第115話 蒼王克辛
今から十七年前。
この地にまだ“
楊王は民に重税を課し、街から物品を奪い、少数民族を奴隷にした。
諸侯から美女や財宝を献上させ、贅の限りを尽くした。
そんな
この地の太守「
周辺の賊を討ち、兵には規律を守らせ民には寛大に接する。
比較的王都から離れた
ある日蒼羽は、かつて
すると研究家は蒼羽にある人物に会うよう勧める。
「非常に聡明で、深い見識を持っています。
いずれあなた様は彼の助けを必要とする事でしょう」
「いずれ?」
どういう事です、と蒼羽が尋ねるとこう返ってきた。
「彼はまだ少年です。
それも、まだ
聞けばこの屋敷の裏に住む少年であるという。
その辺の小僧ですら寺の門前で遊んでいるうちに習わずとも経を読むようになると言われる。
では小僧が天才であれば。
それもその才が天下随一のものであったならば。
まさしく彼がそうであった。
蒼羽は興味を持ち、すぐにその少年の住む庵へと向かった。
少年は、名を名乗るより先に蒼羽にこう尋ねた。
「楊王を討つおつもりですね」
開口一番胸の内を見抜かれた蒼羽は驚愕し、言葉を失った。
心に秘めておきながらも、一度も口外した事の無い野心だったからである。
「やめておきなさい、今は時ではありません」
少年は蒼羽の返答を待たずに続けた。
「今挙兵したところで
楊王軍の圧倒的戦力の前に
あっという間に鎮圧されてしまうでしょう。
民を想うのであれば今は耐えなくてはなりません」
物の怪の類かと思った。
蒼羽の胸の内が、十にもならぬ少年の口を借りて発されている。
「一つ提言させて頂けるのであれば」
眼を剥いて言葉を失う蒼羽に、少年はさらに続けた。
「もし楊王に会う事があっても、決して諫言などされぬように。
蒼羽様は絶対に反乱の意思を悟られてはなりません。
もしあなた様が処刑されれば、
今より何十、何百倍の民が楊王の犠牲になる」
それが蒼羽と少年との出会いであった。
蒼羽の最も優れている能力が何かといえば。
自分に必要な人材を理解すること。
彼は少年の才能にほれ込み、毎日庵を訪ねた。
一日に朝昼晩、三度の訪問。
難しい問答などは無い。
ほんの僅か、一言二言会話を交わすだけ。
天気の話、ここに来るまでに見かけた猫の話。
なんでもいい。
とにかく少年の元を訪ねた。
今の世ならば不審者であるが、この国では年長者が目下の元へ訪ねていくこと自体が非常に珍しい事であった。
まして、一都市の太守が、平民の子の元へなど。
噂は街中に広まった。
雨が降っても、雷が鳴っても。少年が留守の日も、蒼羽は彼の元へ通い続けた。
約十年間。
街を離れていた時を除いて毎日、日に三度通い詰めた。
訪問回数は一万を超えていた。
時代は流れ情勢は移り変わる。
この十年の間に、
王都の民は財産を搾り取られ、飢えに苦しんだ。
蒼羽はその様子を知りながらも歯を食いしばり、拳から血を流して耐えた。
かつての少年に言われたままに、機を待ち続けた。
彼が守り続けた
少年は青年になった。
そして時が満ちた。
ある日、蒼羽が庵を訪ねると、そこには見知った顔がずらりと並んでいた。
各地で名を馳せた将軍、政治家、軍略家。
皆が蒼羽の前に、頭を垂れ跪いていた。
「ここにいる者たちは俺が
集めたのではありません」
青年が状況を説明する。
「あなたの人徳に惹かれ自ら集まってきた
志ある“家臣”です」
十年の月日が状況を変えた。
長い年月の間、彼は。
動いていたのだ。既に。
蒼羽を王にするため。
信頼に足る同志たちへと手を回し。
そして機を待った。
“
「さあ、十年前には遂げられなかった
悲願を遂げましょう。
我らの命、あなたに捧げます!」
失った楊王の求心は蒼羽の下へ。
蒼羽への人望は長い年月をかけ民に根付いていた。
青年は「蒼羽の臣下」としてではなく「彼を慕う一民衆」として評判を広めていたのだ。
優秀な仲間を連れて。
彼はついに蒼羽に仕官した。
そして、“
軍師
後に
僅か一年足らずのうちに蒼羽は反乱を成功させ、王になった。
蒼王は十歳にも満たない
これが
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