第120話 この地で最も強い者


その場に座り込んでしまった春梅シュンメイの元に馬大バダイが近づき、立たせてやる。


「どうして?誰がやったの…?」


目を見開き、唇を震わせながら春梅シュンメイが尋ねる。


「わからない。俺たちが来た時にはみんな、既に…」


春梅シュンメイはよろよろと馬大に支えられながら海騎カイキの遺体へと歩み寄ってきた。


子供には刺激が強すぎるかと思ったが、本人が望んだため遺体のすぐそばまで近づける。


「この遺体には首が無い。

 そのせいで本当に海騎のものか疑っていたんだ。

 何か、海騎の身体に特徴があるか知らないか?

 例えば、腕とか胸に古傷の跡が残っているとか」


念のためカートが春梅シュンメイに問いかける。だが彼女は。


「お師匠さまの裸なんて知らないよ。

 どんな関係だと思ってるんですか」


そんな切れ味のいい返しをされるとは思わず、カートは口をつぐんだ。


「…でも、お師匠さまが殺されるなんて、

 正直あたしは信じられません。

 これ、お師匠さまじゃないと思います」


春梅シュンメイに同調するように馬大も続ける。


「師範はこの州で最強の操氣武術家だ。

 敬龍館ケイリュウカンは名のある道場だから、

 これまでも数多くの武術家が

 腕試しに来たが、師範が傷一つ負っているところを見たことは無い」


二人からは海騎への絶対的な信頼が伺える。


馬大は両の拳を床に叩きつけて叫んだ。


「そうだよ、師範を殺せる人間なんて

 アンの国全土を探したってそういないんだ!」


…いや、一人知っている。


春梅シュンメイ


フェラクリウスはスッと立ち上がり、彼女へと近づいた。


「…荷物の中身を見せてみろ」


「え?」


唐突な要求に、春梅シュンメイはキョトンと目を見開いた。


何故、今そんな事を言い出すのか。


カートにも馬大にも、まだ理解出来なかった。


いや、まさかそんな。


フェラクリウス自身も信じたくはない。


だが、確認しなくてはならない。


“それ”に気付いている以上は。


当の春梅シュンメイは。


にやりと不敵な笑みを浮かべて背負っていた背嚢はいのうを降ろした。


「なーんだ、もうバレてるんだ」


その笑顔の意味を、カートと馬大はまだ理解出来ていない。


そんな二人を置き去りに、春梅シュンメイがごそごそと背嚢をまさぐり中から取り出したのは。



「じゃーん♪」



海騎の頭部。


紛れの無い本人。


数日前にカートと出会ったときと変わらない、綺麗なままの顔。


目を閉じ、まるで眠っているかのような表情。


だが、切断面に被せられた袋からはじっとりと赤黒い血液が滲んでいた。


「早かったなぁ。なんでわかったんだろ?

 お芝居には自信あったんだけどなぁ」


少女は生首を抱えたまま、あどけない笑顔で首を傾げた。


フェラクリウスはずっと違和感を感じていた。


道ですれ違った、あの時からずっと。


少女から漂う血の匂い。それも、背嚢の中から強烈な死の匂いを感じていた。


信じたくはない、最悪の現実がそこにあった。


「何故…お前がそれを持っている?」


絞り出すような声で、馬大が問いかける。


「ええ?まだそんな話?」


春梅シュンメイはボールでも扱うように、師匠の首を片手に持ち替えて笑った。


「あたしがお師匠さまを殺したからに

 決まってるでしょ」


「お前が…?

 師範を?」


「うん。

 だってあたし以外にお師匠さまに

 勝てる人っている?」


「じゃあ、剣を背負った大男の話は…?」


「ちょっとぉ、鈍いなぁ。

 そんなのいちいち説明いる?

 適当についた嘘だから、それ」


少し不機嫌そうに、春梅シュンメイは前髪をいじった。


「じゃあ、お前がやったってのか?

 師範も…ここにいる門弟たちも、その家族も、みんな…!」


衝撃のあまり、声を震わせながら。


馬大はまだ春梅に怒りすら抱く事が出来ない。


今はただ、大きな疑問と底知れぬ恐怖を感じていた。


そんな彼を見る春梅シュンメイの目は、まるで退屈な説法を聞かされているように。


彼という人間に対してすら、興味の色を失くしていた。


深いため息をつき、それから。


「…もう黙って?」


「!?」


「あたしが喋るから、もう黙って?

 馬大さんの質問にいちいち答えてたら、

 話、進まないでしょ?」


逆に捕らえられた罪人を軽蔑するような、冷たい“超越者の目”で睨んだ。


それから、フェラクリウスとカートの方へころりと表情を変え笑顔を向けた。


「全部教えてあげる。

 ここで起きた出来事、何もおかしい事じゃないって

 お二人にも理解してもらえると思うから♪」

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