高みへ向かう者たち

第113話 師の心


西城サイギにある鸞龍ランリュウの屋敷。


別行動中のカートが操氣武術の師範海騎カイキから指導を受けている。


先日、フェラクリウスが跳虎を討伐したという連絡が届いた。


早ければ明日にでも李吉と共に西城サイギに戻ってくるだろう。


カートの方は修行が進み、実戦訓練に移っていた。


武器を用いず、素手で操氣術を使って相手と戦う。


実戦では筋力の強化や足元の固定など、即座に判断し速やかに実行しなくてはならない。


自身の体の動きに“氣”が付いてこなくては意味が無い。


カートが覚えた操氣術は筋力強化と足の固定のみで硬化や治癒はまだ習得していないが、短時間でそこまで覚えるのは不可能と判断し実技訓練に移った。


相手はもちろん海騎。


カートの攻撃に対し、海騎は捌くだけ。


攻撃に強化が追いついているかを確認しながら、少しずつ手数を増やしていく。


「うん、上出来だ。

 少し休もうか」


疲労から“氣”の操作がおぼつかなくなったと判断すると、海騎が休憩を入れてくれる。


「上出来だって…一発もまともに当てられてねえんだけど…」


ぜえぜえと呼吸を荒らげて、カートは尻もちをついた。


「私が防御に徹しているからね。

 普通の操氣武術家が相手なら

 いい勝負が出来るレベルだと思うよ」


常にカートを褒めて伸ばそうとしてくれる海騎。


優しい口調で厳しく指導する“飴と鞭詐欺”の鸞龍ランリュウと違い、彼の指導法はカートに心地よかった。


おそらく海騎がカートに合わせた指導法を選択してくれているのだろう。


(しかし…殴り合いが苦手ってワケじゃあないのに、

 なんか当たらないんだよなぁ)


海騎の武術、“龍形掌りゅうけいしょう”は、歩法からして見た事が無い。


カートが前後左右に動く際には最短距離を素早く、瞬発力のある動きで直線的に移動する。


だが海騎の歩法は前後左右ではなく相手を中心に円を描くように移動していく。


常に重心が安定するため、“踏み込む瞬間の隙”が発生しづらい。


一連の動作が全て技術として確立しており、流れるような足運びは鍛錬によって身に着けたものだろう。


離れてみるとゆるやかに見えるが、目の前で動かれると非常に素早く、捉えづらい。


自分の技術が全く通用しない事にショックを受けるカートだが、海騎は悲観する事はないと声をかける。


「君の成長速度には目を見張るものがある。

 何百という志願者を指導してきたが、

 これほどの才能は数人しか見た事が無い。

 君もいずれは超越者と呼ばれるようになるだろう」


超越者。“氣”を自在に操り、人を越えた能力を引き出せる者たち。


「超越者って、後からでもなれんの?」


「なれるさ。

 私も以前は凡夫であった。

 操氣武術を学んだことで“氣”を自在に扱えるようになり、

 今では超越者として人々に認知されている」


身のこなしから予想はしていたが、やはりこの男も超越者。


「もっとも、鸞龍ランリュウのように

 誰に教わらずとも“氣”を操作出来る者とは

 違いがあるがね。彼は別格だ」


ダンテ国王やフェラクリウスも“そっち側”だな。と、カートは納得した。


「だが、遠回りになろうとも出来る事は同じ。

 君なら私たちと同じように“氣”を自在に操れるようになる」


それが本気なのか、気休めで言っているのかは海騎がいい人すぎてわからない。


ただ、実感は湧かないが褒められるのは悪い気がしない。


「…ありがとう、じゃあもうちょっとお付き合い願えますかい」


立ち上がり、構えたところ。


待ったをかけるように、遠くから可愛らしい少女の声が響いて来た。


「お師匠さま!!」


二人が振り返ると、門の前に小柄な女の子が立っていた。


その姿を見て、海騎が驚愕したように叫ぶ。


冬梅トウメイ!どうしてここに?」


「お迎えに来たんですよお。

 道場のみんな、師匠が戻ってくるのを待ってるんですよ?」


会話から察するに、おそらく海騎の弟子なのだろう。


冬梅トウメイと呼ばれた少女はこちらに駆け寄ってきて海騎の前にぴたりと止まった。


海騎は久々に会った姪っ子をかわいがるように彼女の頭をぽんぽんと叩いた。


「迎えも何も、道場を空ける気はないと

 言っていたじゃないか」


「あれは同行を断るための言い訳です。

 あたしはただ鸞龍ランリュウ様に

 会いたくなかっただけですから」


屈託のない笑顔で、平然と師匠を手玉に取る。


参ったな。と、海騎もまんざらでもなさそうだった。


「紹介しよう。弟子の冬梅トウメイだ。

 こちらはカート君。

 カートキリアからの客人で、操氣術を学んでいる」


よろしくお願いします!と元気よく返事をする冬梅トウメイ


白い肌に赤らんだほっぺ、前髪ぱっつんの黒い髪を後ろでまとめてお団子で結んでいる。


武術家にはとても見えない、可愛らしい少女だ。


…恋愛対象にするには若すぎるが。


「まだ十三歳だが…強いよ、この娘は。

 この若さで超越者の域に達している」


海騎がぼそっと呟いた。超越者って…。


カートが片頬を引きつらせて尋ねる。


「…そんなに強いの?」


「強い。私なんかよりずっとね。

 ウチの道場で彼女に勝てる者は誰一人いない。

 いや、彼女より強い人間を、私は鸞龍ランリュウしか知らない」


「お師匠さま、褒めすぎです!

 まあー、でも確かにあたしより強い人って

 会った事ないかも」


一瞬謙遜しつつも、少女は自慢げにはにかんで見せた。


こんな女の子が、何百という弟子を持つ師範よりも強くなれるなんて。


操氣術、恐るべし…。


カートはアンの国という異国の地にいる事も相まって改めて未知の領域に立っている事を実感した。


ぐらぐらと彼の常識が足元から揺らいでいる。


冬梅トウメイ、バッグを降ろしてみなさい」


はい、と返事をして背負っていた荷物を地面に降ろす。


ドシャッと、大量のがぶつかり合う音がした。


中身を見てごらん、と海騎に促され、バッグの口を開いたカートは仰天した。


拳大こぶしだいの石、石、石。


幾重にも重ねた丈夫そうな麻袋の中には大量の石しか入っていない。


「この背嚢バッグは80斤…約50キロある。

 彼女は常にこの重さの荷物を背負って生活している」


「50キロ!?常にって、

 この子の体重より重いんじゃ…」


「“氣”を体幹に集中して、足元を安定させれば別に辛くないですよ。

 慣れれば無意識に出来ますから」


という事は常に“氣”を操作している事になる。


俺は短時間“氣”を集中するだけでこんなに汗をかいて呼吸を乱しているのに…。


超越者マウント…!!


そう、この場においては俺だけが超越者じゃないんだった。


気落ちするカートを見て、海騎は背中をさすって励ました。


「この子は特別だよ。

 他の弟子にはこんな事させられない…

 いや、私にだって無理だ。

 この娘は遥か高みを見ている、

 その夢を手助けするためにこうした課題を与えたのさ」


若き一番弟子を語る海騎の目は優しく、誇らしそうだった。


「この娘がどこに辿り着けるのか見守る事が、

 今の私の生きがいだ」

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