第114話 帰路


「カートさんも強いんですか?」


少女は無邪気な瞳でカートを見つめる。


「…超越者様に比べたら全然だよ」


苦笑いで答えるカート。


凄まじい修行を目の当たりにしてすっかり自信を失った彼は謙遜ではなく心からそう感じた。


そんな彼を慰めるように、海騎が割って入る。


「いや、カート君は筋がいい。

 今は操氣術についての知識が足りていないだけで、

 成長速度は冬梅トウメイにも負けてない」


流石にそれは言葉のあやだろう。


「ふう~ん。

 じゃあ、これから強くなるって事ですね!」


冬梅トウメイは目を細めるとじろじろと舐めるようにカートを見る。


こんな年下の女の子に気後れするとは…。


しょぼくれたカートの心情を敏感に察知し、海騎がこまめにフォロ―を入れる。


「大丈夫だ。言ったろ、この娘は特別。

 操氣武術家の上澄み、いや、才能だけなら頂点と言ってもいい。

 だが君だってポテンシャルなら彼女にだって負けてない。

 今から彼女に追いつく事だって不可能じゃない」


二人のそんなやり取りを、冬梅トウメイは薄っすら笑みを浮かべて眺めている。


「で、お師匠さま。いつ帰ってくるんですか?

 師範代はカンカンですよ。

 こんなに長引くなんて聞いてないって」


バッグを背負い直した冬梅トウメイが海騎を問い詰めるように顔を近づけた。


本当に平然としている。50キロの重りを背負っているのに。


そ、そうだなぁ…と、たじろぎながら海騎はカートをちらりと見た。


「ああ、気を遣わなくていいよ。

 帰ってやりなよ、そっちが本業なんだから。

 悪かったね、付き合ってもらっちゃって」


早ければ明日にはフェラクリウスも戻ってくる。


一人で出来る修行もあるしね。と、カートは付け加えた。


「すまない、じゃあ私は

 支度をして道場に戻るとするよ」




帰りの準備を済ませた海騎と冬梅トウメイを屋敷の門前で見送る。


「ありがとう。

 本当に助かったよ」


カートは海騎へ感謝の言葉を伝えた。


「どうだい、君の相棒が戻ってきたら、

 一度二人で私の道場に来てみないか?

 今は五十人程の弟子がいる。

 彼らとも触れ合ってみるといい。

 より多くを学びたいのであれば

 なるべく時間をかけるべきだ」


そう言って海騎は道場の所在地が描かれた地図をカートに渡した。


「カートさん、あたしは強い男の人が好きなんです!

 あたしより強くなれたら、お嫁さんになってあげてもいいですよ!」


冬梅トウメイが明るい口調で妙な提案をしてきた。


海騎は呆れたように彼女を窘める。


「また君はそんなことを…。

 誰にも負ける気はないくせ」


「だって本当のことですよー」


飛び跳ねている…。50キロの重りを背負って。


この娘より強くなるのは並大抵のことではないな。


「…まぁ、頑張るよ」


師匠の手前、そう答えるに留めておく。


二人が去っていく。冬梅トウメイは見えなくなるまでこちらに手を振っていた。


確かに可愛い…が、自分の手に負える気がしない。


ひとまずは自分に出来る事を続けよう。


カートは二人が去った後の庭園で一人経絡を鍛え始めた。




その頃、西城サイギへと向かう道中。


馬車に揺られてぐったり倒れるフェラクリウス。


お構いなしに乗り物酔いおじさんに話しかけ続ける李吉。


「もうすぐ西城サイギですよ!

 相棒さんも首を長くして待ってるでしょうね!

 あ、『首を長くする』っていうのは、

 『待っている』って意味だそうです!

 つまり、どういう意味なんでしょうね?」


李吉に言われて思い出した。カートを随分待たせてしまっていた事を。


「あいつらに会うのは一週間ぶりか…」


「あいつら?」


「カートにヘルスメン、それに鸞龍ランリュウだ」


鸞龍ランリュウ様は王都に戻られたそうです。

 西城サイギにはいません。

 ヘルスメンは休暇中なので行方もわかりません」


…全然知らなかった。


きっちゃんはいつから知っていたのか。いまいち報告が遅い子供である。


「そりゃあ、何週間も側にいないと呼び戻しますよ。

 国王様が寂しかったんでしょうね」


宰相という立場を考えれば、確かにそう長く滞在できるものではないか。


ふと、フェラクリウスは気になった事を口にした。


「この国の王はどんな人物なんだ?」


カートキリアではダンテの名をよく聞いた。


国を治め、民の信頼も厚いのだから当然なのだろうが、ここではいまいち国王の存在が鸞龍ランリュウの影に隠れてしまっているように感じる。


では実際にここの王はどのような人物なのか、興味が湧いてたきた。


蒼王そうおう様ですか。義と仁のお人です。みんな大好きですよ。

 正直で、民を想い、僕たちを悪政から救ってくれた親分です。

 鸞龍ランリュウ様は王のために全ての才能を使う事を誓っています」


李吉がすらすらと答える。


以前も感じていたが、“人を評する”事に関して、李吉は年齢以上に達者なようだった。


「…鸞龍ランリュウほどの男が、か」


それほどの器という事か。


「ひとつ有名なエピソードがあります」


李吉は続けてアンの国に伝わるの逸話を語り始めた。

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