第126話 山を穿つ


「しかし、アンタの相棒もすげえな…」


馬大がようやくフェラクリウスの受けの凄さに気付く。


会ったばかりの時はもっとかしこまった口調だったが、この状況では相手が客人だった事など関係無い。


そんな些末な事を気にする様子もなく、カートもまた彼女の技に見惚れている。


人を魅了する動きには秘密がある。


攻撃が決まる際、足先から胴体を通って手の平まで一本の線を引いた時に一切歪みの無い美しい曲線が描かれる。


それとは別に、どんな態勢であっても常に絶妙なバランスで体軸が大地に根差している。


フェラクリウスの受けに合わせて武器を引くときも、腕だけでなく体全体で流す。


強さと美しさを兼ね備えた彼女の龍形掌リュウケイショウは、俯瞰から見た歩法も、側面から見た体捌きも、全て歪みの無い曲線のバランスで成り立っている。


相棒の窮地に、何を悠長な事を考えているのだと感じるかもしれない。


だが、カートがこうして春梅シュンメイの技を分析していられるのにも理由があった。


「確かに春梅シュンメイは強えぇ。

 だが、フェラクリウスはきっと勝つ。

 あいつが圧倒的劣勢を跳ね除けるところを、俺は過去に見ている」


そう強く断言する。


(あの娘が老師以上の怪物でない限り、フェラクリウスは負けない)


カートは確信していた。


細かく飛び散る血しぶきの中で戦うフェラクリウスを信頼していた。




(面白いなぁ)


攻めを緩める気配もなく、ひたすらに連撃を繰り出す春梅シュンメイもまた、フェラクリウスの受けの技術に感心していた。


(常に急所攻撃をちらつかせているのに、

 釣られずに正確に“受け”てくる。

 …凄い。ちょっとむかつくけどね)


そして、フェラクリウスを認めると同時に、クリーンヒットが入らないこの状況を煩わしく思い始めていた。


(誰がどう見てもあたしが押してる…でも)


ふっと、春梅シュンメイはひとつのアイデアを閃いた。


(あたしの望んだ展開はこれじゃないッ!)


そして即座にそれを実行して見せる。


ロングレンジから水月みぞおちへの突き。


急所はガードの意識が高いため、フェラクリウスはしっかりと受ける。


弾くのではなく、防ぐ。これが春梅シュンメイにとっては重要だった。


ここで唐突なステップイン!


これまでの弧を描く歩法からの急速な変化。


直線的な踏み込み。


水月みぞおちを狙った右手を引かずに残したまま、左で喉への一撃!


またしても急所へ。フェラクリウスの反応ならこれも防げるはずだった。


だがこの時彼が感じた威圧感は。



更に下!



一手先に来る一撃。


両手の武器で遮る事でフェラクリウスの視界から完全に消えた足元。


強烈なプレッシャーを察知、踏み込んだ左足から。


大地から湧き上がる“氣”の気配。


彼も体験したことがあるそれは…蓄剄ちくけい



“とんでもないモノ”が来る!



そう判断したフェラクリウスは喉への一撃を武器で受けずに大きく仰け反って回避、体勢が崩れた。


春梅シュンメイは右脚を引き付ける動作から、そのまま蹴りへと移行。


本命の一撃が飛んでくる。


左足で大地から吸い上げた氣を、蹴り脚へと流し撃ち込む!!



発剄はっけい!!



