第122話 山椒
「さ、誰からやりますか?
あたし、馬大さんは最後がいいなぁ、どうせ一瞬だし。
せっかくだしカートさんからにしますか?」
「いいだろう、やってやる…!」
相手が自分より強い事は十分に理解している。
だがそれでもカートの怒りを抑える事は出来なかった。
せめて一矢報いてみせる。
そう思い、更にもう一歩踏み出そうとした瞬間うしろから肩を掴まれる。
「駄目だ。俺がやる」
「フェラクリウス…!」
頭に血が上った彼をなだめたのは、信頼する相棒だった。
「お前の気持ちは理解している。
師匠となるべき存在を殺され、
面と向かって挑発されている現状
逃げるわけにはいかないと」
敢えて言及は避けたが、最も重要なのはそこではない。
なによりも殺された人々を憐れむ心が、カートを一層熱くさせている事も理解している。
同じ男として、彼の心情は痛い程よくわかる。
だが、だからこそ憎まれてでも。
或いは、体を張ってでも彼を止めなくてはならない。なぜなら。
「ここで彼女と戦えば
お前は確実に殺される。
それほどまでに彼女は強い。
圧倒的に、だ」
彼のような若い才能を。いや、友をむざむざ死なせるわけにはいかないのだ。
そして、そのためには。
「彼女は絶対にここで止めなくてはならない。
出来るのは俺しかいない」
驕りでも不遜ではなく、この場で彼女に対抗出来るのは自分だけだ。
フェラクリウスはカートに代わって前に出た。
「彼女は俺が、
ここで殺す」
そう言って
「ふーん、いきなりフェラクリウスさんかぁ。
あたしはいいけど、それだと後の二人とやるとき
盛り下がっちゃうかもね」
眉尻を下げながらも、
「でも、やっぱり思った通り、
おじさんもあたしと一緒ですね。
女子供であっても邪魔者は消す。
勘違いした大人ほど、道を誤った子供を
更生させるべきだなんて言い出しますから」
狙ってかはわからないが、
フェラクリウスにとってもこんな展開は本意ではない。
彼は子供を宝と呼び、女性を何よりも尊敬している男なのだ。
それでもやるしかない。
これ以上、被害者を増やす前に。
「…お前だけは、やむを得ん」
「ふぅ~ん。
未来のお嫁さんでも?」
そう言うと
無論、それが本心でない事は重々承知している。
彼女はこの場から一人も生きて帰す気がないのだから。
「最後にひとつだけ聞かせてくれ。
今からでも罪を償おうという気持ちはあるか?」
「罪って?」
表情を変えず、平然と聞き返す。
殺戮を罪とすら認識していない。
「悪いのは弱い人たちの方でしょう?
あたしに罪があるとしたら」
十三歳の少女が儚げな眼差しを流して、ふうとため息を吐く。
「いま、この時代に生まれてしまった事。
それだけ」
「だってそうでしょ?
あたしがあと十年早く生まれていたら
戦場で名を上げていたはずです。
いまごろ
この
若き天才操氣武術家はそう遠くない過去に起きた戦争に想いを馳せた。
だが、そこに命を懸けた人々の想いや巻き込まれた人々の苦難、悲劇の記憶を正しく認識してはいないようだった。
ただ輝かしい活躍が語り継がれる英雄を自分と重ねているだけである。
「でも、現実はうまくいかないもの。
しょうがないから、
こっちの道で行くことに決めました!」
彼女には迷いが無い。
迷いは隙を生み、覚悟は道を切り開く。
例え進む道が間違っていたとしても、その迷いの無い覚悟が彼女をより強く輝かせていた。
「いつか
今のところあの方が最強の象徴ですから、
そこがひとまずゴールかなぁ」
「…よくわかった」
最後の希望も断たれた。
もはや説得は不可能。
フェラクリウスは武器を抜かず、拳を胸の高さに挙げて構えた。
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