第124話 力と技


近接戦闘において身体が大きいという事は基本的には利点である。


体重は重く、リーチは長く。筋肉の量も増える。


消費は多いが、エネルギーを多く蓄えられる。


だが、それはあくまで技術を抜いた場合の話。


戦闘技術によって自身を上回るサイズの相手を倒す方法はいくらでも確立されている。


そのうえ、操氣武術は筋肉以外のエネルギーによって“力”を引き出す事が出来るのだ。


操氣術の効果でパワーが対等になった場合、身長が低い事は必ずしもデメリットの方が大きいとは限らない。


まず的が小さいこと。


単純なようで大きなメリット。相手が急所を狙う際にもより精密な動きを求められるようになる。


次に回転が速い事。リーチが短い程取り回しが素早くなる。


腕や脚など、人体のパーツにも同じ事が言える。


フェラクリウス、身長200センチ超。


春梅シュンメイ、身長150センチ弱。


身長差は60センチ以上。


今回のように極端な体格差がある組み合わせを春梅シュンメイはうまく利用していた。


相手を見下ろすフェラクリウスの視界に上手く“死角”を作り、受けづらい技を出す。


視野の問題。人間の目は高い位置についている。言うまでもないが、腕や脚は頭より低い位置にある。


性質を理解している春梅シュンメイは自身の利点を最大限に活かした動きをしてくる。


そのうえフェラクリウスは“タッチャマンの業”によって女性がいる場では脚技を出しづらい。


何故大勃起しながら戦っているのかまでは知らないが、そんなフェラクリウスの可動域まで推測、計算して攻撃を組み立てていた。


カートが彼女の動きに感嘆するのも無理はない。


春梅シュンメイの動きは、まるで舞踊のようにも見えた。


緩急こそあるが急激な加減速ではなく、流れるようにリズムを乱してくる。


どんなに素早く動いても緩やかに見える正確な体軸移動。


動作は手から足まで全て繋がっており、一時も止まる事無く常に移動し続ける。


攻撃が次の技へと連動していて、受けても受けても内側に入り込んで来ようとする。


超近距離に纏わりつくように舞い続ける。


一つ所に留まらず、常に歩法を絶やすことなく要所要所で急所攻撃を絡めてくるため、他のガードがおろそかになる。


そこに重ねるようにフェイント。


モーションに“仕掛け”を入れているわけではない。


視線の動き。


一対一の戦いにおいては相手から目を離さない事が重要である。


しかし春梅シュンメイはこちらが攻撃に移れないタイミングでフッと視線を誘導する。


動体視力と反射神経に優れるフェラクリウスだからこそ意味のある一瞬のフェイク。


それに反応する事で“死角”が生まれると、反射的にフェラクリウスは“死角そこ”を突かれないよう意識を割いてしまう。


そのまま“死角”を狙ってもいいし、囮にしてガードのおろそかになった部分を突いてもいい。


どちらにしても、フェイントを最大限に活かして連打を組み立ている。


対するフェラクリウスは相手のパワーを真正面から“受け止める”ガードではなく、“受け流し”て崩すパリィを狙っている。


しかし、感触がおかしい。


受けているはずなのに、いなされている奇妙な感覚。


守るこちらが捌かれているのだ。


受け流せないならばと焦って強く弾こうと力んではならない。


そこに生じる隙を彼女は狙っているだろう。


仕切り直したい。間合いが欲しい。


そんな願いもむなしく、春梅シュンメイは一切歩を緩めずフェラクリウスの周囲を華麗に舞い続ける。


この攻防において、むしろ褒められるべきはフェラクリウスであろう。


数々の連打。急所と“それ以外”を巧みに絡め、フェイントを交えながら左右に振る動き。


至近距離でそれを見せられているフェラクリウスは殆ど考える隙は与えられず、殆ど反射で受けるしかない。


にもかかわらず、受ける受ける。


両手の愛棒を振り回し、必死ながら全ての攻撃に対応する。


初見のトリッキーな動きに後出しで反応しているフェラクリウスは、間違いなく超越者としての強さを春梅シュンメイに示しただろう。


それでも、いつまでもこのままではいけない。


守るだけで勝利はありえない。


何かリズムを変える“くさび”の一撃が必要だった。


頭の中にあるのは、相打ち。


急所以外の攻撃を敢えて被弾し、同時に手を出して相手にもダメージを与える。


受けから崩せない以上、他に方法は無い。


というより、脳のキャパシティを防御に使いすぎて他に思いつかなかった。


フェラクリウスの決断は早かった。だがきっかけが無い。


受けても捌けないのだ、無理もない。


いつか、いつかと耐え続けているうちに突如として連打は終わった。


春梅シュンメイの方からするりと退いて行った。


距離が開いたことを確認し、フェラクリウスも大きく後ろに下がる。


「ふう…」


ようやく間が取れて一息つく。


動体視力に優れ、素早い相手を苦にしないフェラクリウスがここまで苦しめられるとは。


しかし、何故攻撃を止めたのか。


なかなか攻撃を当てられない状況を打開するためか、反撃してこないフェラクリウスに痺れを切らしたのか、それとも。


子母鴛鴦鉞しぼえんおうえつを持った手でビッとフェラクリウスを指差し、不敵に笑う。


「びっくりしたでしょ?

 ちなみに素手だったらとっくに終わってますよ。

 ガードしても接触法で崩しちゃいますから」


堂々と、自慢げに。


案外、「これ」が言いたかっただけなのかもしれない。


完全に相手を見下している。高みから遊んでいる。


「多分、最強ですよ。あたし」

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