第118話 不吉な香り


昼頃、西海サイカイの街に着くとすぐ外見三十代ほどの男性に話しかけられた。


「カート様と…フェラチオ様ですね」


「フェラクリウスだ」


男はなかなか口にしづらい豪快な間違え方をしていたが、二人を待っていた事は明らかだった。


「失礼致しました。

 私は“敬龍館ケイリュウカン”師範海騎カイキの使いとして

 お二人をお待ちしておりました、

 馬大バダイと申します」


馬大と名乗った男は地味な色の上着に白いズボンと身軽な服装をしている。


カートが以前見た海騎と同じような上下の組み合わせだ。


「ここから“敬龍館ケイリュウカン”までは私がご案内致します」


馬大はそう言って二人の前に立って歩きだした。


食堂で昼食を摂ると、すぐに西海サイカイを出て北へ向かう。


一応、舗装されてはいるがなにぶん山道なので足場は悪い。


馬大は二十年以上敬龍館ケイリュウカンで修行を積んでおり、先代の師範の頃から世話になっているらしい。


海騎が師範になったのは先代が倒れた後なので、十五年ほど前からだという。


悪路をしばらく登って行くと、前方から白い服を着た女の子が下ってきた。


「おや、冬梅トウメイじゃないか」


「馬大さん!それと…カートさんも!」


先日屋敷で出会った海騎の弟子、冬梅トウメイだった。


相変わらず大きな背嚢はいのうを背負っている。


見た感じ前より膨らんでいるような…。まさか重量を増やしたのでは。


ハッとしてフェラクリウスの股間を確認するカート。


…よかった。


“タッチャマン”は発症しているがペニケを被せているので安心だ。


成る程、不意な女性との遭遇にも対応出来るように常にペニケを被せていたのか。


…いや。


よく考えたら全然よくない。ペニケの主張が強すぎる。


というか、十三歳の少女にすらフェラクリウスの“イチモッちゃん”は反応してしまうのか。


女性であれば見境ない。本当に難儀な性癖である。


フェラクリウスは眉間にしわを寄せて、なにやら渋い表情を浮かべている。


それがかっこいいと思っているのだろうか。少し鼻がヒクヒクしているし。


馬大が二人に彼女を紹介する。


「こちら、冬梅トウメイという敬龍館ケイリュウカンの門弟で…」


春梅シュンメイ


「え?」


突如、割り込んで自分の名を訂正する冬梅トウメイ。馬大はぽかんと口を開けたまま固まった。


「あたし、この度名を改めました。

 これからは春梅シュンメイって呼んでください!」


カートもフェラクリウスも、何を言っているのかと反応に困ってしまった。


それより誰より、同門の馬大が一番困惑していた。


「ええ…?お前、ずっと冬梅トウメイって呼んできたのに…」


「お師匠さまも了承済みですから」


「そりゃ、師範に言われちゃしょうがねえが…。

 すみません、こいつは同門のト…春梅シュンメイです」


春梅シュンメイは唐突な改名に戸惑う三人に気を掛ける様子もない。


一応、初対面ではないカートが隣の相棒を紹介する。


「こいつはフェラクリウス。

 俺のその…相棒だ。

 海騎から話は聞いてるかな」


春梅シュンメイは何故か不思議そうな顔をして首を傾げた。


「あれえ?

 この人がフェラクリウスさん?

 じゃあさっきすれ違ったのって誰だろ」


何の事だ?と、馬大が問い返す。


「三十分くらい前にね、

 この道でおっきい男の人とすれ違ったの。

 岩みたいにごつごつした体つきで、

 歳は多分そのおじさんくらい。

 背中におっきい剣を背負ってたの」


なかなか目立ちそうな風体であるが、街では見かけなかった。


この道は一本道で、通じる先には敬龍館ケイリュウカンしかないらしい。


「お師匠さまから、

 カートさんと相棒さんが来るって聞いてたから

 あたしてっきり今の人が相棒さんかと思って。

 だって、ものすごく強そうな“氣”を纏っていたから」


“氣”を纏う…。操氣武術を極めるとそんなことまでわかるのか。


…何やら不吉な予感が背筋を撫でた。


フェラクリウスは鼻をひくひくと動かしている。


何か、匂いを感じているのだろうか。


「面倒な類のお客さんかもしれんな。

 だが道場には師範がいるはずだし大丈夫だろう」


「心配だなぁ、あたしも街で用事を済ませたら

 早く戻りますね」


馬大はさほど心配していない様子だが、春梅シュンメイは口をとがらせて首をかしげた。


まあいっか。と、春梅シュンメイは話題を切り替えると即座に愛らしい笑顔を見せた。


「じゃあ、あなたがあの跋虎バッコ

 倒したっていう超越者なんですね!

 ひょっとしたら師匠より強いかも♪」


「おい、馬鹿言うなよ」


馬大はそんなわけあるかと言わんばかりに笑って見せた。


だが、春梅シュンメイは既にフェラクリウスを値踏みするように全身に視線を這わせていた。


ペニケを見ても一切動じないのは子供だからだろうか。


「あたし、強い男の人が好きなんです!

 フェラクリウスさんも結構かっこいいし、

 あと10歳若かったら

 お嫁さんになってあげても

 よかったのになァ」


残念ながらフェラクリウスは恋愛対象外だったようだ。


流石に歳の差が開きすぎているか。


フェラクリウスは相変わらずダンディーにキメたような険しい顔つきのままだった。


ペニケをビンビンに奮い立たせながら。


「じゃあ、また道場でゆっくり話しましょう!

 お師匠さまによろしくお伝えください!!」


春梅シュンメイは明るく、50キロの重りを背負ったまま坂道を駆け下りて行った。


フェラクリウスはその背中をじっと見つめていた。


股間のアレをおっきさせたまま。


「名残惜しそうにしすぎだよ」


カートがフェラクリウスの背中を叩く。


「カート。俺は別に彼女を

 そんな目で見てはいない。

 彼女はまだ子供だ」


「下半身膨らまして言うな!」

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