ですね」


称賛を受けても、フェラクリウスは喜びもせず目を伏せた。


「彼女の事を気に病む必要はありません。

 どの道いずれ鸞龍ランリュウ様か、

 また別の誰かに始末されていた事でしょう。

 “たまたま”あなただっただけの話。

 しかし、あなたが彼女を止めてくれなければ

 より多くの被害者を生んでいたでしょう」


フェラクリウスの心中を察したであろう華蝉カセンの慰めも心に響いていないように見える。


全ての傷の処置が終わった。彼女の告げた通り、一つの傷痕も残らなかった。


もっとも、それでもフェラクリウスの身体には古傷が多いのだが。


「お疲れ様でした。敬龍館ケイリュウカンの事は我々に任せて、

 お二人は西海サイカイへ戻りお休みください」


「え!?ちょっと…」


敬龍館ケイリュウカンにはたくさんの遺体が残されている。


それらを置いて立ち去る事には強い抵抗があった。


そうカートが主張するも、華蝉カセンは譲らない。


アンにはアンの、敬龍館ケイリュウカンには彼らの弔いというものがあります。

 この宗派による葬儀は異国の方にお見せする事が出来ません」


「儀式には参列しない。だが、俺たちに手伝える事があれば力になりたい」


「お気持ちはありがたいのですが、規則になります」


フェラクリウスの申し出にも、華蝉カセンは毅然とした態度で対応する。


取り付く島もなし。


結局よそ者の二人は華蝉カセンの指示に従うほかなかった。




二人は華蝉カセンに見送られ敬龍館ケイリュウカンを去る事になった。


「ひとつ聞きたい」


去り際、フェラクリウスが華蝉カセンに問いかける。


鸞龍ランリュウなら、あの娘を救う事が出来たのか?」


「……」


華蝉カセンはその問いにしばらく沈黙したのち、凍るような冷たい視線をフェラクリウスへと向けた。


「いいえ、フェラクリウス様にしか出来なかったでしょう」


その答えは二人の認識の決定的な隔たりを示していた。

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