第125話 継承、その先へ
「一連の流れが鍛錬された一つの動作に見えるだろう。
だが、そんなわけがない」
隣にいるカートに聞こえるように、馬大がぼそぼそと呟いた。
「受けられるたびに次の一手とそこからの連続技を選択している。
いわばアドリブコンボ。
それを素早く、絶え間なく続ける。
選択を間違えば反撃を受ける可能性もある。
だが、あの娘は決してミスをしない」
フェラクリウスが負ければ自分も殺されるというのに、まるで
だが、やむを得ないのだ。
あの技術を目の当たりにしてしまっては。
「あれで十三か…」
あまりの突出した才能に、嫉妬の感情すら生まれない。
「天才だ、紛れもなく」
カートも頷く。否定する事は出来ない。
馬大は更に続けた。
「全ての操氣武術家があの動きを目標に鍛錬を積んでいる。
誰もなれないんだ。
師範ですら何十年かけても到達出来なかった場所に、
あの娘は立っているんだ。
誰だってその行く先を夢見るさ」
ふうと汗を拭うフェラクリウス。
息は上がっていない。
戦闘に最適な心拍数を維持している。
「悔しいが」
フェラクリウスが語り掛ける。
「褒めるしかないな」
にっこりと満足そうに微笑む
その笑顔は、お使いを褒められた少女のようにあどけない。
まだ十三歳。
実戦経験の上ではフェラクリウスの方が有利かと思っていた。
だが必ずしもそうとは言い切れない。
それは彼女とフェラクリウスの大きな違い。
つまり、彼女には知識の土台があった。
どの状況でどんな技を使うべきか。どんな対応が有効か。
フェラクリウスは独学でそれを学んできた。
そして海騎もまた、自分の師匠から伝え聞いて訓練を積んできた。
蓄積された歴史。
先人が学んできた経験が、彼女の血肉として組み込まれているのだ。
無論、知識が実戦にそのまま有効とは限らない。
遠回りこそが近道、経験に勝る知識は無いという。
だがそれも使い手次第。
彼女が感覚的にそう出来たのか、師の教えが良かったのか。
現実問題としてここまでフェラクリウスを圧倒していた。
「でも、おじさんも凄いですよ。
防戦一方とは言えあたしの猛攻を
ここまで受けられた人って初めてですから」
にこにこと上機嫌に、フェラクリウスをもう一度指差した。
「逃がさないけどね」
ギラリ、と目を見開き、
殺気に反応し、フェラクリウスが再度構える。
先程とは若干異なるフォーム。少し前傾姿勢。
左手を更に下げ、かなり前方に置く。右手は胸の前。
上半身は相手の足先まで視界を遮らないように。左は金的に備える。
俊敏に動けるようかかとは少し浮かして重心を高めにとった。
(左手のちんちんはバックラーというか…
パリングダガーの役割か?)
カートは思い出していた。
フェラクリウスもまた、多彩なフォームを使いこなす男。
ここから彼女の動きに対応してくるに違いないと。
フェラクリウスが二棒流を選択した理由。
未知の武器、未知の武術に対して防御力を上げるため。
武器を二つ持てば攻撃力が二倍という単純なものではない。
狙いは逆にある。素手で触れられないものを捌くための愛棒。
そして、また。
あっという間に
弧を描くような歩法で斜めから入り、半身を引いて構えるフェラクリウスの正中線を捉え、打ち込む。
ここにフェラクリウスの右の愛棒が待ち構えていた。
受けるのではなく、弾く!
連撃の始動となる初手を打ち落とす!
ところが。
最初の一撃に全神経を集中した結果、フェラクリウスは奇跡のような高等技術を身をもって痛感させられる。
武器と武器が接触する瞬間、するりと感触が逃げていく。
こちらの攻撃に合わせて引いている。
武器同士が触れなければ「避けられた」と即座に判断出来るはず。
それを彼女は当てないように逃げるのではなく、敢えて“撫でて引く”事で違和感を与え、相手の“感覚”を乱す。
フェラクリウスのスウィングスピードが
(バレたか)
ぺろりと舌を出す
驚愕するフェラクリウス。
(狙ってこんな事が可能なのか…ッ?)
今まで捌こうとしていた数十合にも渡る全ての“受け”を、武器を引く事で殺していたのか?
背筋が冷える程の神業。
震えるような事実に気付いてしまったフェラクリウスは違和感以上に大きく“反応”してしまった。
その隙をこの天才が見逃すはずがない。
猛攻。
先程より更に力強く。大河の奥底で水塊がうねるような、力強い流れ。
傍目には感じにくいが、速度も前より素早く、技のキレも増している。
(この娘は今まで戦った誰よりも…巧い!!)
驚いたのは腕力でも素早さでもない。
そんなものは超越者である以上覚悟のうえである。
真の脅威は…そのセンス。
攻撃を放つ際フェラクリウスがそれをどう受けるか、予測して次のモーションに移っている。
そしてその予測が当たる当たる。
鋭い。
全て、少女の手の平の上。
ひょっとしたら
それでもフェラクリウスにはこれが“勘”によるものとしか思えなかった。
パワーも耐久力も、きっとフェラクリウスが上であろう。
だが、確実に彼よりも勝っているものがある。
それが、技術とセンス。
(彼女は…この国の宝になったかもしれない)
しかしそれも過去の話。
このまま野放しにしていたら、彼女はこの国の悪夢になるだろう。
反撃に転じなくてはと思うも、先程のリプレイのような状況。
やり取りそのものは一緒だが、両者ともにギアを上げており攻防は激しくなっていた。
その上で、僅かに。
全てを完全に受けきる事が出来ないと判断したフェラクリウスは急所へのガード意識を高め、軽傷を受け入れた。
つまるところ、骨さえ断たれなければ肉は斬らせてもよいという覚悟。
上下左右の打ち分けとトリッキーな歩法によって揺さぶりをかけてくる
フェラクリウスの薄汚れたローブがみるみる赤く染まっていく。
しかし、そこはこの男の反応速度。
切られているのはあくまで服と、皮膚の表面までに抑えた。
もっとも、身体を捻れば皮膚は引っ張られる。
体に走る痛みが動作を鈍らせる。
この状況が続けば徐々に形勢が悪化していく事は目に見えている。
フェラクリウスは受けから崩す事が出来ないと気付いた事で“受け”のみに集中する。
かえってそれが状況の悪化を食い止めた。
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