第127話 殺さなくてはならない


春梅シュンメイの全身から立ち上る“狂氣”。


溢れ出る殺意を抑えようともしない。


それを感じるのは生まれて初めての経験であった。


(“血が滾る”とはこういう事を言うのかな)


目の前の男を殺す事で、お前はもっと高みに行ける。


さあ、殺せ。


強くなるために。


“狂氣”は彼女をそう導いていた。




馬大は少し冷静さを取り戻し、カートに先程の攻撃が如何に難しいかを説明していた。


発剄の際、脚は大地から気を汲み上げるために使う。


一方、通常戦闘で蹴り技を使う際などには脚に氣を流し筋力を強化したり、硬化する事が基本である。


片足で大地を掴み、片足を強化して蹴りを打つなどもこのうちに入る。


大地を掴む動作も肉体を強化する動作も共に丹田から氣を“放出する”動きである。


これが片足で氣を“汲み上げ”、丹田を経由させて片足で“放出する”となると難易度が跳ね上がる。


脚で汲み上げ、拳に氣を流し発剄を放つのと何が違うのかと思うだろう。


言葉で伝えようにも、それがどれほど複雑な動作か、実際に訓練を積んだものにしかわからない。


例えばフェラクリウスは跳虎チョウコの死体から片手で“氣”を汲み取り、片手を強化した。


これは「手」という人間の器用な部位を用いている故に、出来る者も少なくはない(それでも操氣武術の訓練を積んだ事の無い人間がぶっつけでこれを行うのは脅威的なセンスだが)。


本来、操氣武術としてはあらゆる経絡から氣を吸い上げる。逆もまた可能であることが理想である。


理想は理想であり、実現出来るかどうかは別の話。


彼女はそれを実現した、恐らく敬龍館ケイリュウカンでただ一人の武術家なのだ。



一方、その高等技術を受けて立ち上がった男はあの時何をしていたのか。


フェラクリウスはのけぞった際に膝からわざと崩れ、真っ直ぐに入ってくる穿龍脚せんりゅうきゃくの射線から股間を逃がした。


その上で蹴り足に愛棒をぶつけて逸らし、腕と脇腹で発剄を受ける。


春梅シュンメイの推察通り、腕の筋力を強化した事と脇腹を瞬時に硬化した事で致命傷を避けたのだ。


防戦一方。しかし凄まじい技術の応酬。


正中線上の急所について多く語っているためわかりにくいが、春梅シュンメイは左右に動き回り込むように攻撃を繰り出し、時には背面を狙って打ち込んでいる。


フェラクリウスは低く左右に動き回る相手の攻撃を全身血まみれになりながら受け続けているのだ。


翻弄されないよう細かい足運びで相手の正面を捉え、なんとかそれらを防いでいた彼の技術の高さは春梅シュンメイも十分評価している。


「でもいくらなんでも出来すぎ。

 こんなに受けられるのには

 ちゃんと理由があるよね?」


前置きを口にせずに唐突に語り出した春梅シュンメイであったが、何が言いたいかはフェラクリウスに伝わっている。


「フェラクリウスさん、全然打ち込ないんだもん。

 受けに徹して攻撃に意識を割いてないから、

 あたしの技に反応出来てるだけでしょ?」


図星であった。


もしフェラクリウスが反撃に意識を割いていたら、彼女の猛攻をここまで正確に受けきる事は出来ない。


「攻めて来ないと勝てませんよ。

 もしかして、まだ覚悟が決まってないんじゃないですか?」


「……」


「この期に及んで、あたしを殺したくないなんて思ってないですよね?」


そう詰められるのも無理は無い。フェラクリウスはまだ一度も彼女に攻撃を放っていないのだから。


フェラクリウスの顔を覗き込むように伺う春梅シュンメイ


無防備にだらんと腕を下げ、フェラクリウスの間合いに踏み込んでくる。


誘っている。


わかる。殺意が漏れている。


今度は彼女の方が、カウンターを狙っているのだ。


「じゃあこうしましょう。

 今度はそっちから打たせてあげますよ」


両手を広げ顎を上げて、さあどうぞと言わんばかりに。


だがフェラクリウスは動かない。


安い挑発には乗らない。


こちらから仕掛けるには、技量の差が大きすぎた。


今まで自分が相手にやってきた“動き出しへの反応”を、倍のスピードで返される予感がする。


だから、フェラクリウスは動かない。


「……そっちから来ないなら、

 先にカートさんたちからやっちゃおうかなー?」


これもただの脅しである。


実行出来るはずがない。


そんなことをすれば春梅シュンメイ自身が大きなリスクを背負う事になるからだ。


フェラクリウスから注意を離して他の二人に意識を向ければ、必ずその隙を突かれる。


仕掛けてくる相手を迎撃する形あれば三人を捌く事も可能かもしれないが、自分から仕掛けに行く事は出来ない。


それらを理解しているからこそ、フェラクリウスは動かない。


「言っておくけど、時間稼ぎしても誰も来ませんよ?

 そういう手配をさっき、街に降りてしてきたんですから」


「……」


「もおー……」


無言で睨み合う二人だが、そんな状況は長くは続かない。


結局は春梅シュンメイが折れるしかないのだ。


「……わーっかりましたよ!

 続けますよ。こっちはもう、覚悟を決めました」


せっかく興が乗ってきたというのに、つれないフェラクリウスに春梅シュンメイは苛立ちを見せた。


不満げに唇を尖らせて、ゆっくりと構える。


「このまま夜まででも、朝まででも、何日でも。

 フェラクリウスさんがバテてミスするまで、

 もう手を止めません。

 でも、なるべく早く死んでくださいね。

 あたし、早くお風呂に入りたいんですから」


三度目の攻防が始まる。


最後の攻防が始まる。


今度こそ、どちらかが倒れるまで続く。


フェラクリウスは武術について何も知らない。


ただ、彼女とのやり取りの中で一つだけ確信を持った事がある。


そこに狙いをつけ、叩く。

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