鉄板をぶち抜いたような激しい衝撃音が道場を揺らした。


思わず耳を覆いたくなる程の爆音に、カートと馬大は一瞬何が起きたのか理解出来なかった。


ただ目に映っていたのは、体重百キロを超える巨漢が十メートル以上後方にぶっ飛んでいる映像である。


死んだ。


馬大はそう思った。


フェラクリウスが殺されれば次は自分たちの番である。


だが、そんな事は関係ない。


共に同じ流派を学んだ馬大にとって重要なのは、春梅シュンメイが今の一撃を放ったという事実。


穿龍脚せんりゅうきゃくから発剄を撃ちやがった…」


馬大は顎が外れんばかりに口を大きく開き驚愕した。


「武神だ…」


カートには何のことかわからない。


ただ素人にもわかる事実は、身長150センチ弱の小柄な少女が二メートルを超える巨大な勃起おじさんをぶっ飛ばしたという事だけだ。


馬大はまるで奇跡を目の当たりにしたかのように感動し、目に涙を浮かべていた。


「あの娘こそ、操氣武術の完成形だ…」


それがどれほど高度な技術なのか。そんな事はどうでもいい。


カートはただ、彼の無事を願った。


そして“それ”は、カートを待たせる事なくすぐに立ち上がった。


無意識にガッツポーズを取るカート。


馬大がもう一度、声もなく驚愕する。


春梅シュンメイもまた、この展開は予測できなかった。


(ガードした…?

 穿龍脚せんりゅうきゃくからの発剄を…)


眉間にしわを寄せ、難しい顔をして先程の状況を振り返る。


(操氣武術を“柔”と“剛”に分けるなら、発剄は“剛”の技。

 受けて、逸らされたのは納得できる。

 でも、“抜”かない限りは致命傷になる程度の“氣”は込めたはず。

 インパクトの瞬間に氣を集約して防いだっていうの…?

 この人、内側カートキリアから来て操氣術すら知らなかったはずなのに

 そんなに経絡が強いってこと、ある?)


クスッ。と、自嘲気味に噴き出した。


(“流す”技術は無い癖に、“受ける”パワーはあるんだ。

 いや、このおじさんも超越者。

 これくらい出来て当然と考えておくべきだったかな)


自身の想定の甘さを反省し、肩を揺らす春梅シュンメイ


しかし、それにしても今のコンボを受け切れる人間がいるとは。


ほんの思いつきだが、確実に避けられない必殺連携のはずだった。


(その前の動きもそう。

 ずっと武器で受けていたのに、

 あの瞬間だけは体軸を犠牲にして回避する事で

 次の一撃を受け止める武器を残した。

 瞬時にそんな判断、出来る人いる?

 多分、お師匠さまにだって無理…!

 もしかしたらこの人…)


彼女の中の“氣”が乱れる。この男を殺せ、殺せと喚きたてる。


(本当に鸞龍ランリュウさま級の達人かも)




春梅シュンメイの発剄を寸でのところで受け切ったフェラクリウスは、体が浮いた状態で十メートル以上吹っ飛んでその先に転がった。


受け身は取れたが、交通事故にあったような衝撃で意識が飛びかけた。


それでも、すぐに立って構える。追撃に備えるクセが体に染みついていた。


相手が即座に距離を詰めて来ない事を認識した頃に、ようやく意識がはっきりしてきた。


戻ってきた意識と同時に湧き上がってきたのは、感動であった。


(…これが実戦での発剄の撃ち方か)


竹林の中で白姫ハクキが見せたのはあくまで演武。


実戦の中で向き合って蓄剄ちくけい出来るタイミングはそうはない。


実際フェラクリウスも、跳虎チョウコ跋虎バッコに対して発剄を撃つ際にはその隙を作る事に苦心していた。


本来発剄は“崩し”の技とセットで撃ち込むものなのか。


崩された状態で直撃すればガードしても負傷は免れない。


必殺の威力を持ちながら必ずしも全力で撃つ必要はないわけだ。


溜めの時間もその時々に適した選択をする。


“崩してから撃つ”のではなく、“崩しながら撃つ”。


ロングから水月みぞおちへの突き。


歩法の変化、ステップインから重ねるような喉への突き。


全ての技に意味があり、それを使いこなしている。



(武術の才能という点では自分は彼女の足元にも及ばないな)



フェラクリウスはゆっくりと彼女に歩み寄る。


(だが、今この場でどちらが強いかはまた別の話だ)


血まみれ勃起おじさんが、春梅シュンメイを睨みつける。


春梅シュンメイはにやりと口元を歪めた。


強敵と戦う事に興味はない。


彼女はそう言った。


では、その笑みの意味は。


圧倒的技術の差。


ハンターが狩猟を楽しむのに似た悦びであろうか。


獲物もまた、不敵に笑う。

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