第129話 彼女は頂に立ったのか


フェラクリウスは最初から全力であった。


本気で、女性を、子供を、殺すつもりでかかっていた。


国の宝である“子供”を。


尊敬し、求めてやまない“女性”を。


本意ではない。彼にとって何よりも望まない事である。


しかし、武器を抜いた時点で覚悟は済んでいた。


彼がやるしかないのだから。


どんな汚名を被っても、どれだけ非道な人間だと蔑まれても。


彼がやるしかなかったのだ。


彼女がこの先殺めるであろう、善良な民を守るために。


表で倒れている人々のような犠牲者を増やさないために。




フェラクリウスは彼女がわざと隙を作っている事に気付いていた。


あのような隙を晒す事は、彼女の技量からしてありえない。


どんなに精神が乱れても、積み重ねてきた訓練がフォームを正す。


これほどの達人の手から、練習していない誤った攻撃など出るはずがない。


だから“体の隙”を見つけても、カウンターを警戒して打ち込まずに様子を見ていたのだ。


フェラクリウスが見出した彼女の弱点は、その精神性。


向き合った瞬間から、彼女には甘さがあった。


本気で生き残ろうと考えるのであれば、フェラクリウスが素手で構えた時点でさっさと始末してしまえばよかったのだ。


発剄で吹き飛んだフェラクリウスのところまで詰めて追い打ちで仕留めてしまえばよかったのだ。


子母鴛鴦鉞しぼえんおうえつの感覚を実戦で確かめたいのであれば、それこそ“挑戦”の心持ちで最初から全力を尽くすべきだった。


勝てるチャンスは無数にあった。


だが彼女のプライドが、己への過信が、それをさせなかった。


能力に絶対の自信を持っているが故の“心の隙”。


フェラクリウスはひたすら、彼女の思い通りにさせない事でその心を揺さぶった。


三度目の攻防の際。


隙を見せ始めたときにすぐさまフェイントを入れても、彼女は即座に対応してきただろう。


その決定機を逃せば、同じ手は二度と通用しない。


だからフェラクリウスは耐え続けた。


相手が焦れて焦れて、耐えきれなくなった時に初めて、フェイントが有効になった。


待ちに待った瞬間が訪れた興奮に状況が見えなくなる。


獲物が餌に食いついた歓びにより、相手のフェイントに対応する事が出来なかったのだ。



油断と慢心。



ある意味でもっとも武術家らしからぬ性質によって、彼女は敗れ去った。


心身が備わってこそ、武の境地へと辿り着く。


天才武術家と呼ばれた春梅シュンメイは最期まで、基礎であり極意でもある“武の心得”を理解する事が出来なかった。


ボロボロのローブを身に纏い、全身血まみれで立ち尽くすフェラクリスウス。


少女の遺体を抱き上げ、床に優しく寝かせる。


その背中からはいつものような生命力を感じない。


ただ、悲しみと憂いがくっきりと影を落としていた。


同情はしていない。


だが悔いが無いとは言えない。


ただただ心苦しかった。ただただ恥じた。


こうする以外に、彼女を止められなかった己の力量を。


「…すまない」


フェラクリウスはもはや届かない謝罪の言葉を口にした。

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