第128話 散華


三度目の打ち合い。


いや、打ち合いという言葉は適切ではない。


フェラクリウスはサンドバッグのように一方的に打たれている。


刃が傷口の上を通過するたびに鋭い痛みが乗算されていく。


言葉通り“削り”に来ているのかと思うと、そうでもない。


先程と何ら変わらぬ展開に見えるが、明確に違う動きがあった。


それは春梅シュンメイの攻撃方法。


円の動きの中に、度々混じるノイズのような直線の動き。


稲妻のような速度で踏み込み、急所へと放たれる突きや蹴り。


だが、実はこれが案外受けられる。


反応速度に優れるフェラクリウスだからこそ。


北や内側で戦ってきた相手は皆、直線的な動きが基本。


出入りも、サイドステップも、急激な加減速も。


龍形掌リュウケイショウの円を描く歩法や定速の動きには不慣れだが、直線的な急加速には慣れている。


スピードにさえ対応出来れば、むしろ得意とする方。


先程までのトリッキーな動きから、時折緩急のついた動きに切り替わる。


だからその瞬間に。


見えていた。隙が。


苛立って攻撃が単純化すると同時に、激しく、強く打ち込もうとする力みから打ち終わりのフォローが弱くなっている。


フェラクリウスの読みが的中した。


彼女の弱点。


だが、突かない。


ようやく見えた隙をフェラクリウスは刺しにいかなかった。


苛立つようにどんどん粗くなる春梅シュンメイのフォーム。


彼女の言う通り、フェラクリウスには覚悟が足りないのだろうか。


そうではない。


その瞬間は唐突に訪れた。


更に激しく、力強く踏み込んだ春梅シュンメイの直線的な突き。


正確には“突き”のフォームすらとれていない、振りかぶっての右ストレート。


左のガードも完全に下がっている。


ガラ空きの顎が丸見えだった。


内側から打てる!!


ここで初めてフェラクリウスが反撃の態勢を取った。


左手に持った愛棒を、彼女の顎目掛けて振り上げる!


その瞬間!



(かかった!!)



全て罠…!!



彼女はこの瞬間を待っていた。


緩急を交えたフォームの切り替えも、荒々しく振り回すような攻撃も。


意図的に演出していた。


フェラクリウスから手を出させるために…!!



(この斬り上げを捌いて発剄を撃ち込む!!)



彼女が勝利を確信した次の瞬間。


フェラクリウスの愛棒がスッと後方に逃げていく。


(フェイント!?

 うそでしょ…気付いていたッ!?)


罠にかかったのが自分の方だと気付いた時、春梅シュンメイは頭部のガードがガラ空きになっていた。


フェラクリウスが左を引く勢いで右を振る!


身長差のある春梅シュンメイの頭部目掛けて、肩口から打ち下ろす!


(一撃なら…耐える!!)


春梅シュンメイは“氣”を頭部に集中、硬化させた。



双 咬 天 牙ソウコウテンガ!!




……頭蓋を叩いたとは思えない、金属同士がぶつかり合うような激しい音が響いた。


少女はだらんと腕を下ろし、その手から武器が落ちる。


愛らしい顔面には脳漿のうしょうが混じり紅梅色になった血液が滴っていた。


「…あと…10年早く生まれてれば…」


力なくガクンと落ちた首から、虚ろな目だけでフェラクリウスを見上げ。


「あたしはあなたに勝っていた」


そう言って少女は絶命した。


うつ伏せに倒れる彼女を支えるように抱きかかえ、フェラクリウスはぽつりと呟いた。


「…だろうな」

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